第3-05話 閃き

 王都に来てから、一週間が経った。


 ……未だに、王城に入る手がかりすらつかめていない現状に歯噛みする。一週間たって、『インダスタル』から“稀人まれびと”殺しの噂話が入り込んできた。最初、その噂を耳にしたときにはあわや捕まるか、と少し身構えたものである。


 だが、伝言ゲームとは面白いもので、正確な情報が伝わっていないのだ。


 曰く、“稀人まれびと”殺しは身長2mの巨体である。

 曰く、“稀人まれびと”殺しは298体目の魔王である。

 曰く、“稀人まれびと”殺しは異形の化け物である。


 と、まあ噂話に尾ひれがついて勝手に俺が凄いことになっているのだ。少なくとも、噂話から俺が特定できないような状況にはなっているわけである。


 だから、安心して王都で生活していたのだが。


「マジで入れないんだけど」

「そりゃあそうでしょ」


 ベッドでお手上げと言わんばかりに身体を伸ばしていると、メルが入ってきた。ユノとソフィア先生は揃って露店をやっており、ステラとヒナは生活用品を買いに出ている。


「王城はこの国の要よ? そう簡単にはいれるわけないじゃない」

「舞踏会とかやっとらんのか。この国は」

「時期的にはまだね。それに舞踏会に入るにも国王からの招待状がいるわよ」

「……む」

「それまで待つの?」

「こっちから仕掛けるわけにいかねえんだ。万が一で失敗は出来ないからな」


 それは、仲間の数が増えた故の弱点だろうか。俺一人なら、俺とステラだけなら。そう思ってしまう。思ったところで、どうしようもないのだが。


 こうなることは簡単に想像がついた。それでも、ついてきたいという者たちを拒まなかったのは俺だ。だから、俺はこの道を通すしかない。通すしかないのだが。


「ちょっと挑戦しても良いんじゃない?」

「どうだかなぁ……」

「何及び腰になってるのよ! 見てみないことには何も始まらないでしょ」

「それもそうか……って、思ったけど王城に入るまでの門が開かねえんだよ」

「飛んで入れば良いんじゃないの? ユツキって飛行魔術使えたでしょ?」

「それがな、王城の上空にはちゃんと対空結界が貼ってあるらしい。入るためには門からなんだそうだ」

「あ、そうなの……」


 少しだけ考える様子を見せるメル。そして、何かを思いついたのかゆっくりと口を開いた。


「あのね。聞いた話なんだけど」

「うん」

「王城に、いつでも誰でも入れる人がいるんですって」

「いつでも誰でも入れる人?」


 なんだそのなぞなぞみたいなのは。


「多分、いつでもっていうのは嘘だろうけど……誰でも入れるってのは本当だと思う」

「なんで? っていうか、ソイツは誰なんだよ」

「道化師」

「あー……」


 いわゆる芸人、である。娯楽の少ないこの世界では、『笑い』はとても大きな力を持つ。それに、道化師は時々国王に皮肉を飛ばし、悪政を止めるための役割も果たした。確かに何かの芸を持っていれば王城に入れるのだろうが。


「……そんなこと言ったって、俺が何かの芸を持ってるわけじゃないしなぁ」

「そうなの? “稀人まれびと”ならなんか無いの?」

「無茶ぶりしやがって……」


 生まれてこの方、そう言ったものとは無縁の生活をしていた。俺がこっちに来るときにはやっていた芸人の漫才でもパクるか? ……いや、ああいう芸は芸人がやるから面白いんであって、俺がやっても大滑りするだけである。


 だからと言って王城に入るための門の前で道化師が来るのをじっと待ち続けるというのも中々現実的ではない。何しろ一週間近く張って、ただの一度も門が開くことが無かったからだ。


「能力が盗まれる人について入ってみたら?」

「うーん。それも良いけど、それが出来るなら最初から苦労しないというか……」


 情報屋にも探りを入れてみたがマコトはヒナから能力を奪ってから、一か月近く経とうとするのに王城に誰も招き入れてないみたいだった。


「ここで考えてても仕方ないし、ちょっと外に出てみない?」

「それもそうか」


 ということでメルとお出かけだ。2人きりになるのは少しだけ懐かしい。王都は相も変わらず凄い人だ。というか、冒険者連中が多すぎてそういう風に感じるのかもしれない。


 どこにも狩人がいないのは何故なんですか?


「何か歩いていると良い案が思いつくかも知れないわよ」

「まあ、そうかもな」


 少なくとも宿に引きこもっているだけでは何も生まれないのは事実だ。


 ということで人の間を縫って、王都を歩いているとメルがある屋台を指さした。


「ね、ユツキ。私、あれ食べたい」

「どれ?」

「あれ! あのお菓子!!」


 ちらり、と値段を見る。1つ銅貨5枚。大した出費でもないので、買ってやるとメルは嬉しそうにそれを食べ始めた。


「私、露店で食べ物買うの初めてなの」

「そうなの?」

「うん。だって、私ずっと屋敷から出してもらえなかったし……。出るときは、仕事だったから」


 そう言われればメルも中々の境遇の持ち主だ。俺は周りの人間に恵まれないタイプの不幸だったが、境遇で言えば両親が離婚して再婚しただけというどこにでもあるような境遇である。


 別に不幸で優劣付けるわけじゃないが、メルは境遇面で言えば俺を上回る不幸ということになる。


 それをふと思うと、メルが愛しくなって頭を撫でてやる。


「どしたの?」

「いや……。何でもないよ」


 そうして歩いていると、ふと王都にはかなり食べ物系の露店が多いことに気が付いた。他の街よりもかなり多い。やっぱり人がそれなりにいるから在庫が余りにくいというのがあるんだろうなぁ。


 なんて商売のことなんて一つも知らないのに知った気になっていると、ふと気が付いた。


「……そういえば、食べ物ってどうしてるんだ?」

「食べ物?」


 さっき露店で買ったお菓子を食べながらメルが聞き返してくる。


「ああ。食べ物だよ。王族だって人間だろ? なら、飯を食うはずだ」

「そうね」

「門を開けないのに、どうやって食料を王城に運び込んでるんだ?」

「確かに言われてみればそうね。でもどこかから入れてるんでしょうね」

「いや、それはそうなんだけど……。そこからなら、行けるんじゃないか?」

「考えたわね」

「ありがとな、メル。お前のおかげだ」


 いや、まさか本当に外に出て案を思いつくとは。


 ……というか、こんな簡単な案を一週間も思いつかなかった自分が不甲斐ない。

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