無双の隠形～チートスキル【創造魔法】を”奪われた”俺は気配を消すスキルで復讐する～

第30話 鬼

「おーくん！？」

　ナノハが黒竜オリオンに注意を向けた。その瞬間、俺は『隠密』スキルを発動。全員の索敵対象から外れた。

「くっ……。くーちゃん！　お願い！　探して！！」

　ナノハが叫んだ瞬間、魔法陣から2ｍの狼が飛び出すとあたりの臭いを嗅ぎ始めた。噂によればあれが『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』か……。聞いた話じゃ体長が20ｍくらいあるらしいが、そうは見えない。もしかしたら、【使役者（テイマー）】スキルの効果で小さくして召喚しているのかも知れない。

　俺は砕けたナイフを手に持って腰を低く構えて、そのまま移動。自分が世界に溶け込んでいるということを強く意識すると、俺という存在が気体のようにあやふやなようなものに思えてくる。

　そのまま、俺は歩いて『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』に近づいた。もし、あのモンスターが見た目通りの臭いで索敵を行っているのなら、俺は見つからないはずだ。何しろ、領主の館の周りには俺の血がいくつも舞っている。

　それだけじゃなく、俺の動いた時に出た臭いもこの周りに散っているはずだ。その中で、俺は『隠密』スキルを使っている。俺のスキルが『隠密Lv2』であろうと、相手が地上の最強種であろうと条件が複数重なれば俺の姿を探せなくなるはずだ。

　それに加えて庭の端の方ではオリオンとステラがやり合っている。ナノハはオリオンを信じて俺の索敵をやっているみたいだが、あいつは元々日本人。索敵なんて生まれてこの方したことがあるわけがない。戦場（いくさば）に生まれた盲点と盲点を這うように移動しながら、俺は『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』の真下にもぐりこんだ。

「……ッ！！」

　そして、刺す。

　俺のナイフが肉を断ち切った。『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』は思わぬ一撃に身体を大きくのけぞらす。『先制攻撃』が加わったとは言え、想像していたよりもはるかに柔らかい。小さく召喚した際のデメリットだろうか。

　『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』は胸を庇うようにして地面に伏せる様に身体を押し付けたが、無理やり押し込んだ俺の手が『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』の“魔核”を掴んだ。

「……ッヅ！！」

　ぶちぶちぶちィ！

　肉をちぎる異音が耳に届く。

　弱体化しているとは言え、これで最強種を殺せるッ！！

「くーちゃん！　『戻（・）っ（・）て（・）』」

　ナノハの叫び声。俺はそれに怯んで、思わず手を緩めてしまった。それが悪手。『隠密』スキルが解けた俺の姿をしっかりと見た『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』が大きな口で俺の身体を大きく噛んだ。

「何（・）か（・）捕まえたんだね！」

「――っつ！！！」

　痛みで声が出ない。むっとするような狼の口の中で、俺は拳を振り回した。それで何かなるわけでもなく、『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』は俺の身体を大きく上に放り投げた。

　ぶわり、と俺の身体が宙を舞う。その下には『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』が大きく口を開けて俺を待ち構えていて――――。

　全てがゆっくりになった世界で、俺は自分の頭が狼の口の中に飲み込まれていくのを見ていた。そして、頭に牙が突き刺さる。鋭い痛みと熱、そしてあり得ないほど俺の頭の奥が熱を持って――――――俺の世界は黒に染まった。

　目を開けると、俺はよく分からない場所にいた。空は黄金に染まり、どこからかラッパの音が聞こえる。けど、そこには俺以外の人間がどこにもいなかった。いや、人間だけじゃない。俺以外の生き物がどこにもない。

　ただ、孤独な世界。

　そういえば、天使ちゃんはどこに行ったんだろう？

「ここよ」

　俺の言葉に応える様に、後ろから天使ちゃんの声が聞こえた。

　……ん？

「……天使ちゃん、喋れたの？」

「ここではね」

　振り返ると、天使ちゃん……の面影を残した美人のお姉さんが立っていた。うせやん、メッチャ天使ちゃん成長してるじゃん……。元々5歳くらいの見た目してたのに随分とグラマラスになっちゃって……。

「どこ、ここ？」

「ここはあなたの世界。死んだあなただけがたどり着ける世界」

「……ってことは、俺は死んだの？」

「ええ。頭を粉々に砕かれたわ」

「そっか」

　負けたのか。

　そりゃあ、そうだよな。勝てるはずがないよな。

　あんな適当な作戦で、こんなに弱い俺がアイツらに勝てるはずがない。

「嫌にすっきりしてるわね」

「……まあね」

　自分が勝てないことは、知っていたから。

　自分が本気を出してもどうしようもないことは、知っていたから。

「これで、ぜーんぶ終わり。楽しかった？」

「……日本にいたときよりは楽しかったよ。みんな、優しかったからね」

　俺がそう言うと、天使ちゃんは顔をしかめた。

「嘘をつくのは辞めたんじゃなかったの？」

「…………嘘なんて、ついてないよ」

「自分に嘘をつくのは仕方ないわ。けど、私の前では正直であって欲しかった」

　そっと優しく俺の目を天使ちゃんが覗き込んできた。

「…………俺は」

「もう一度、聞くわ。あなた、本当に楽しかったの」

　天使ちゃんの声が、耳を打った。

「向こうの世界で殺されて、与えられた希望は奪われて、それであなたは、恨みの一つも晴らさずに殺されて。それでも楽しかったの？」

「……楽しい、わけないよ」

　涙が自分の頬を伝っていく。

「楽しい訳無いだろっ！　こっちに来て、初日でゴブリンに殺されかけて！　辺境で一生懸命生きているのに、アイツらは貰ったスキルで楽ばっかして！　苦労の1つもせずに、強くなって！！　俺は惨めったらしく殺されて！！！　何にも、何にも出来なかったんだよ！　俺は！」

　言葉が、止まらない。

「人を恨むなって言われて！　誰にも恨まず生きてきた！！　それが嫌だったから、こっちの世界じゃやられたままで居たくなかったんだよ！　だから、奪ってやりたかったんだよ！！　何で俺ばっかりがこんな目に合わなきゃいけないんだよ！！　俺が悪いのか！！　俺が弱いのが悪いのかよ！！！」

　涙が、止まらない。

「悔しいんだよ、天使ちゃん！　俺は悔しんだよッ！！　アイツらが強く成っていくのに、俺は隠れることしかできない。俺が何したって言うんだよ！　なあ、天使ちゃん。教えてくれよ！　俺はどうすればよかったんだよ！　人を恨まなかったら殺されて、人を恨んでも殺されて。俺には何にも出来ないんだよ！？　何にも出来ない俺に何が出来るって言うんだよ！！　もう死んじまった俺に、何が出来るって言うんだよ！！！」

　そこまで言った時、天使ちゃんが俺のことをそっと抱きしめた。

「ようやく、言ってくれたわね」

「悔しいよ。アイツらを殺したいほど憎いんだよ。俺は、俺には何にも出来ないけどさ！　こんな俺でも何か出来るって信じたかったんだよ！！」

「知ってるわ。私は誰よりもあなたを知ってるから」

「天使ちゃん、俺には何も無かったよ。なんにも、無かったんだよ」

「いいえ。あなたには私がいるわ」

　天使ちゃんはそっと自分の胸に手を触れた。

「私は天（・）使（・）。あ（・）な（・）た（・）の（・）天（・）使（・）」

　そして、俺の目を覗いてきた。成長した天使ちゃんの瞳は深くて、じっと見ていたらどこまでの飲み込まれそうになるような色をしていた。

「他の誰でもない。あなただけの天使よ。だから、私はあなたの味方。あなただけの味方。だから、往くわよ」

「行くって……どこに…………」

「あなたの悔しさは私の悔しさ。あなたの恨みは私の恨み。だから、タダでは死なない。そうでしょ？」

「それは……」

「さあ、しっかりしなさい。あなたの中にはちゃんと“人殺し”の血が流れてる。出来るのよ。自分を信じなさい」

「俺は……。俺は、俺を信じられないんだよ」

「じゃあ、私を信じて」

　迷いなく言い切った天使ちゃんは、そっと俺の身体を押した。

　その瞬間、俺の身体は地面を突き破って真下に落ちる。どこまでも落ちていく。無謬（むびゅう）の浮遊感と、脳に刻み込まれた焦燥感。そして、それらを飲み込むようなヘドロの如き殺戮衝動。

　そして――――、目を覚ました。

「……かはッ！！」

　顔を上げると、ナノハの背中が見えた。そして、その横をついて歩く巨大な狼の姿。そして、苦戦を強いられているステラの姿も。

　“条件を達成しました”

　“エクストラスキルを取得します”

　“【理を外れた者（アウター）】を取得しました”

　“『隠密』スキルがレベルアップしました”

　“『隠密』スキルを上位スキルに進化可能です”

　“進化しますか？　Y/N”

　“Yを選択”

　“『暗殺術』/『忍術』どちらへの進化を選択しますか？”

　“『暗殺術』が選択されました”

　“『暗殺術Lv1』の取得により、以下のスキルが解放されました”

　“『奇襲』『弱点特攻』『侵魔の腕（かいな）』”

　“『先制攻撃』は『奇襲』へと統合されました”

　頭の中が騒がしい。

　今はやることがあるんだ。静かにしてくれよ。

　俺は頭の声に決着をつけると、立ち上がった。

　ナノハはまだこちらに気が付いていない。

　――よくも殺してくれたな。

　絶対に殺してやる――――。

　俺はナノハの後ろについて、そして隣に立っていた『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』の胴体に手を触れた。なぜそうしたのかは分からない。身体が勝手に動いたと言ってもいい。

　だが俺の腕は狼の身体に触れず、とぷん！　と僅かに音を立てて狼の身体の中に吸い込まれた。まっすぐ俺は腕を伸ばして『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』、それの拳大の“魔核”を手に握りしめると、思いっきり引き抜いた。

『……かふっ』

　『原初の古狼（オリジン・フェンリル）』は何も言わずに、死んだ。それだけで、死んだ。

　――――ナノハ、次はお前だ。

　そして、地獄の底で修羅が往く。