第11話 貴族の少女

 馬車なら1日で『ファウテルの街』につくらしいが、どうやらそれは朝に出発した場合であって昼を過ぎた今ではどこかに1泊することになるらしい。かっぽかっぽと馬が俺たちを乗せてゆっくり進んで行くが、歩くよりは格段に速いし何よりも楽だ。


「どうしてあんなところにいたんです?」


 俺はメルと名乗った貴族の少女にそう聞いた。メルは『ファウテルの街』の領主の孫娘らしい。ただ、溺愛されている様子ではなくどちらかと言うと疎まれているらしかった。話を聞くと、姉や兄たちが優秀だから要らない存在なのだという。


 それを話している時のメルはとても辛そうだった。その歳にして、自分の境遇が分かっているのだろう。使えない貴族の子供でも、女であれば使えることもある。そういうことなのだろうか。貴族というのは大変なことだ。


「冒険者ギルドの視察よ」


 少しだけ不貞腐れたようにメルは言った。


「あ、それそれ。冒険者って何々ですか?」

「冒険者を知らないの?」

「“稀人まれびと”なので……」


 なんか自分で“稀人まれびと”っていうの恥ずかしいな。


「……それもそうね。冒険者ってのは、『最果て』の先に人が住めるところを探す職業よ」

「『最果て』の先?」

「そ。人が住める限界が『最果て』だから、冒険者はそれより先に進んで人が住める場所をさがすの。住みやすい場所を見つければそこの領主になれるのよ」

「なるほど……」


 さらに追加で話を聞くと、貴族になれる数少ない職業らしい。他にも騎士など貴族になれる職業はあるが、冒険者はどんな素性のものでもなれるので田舎暮らしの次男や三男が夢を見て冒険者になりたがるらしいのだ。


 ただ、高い殉職率と辛い現実に次第に心が折られていくのだと。さっきメルたちを囲んでいた男たちはその心折れた冒険者たちだという。『最果て』の向こう側に向かう勇気はなく、街で暮らしていくだけの蓄えが無い。


 そのため、野盗なんかをやって生計を立てているのだと。こんな田舎で野盗をやっているのは、捕まりにくいためらしい。みんな生きていくのに必死なんだな。


「おばあ様が国王から依頼されたの。人が住める新しい土地を見つけろって。いま、民の数がどこも増えてて農地が足りないから、それを送る場所を見つけだせって」

「なるほど」

「それで、私が視察に向かうことになったの」

「……なぜ?」


 そこが理解出来ない。メルはどう見ても子供だ。いや、本人が10歳だと言っていたので明らかに子供だ。そんな子供が視察? 俺は視察なんてしたこと無いから分からないが、視察と言ってもただ見るだけじゃないだろう。他にもやることがたくさんあるんじゃないのか? いや、本当によく分からないのだけど。


「私は……弱いから………」

「弱いと、どうして派遣されるんです?」

「……生き残るために色んなことをしなきゃいけないの」


 メルは膝の上においた手をぎゅっと握った。側にいる護衛達も視線が下に落ちている。


「本当は、お姉さまの仕事なの……。けど、それをやる代わりに守ってもらうの。お姉さまは強いから」

「強いってのは……?」

「力も、財力もあるの……。それに、領主の継承権も1位だから……。特に専属従者フォロワーが、強いの」

専属従者フォロワー?」


 なんじゃそりゃ。


 知らない単語が次々出てくると覚えなきゃいけなくて辛いんだよ!


「えっと……。私の家……ファウテル家には、たくさんの従者がいるの」

「はい」


 まあ、大きい貴族なんだからそうなんだろう。


「けど、専属従者フォロワーは違うの。家じゃなくて、個人に忠誠を誓ってる従者」

「ああ、なるほど」

「その中でも、リタ。“静謐せいひつ”のリタが……強いのよ」

「ん? その人は……?」

「レイのお姉さんよ」


 メルはそう言って、レイを見た。俺もちらりと横顔を伺うと、なんとも言えない気まずそうな顔を浮かべていた。まあ、そう言う顔になるよね……。


「メルさんにはいないんですか?」


 俺がそう言うと、彼女は首を横に振った。


「私は、継承権が6位。どうやっても、私は領主になれない。だから、私に忠誠を誓ってくれる人なんていないの」


 メルはそう言って、全てを諦めたように笑った。


 隣に座っている護衛たちは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。この人たちも専属従者フォロワーじゃないのか。まあ、そりゃそうか。この人たちにもこの人たちの生活がある。メルに忠誠を誓っても、何一つ得が無いのだろう。


「私たちはリリィ様……メル様の姉上に忠誠を誓った専属従者フォロワーなのです」

「そ。お姉さまの仕事を代わりにやると言ったらくださったの」


 はぇー。貴族様の生活ってのは大変だなぁ。


「逆に聞いても良いかしら?」

「良いですよ」

「ユツキはどうしてファウテルの街に?」

「他の“稀人まれびと”を探しているんですよ」


 どろり、と心の中にヘドロが溜まっていく。


「他の“稀人まれびと”を?」

「ええ。人が集まるところなら、いるでしょう?」

「そうね。“稀人まれびと”はどうしても有名になるから」


 メルは穏やかにそう言うと、ほっと息を吐いた。


「そこで1つお願いがあるのですけど」

「なに? 命の恩人のお願いだし、聞ける範囲なら聞くわよ」

「俺が、“稀人まれびと”だということを黙っていて欲しいのです」

「……? 別に良いけど。目立ちたくないの?」

「はい」

「ふうん。訳有りみたいね」


 その時、初めてメルはとても楽しそうに笑った。ぞっとするほどに美しい笑顔。天使ちゃんのような無邪気な笑顔じゃない。この顔は、策略を、考え事を楽しむ笑顔だ。メルは俺の反応を探るように色々と俺の顔を見ると、合点がいったのか尋ねてきた。


「ねえ。ユツキは“稀人まれびと”たちに何をしたいの?」

「内緒ですよ」


 そっと唇に人差し指を当てて、俺はそっと笑った。それで、メルは何をしたいのかを悟ったのだろう。目をまるく見開いた。


「そう。……そうなのね」


 窓から入ってくる西日が、そっと俺とメルの顔をなでた。


「あなたは、そうするのね!」

「…………」

「ああ、楽しみだわ。すっごく楽しみ」


 メルは、年相応の笑顔を浮かばせてそう言った。遠からず起きることを予測したのだろう。彼女の顔は先ほどまでの全てを諦めた顔ではなくなっていた。


「ねえ、時は街でやってね」

「善処しますよ」


 心の中にたまった泥は未だに洗い流されない。


 奪われなければ前の世界で殺されかけることは無かった。奪われなければ今、こうなることも無かった。この世界は、今までの世界と違う。やられるだけで、全てを諦めていた今までと違う。


「ちょ、ちょっとユツキ? 怖い顔してるよ??」


 レイの忠告に、思わず顔に力が入っていたことに気が付いた。


 恨みは晴らす。


 この悔しさは――彼らの命を持って消えるのだ。

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