この結末は、あなただけが知っている

なぎ

カメレオン


少女はいつも、何かになろうとしていた。母が近所のママ達に好かれる専業主婦を演じているように、父が家族思いな父親を見せびらかしているように。


少女にとっては、自分以外の何かになることが至極当たり前のことだった。


だから少女は、自分を好きだという男性に愛を囁き、彼が好きな明るくて笑顔を絶やさない女を演じた。男性は少女のことを「理想の彼女」と見せびらかした。


女友達の中では、目立たぬ空気と化していた。友達が「あの子本当ムカつく!」と愚痴を吐けばそっと頷き、「彼氏にフラれた!」と泣けば、そっと背中をさすっていた。決して主張はしないが、否定もしない。少女はこれが女子にとって心地いい存在であることを知っていた。


少女は自分の中に何人もの自分の存在を感じ、また自分がどこにもいないようにも感じていた。


いつの年か、誰かに言われた言葉を思い出す。


『あなたは、それで楽しいの?』


後にも先にも少女のカメレオンを見抜いたのは、その人だけだった。あの人がいてくれたなら、少女は少女として自分を取り戻していただろう。


『こんな生き方が楽しいわけがない。でも、心地いいんだよ。私は』


一歩間違えれば真っ逆さまに落ちてしまいそうな崖の上で、少女は澄み渡る空気の美しさを感じていた。風だって、空気だって、場所によってこんなにも違った顔を見せる。人間だって同じなのだ。


少女は突き刺さるような風を肌に感じながら、目下に広がる海をじっと見つめ続けた。このまま少しでも前のめりになれば、海がどんどん近づいてくるのだろう。


少女はものの数分そうしてから、飽きたようにその場から離れた。崖には真っ赤に彩られた花束だけが、潮風に揺られている。

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