2.刺繍

 布に刺繍針をさしたままの主に問いかける。

「あら、いたの? マリ。

 ゴメンね、完成したからってボンヤリしてしまって」


 ユーリーは苦笑いを浮かべ、針を片付け始めた。


「刺繍は明後日までにとのことでしたが……」


「今度こそ大丈夫。失敗したら依頼が来なくて、

 飢え死にするしかないものね」


 片づけながら返事をすると、マリは嬉しそうに肯定した。

「ええ。それにしても今回の依頼主がこだわりがありすぎますわ。

 やり直す前だって凄く素敵でしたのに」


 見ずぼらしい仕事着で手を拭ってから、マリは作品を覗き見る。

 布には優美な薔薇の形が忠実に再現されていた。


 確かに、マリの言い分も正しい。

 はじめは薔薇の周りに葉をつけたのだ。


 しかし葉を消して欲しいという要望が届いた。



 その前はバラの形が気にくわない、

 その前は縁取りが気にいらないという理由でやり直しと言われたのだ。


 大抵の人には喜ばれるデザインだが、

 今回の依頼主はお気に召さなかったようなのだ。


「それにしてもユーリー様は凄いですわ。

 一針も間違えないなんて」


「そんなに見ないでよ。刺繍を消すだけだもの。

 簡単だわ。心配しなくても今回は自信あるのよ」


「綺麗ですわね。

 給仕様より伝言がありまして……

 ディナーのご用意ができましたとのことです」


 聞いた途端にユーリーは顔をあげて出来るだけ

 可愛らしく言ってみた。


「出席しなきゃダメ?」

 マリもできることなら出なくて良いと言いたい。

 勝手に許可を出したのでは怒られてしまう。


 マリも負けじとにっこりと答えてみた。


「反応が解り易くて大変結構ですが、

 何時までも子供ではないのですから。

 必ず出席するようにとのことです」


 ユーリーはガッカリしたように肩を落とした。

 完成した作品を包装しながらの返事をしているため、

 下を向いて返事をした。


「解りましたっと。全く何なのよ! 今日は一段と煩いじゃないの!」

 言葉には苛立ちが強くにじんでいるが、

 手もとの作業はあくまでも丁寧にこなしている。

 

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