第5話「井戸端会議とお仕事探し」

 ちなみにわたしたちの部屋は下町の外れにあるボロ長屋の一室だ。

 ひと部屋を無理やりカーテンでふたつに仕切って片方をわたし、片方をクロードが使っている。


 遮るものはカーテンしかないので、音はだだ漏れだ。

 わたしのいびきや歯ぎしりはもちろん、もしオナラなんかしたら臭いまで伝わってしまう可能性がある。


「うう……緊張するよう、こんな状態で寝られるわけないじゃんかあぁ~……」


 などと塩らしいことを思っていたわたしだが、ベッドに横になった瞬間速攻で眠ってしまった。

 驚くほどの寝つきの良さで、朝までぐっすり。

 乙女としてそれはいかがなものかと思ったが、まあ変に寝不足になるよりはいいかと自分に言い聞かせた。

 そうだ、何ごともポジティブに考えることが成功の秘訣なのだ失敗を恐れるな食らいついていけとブラック派遣会社の社長も自伝で言ってた……あれ? そのソース大丈夫……?


「ま、まあいいか。うじうじ悩んででもしかたないしね。さ、そうと決まったらお出かけお出かけ~っと」


 朝食を済ませたわたしが勢いよくタンスを開けると、そこにあったのは目も潰れんばかりのドレスの数々。

 仕立ても素材もよくてきらびやかで、こんなにあるなら売っぱらって生活費の足しにすればいいのにと心底思う。


「ま、その辺がテレーゼのテレーゼたるゆえんなんだろうけどね」


 ため息をつきつつも、今まで着たこともないようなドレスにちょっと胸の躍るわたし。

 いやあだって、乙女だからね。瘦せても枯れてもアラフォーでも、魂は乙女だから。

 

「これはあとでまとめて売っぱらうとして、今日ぐらいは楽しんでもいいかな~。えっへっへ~」


 とは言え、さすがにひとりでコルセットやらパニエやらの装着は出来ない。

 悩んだ末にわたしが選んだのは、ひとりでも着られる薄桃色のシュミーズドレスだ。

 ハイウエストで、胸元に白いフリルがついてるのがすごい可愛いの。

 姿見を見ると、テレーゼのウエーブがかった金髪との組み合わせがこれまたベストマッチ。 


「ひゅうーっ、これは気分上がっちゃうわ~。やっぱ美人はいいなあ~っ」


 姿見の前でくるくるターンしてみると、もうほとんど天使ですよ。

 天使が踊っているようにしか見えません。

 うんうん、テレーゼ可愛いっ。胸は控えめだし目つきはちょっとキツいけどっ。


「ようーっし、行くわよクロードっ。第二の人生の始まりなんだから、勢いつけてくわよっ」


 盛り上がったわたしは、戸惑うクロードを連れて颯爽と外に出た。




 □ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □



 家を出てすぐに、井戸端で洗濯をしている近所のおばちゃんたちに出くわした。


「あらお嬢様、もう外を歩いていいのかい?」

「体が悪いのに平気かい? あんまり無茶するんじゃないよ?」

「何かあったらクロードさんに言いな。この人なんでも出来るから」


 庶民的なおばちゃんたちとお嬢様全開のわたしとはミスマッチ甚だしいというかわたしが一方的に浮いているのだが、実に愛想よく接してくれた。

 クロードの日頃の行いの良さもあるのだろうか、一緒に住んでいるわたし(病弱という設定らしい)へも好意的な視線を向けてくれた。


 ううむ、さすクロさすクロ。

 同居者のイメージがいいと得だわあ~。


「こんにちは、うちのクロードがいつもお世話になっておりますぅ~」


 わたしはニッコリ笑うと、おばちゃんたちの話の輪に加わった。

 いやもちろんね、今日の目的はお仕事探しなんだけども。

 ご近所づき合いって大事だからほら、なるべく早めに溶け込めるようにしないとね。


 そしてそうゆー意味では、わたしの対人スキルは鍛え上げられている。

 ブラック派遣企業の社員としていろんな過酷な勤務場所に派遣され、様々な人間とつき合いを持ってきたからだ。

 女の場合は特にね、派遣先のおばさん連中の機嫌を損ねたら死ねるから(三回ぐらい死にました)。


「あらお嬢様、けっこう話せるわね~」

「ホント、意外と庶民的」 

「掃除も炊事も洗濯も出来るんだって? あらまあ~」


 中身は36歳独身女だ。

 生活面に関することはたいてい出来るし、その苦労も知っている。

 見た目とのギャップが良かったのだろう、おばちゃんたちはすぐにわたしを仲間として認めてくれた。


「ほら~、あんたたちも来なよ~。このコ面白いんだから~」

「そうそう、見た目はこんなだけどね~」

「ホント、お嬢様とは思えないわあ~」


 昼日中ということもあるのだろう、近所のおばちゃんたちが物珍し気な顔でやって来た。

 それに倍する数の子供たちもついでにやって来て、辺りは急に大賑わい。


「こっ……これは想像以上の圧力……っ?」


 女三人寄ればかしましいとは言うけれど、これはすごい。

 耳が痛くなるような大声大笑いと子供たちの叫び声に、わたしはさすがにクラっときた。


「っと、と、と、すいません。あの、ひとつ聞きたいんですけどっ」


 このままでは一日ここで足止めを食ってしまいそうだと判断したわたしは、慌ててたずねた。


「わたし働きたいと思ってるんですけど、どこかいいところ紹介してくれたりしませんかね? ハロワというかその、紹介所みたいなとこがあれば、その場所とかも」


 わたしの質問に、みんなは一斉に答えて来た。


 だったら内職がいいよとか、デズモンドさんのとこで女給を募集してるよとか、読み書きできる人を西方神教会が募集してたよとか、ピアノができるならテオさんのとこはどうだいとか……うん、ピアノ?


「その……それってピアノ弾きの仕事ですか?」


 そんな普通に求人があるものなのかと、わたしがびっくりしていると……。


「なんだいあんた、ピアノが弾けるのかい?」

「だったら話は別だね。もっとたくさん話はあるよ」

「なにびっくりしてんだい、ここグラーツは音楽の都だよ?」


 驚きのあまり硬直してるわたしに、みんなはここぞとばかりにお仕事を紹介してくれた。


「そうか……そうだ……ここって音楽の都なんだ。そしてわたしはピアノ弾きで……」


 ピアノを弾いて生きていける。


 その瞬間、わたしの前にパッと光が差した。

 世界が急に色づいた、そんな風に感じられた。


 そうだ、長年のブラック派遣企業勤めで忘れかけてたけど、ついでに向こうの世界の音楽家の供給過多でついつい諦めかけてたけど、こっちの世界ではわたしでも音楽で働くことが出来るんだ。


「なんて素晴らしいのっ。ビバ、異世界っ、ビバ、転生っ」


 ひとり盛り上がったわたしは過去一の笑顔を浮かべ、天高くガッツポーズをした。 

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