空蝉の朝まだき

雛倉弥生

第1話 宵闇

ピンポンと、家のチャイムが鳴った。


紅く炎の様な燃え上がる色の髪を、寝癖でぼさぼさ


にしている焔大和は嫌々、ベットから起き上がり、


玄関まで歩いた。扉を開けると、茶髪を二つ結びに


した少女が腰に手を当て、怒る様にして言った。


「大和君、折角一緒に学校行こうと思ってたのに


遅刻するよ」


大和は、少女、沙淮にゆっくりと言葉を返した。


「ああ…あと、5分待って」


眠い目を擦りながら戻っていく。一歩一歩が遅い。


「あー、もう!」


沙淮は玄関にバックを投げ置くと、靴を脱ぎ、


家の中に入り、エプロンを身に付ける。


「朝食作ってあげるから、早くして!」


まるで廃墟のように静寂だった家が賑やかになって


いた。大和に一人暮らしで親はいなかった。父は


随分昔に死んだ。事故だ。それも異能者によって


引き起こされた。と、いっても異能者が溢れ返る


この世界では特に珍しいことでも無い。けれど、


何の力も持たないただの人間であった母は受け入れ


られず、嘆き悲しんだ末に、父の死を忘れる様に


異国へと飛び立った。実の息子を捨て置いて。


育児放棄。良い意味で、放任主義といったところ


か。その為、幼馴染であった沙淮の両親に養って


貰った。実質彼等が親といっても良いのかも


しれない。母を親と思えたのは、父が死ぬ前まで


だ。自身を放って置き、海外へ飛んで今頃


楽しんでいるのだから当然だろう。思わなかったら


どれだけ親思いなんだろうか。そこまで母親を 


思ってはいない。ので、実を言うと普段は殆ど


母親のことなど忘れている。自分が大事だから。


欠伸をかき、櫛で髪をとかし、手首につけていた


ゴムで結ぶ。トーストの良い匂いが漂ってくる。


「ほら、トーストと目玉焼き食べて、いく。


準備はしてある?」


こくんと、頷く。ちびちびとトーストを食べて


いく。結局半分しか食べられなかったが。


昔から、少食であったので多くは食べられない。


「うん、良く食べたじゃない。んじゃ、走って


学校まで行くわよ!」


鞄を持って、全速力で走る。間に合ったが、


チャイムが鳴る5分前だった。息を切らしながら


席は座ると、後ろの席の旭野原朱鳥が顔を


にやけさせながら挨拶をしてくる。


「ぷっ…おは、よ…」


笑いを堪えているが、既に口から笑い声が出て


いた。


「…おはよ。今日は寝坊した」


「沙淮ちゃんと、仲良く走って来たもんな」


朱鳥は茶化すように、いう。が、それすら


大和は気付かない。


「幼馴染だから。あと、遅刻したらお前に笑い


ものにされるから頑張って起きた」


「もう既に笑いものにされてるけどな!」


「…うるせぇ、朱鳥」


結局、担任が入って来たことで話はそこで


終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る