第33話

 休戦協議は、ゲドゥルト山のふもとにある小さな教会で行われることとなった。

 テューアも参加することになったが、護衛騎士は一人までということでラーズンは待機となった。ディアマントを従え、テューアは席に向かった。

 義教勢力側からはリーベレンラフィンにヴィンド、それと霊守が一人参加していた。

 最後に入ってきたグラウは、集まった面々を眺め、そしてある一点を見つめて動きを止めた。テューアはその姿を見て表情を曇らせた。なぜ兄がじっとリーベレンラフィンを見つめているのか、理由がわからなかった。

「では、皆様集まりましたね。僭越ながらこの場の議長は私、ドクメントが務めさせていただきます」

 真ん中に座り進行役になったのは、この地域の伝統あるファイゲ家の当主だった。ファイゲ家は今回は議会勢力に協力しなかったものの義教地区にも参加せず、中立の立場を採っていた。

 これは名誉ある委託、ではなかった。どちらにもつかず、「負けを避けようとした」ファイゲ家が、得をするようなことがあってはならない。「休戦に関する負担は全てファイゲ家に」と提案したのはテューアだった。五百年以上前にも、戦乱に乗じて勢力を増したことがあるという記録を、テューアは図書館で学んでいたのである。

 急戦協議のこの一日、両軍は武器を置いて待機する決まりとなっている。当然その間も陣を張り、食事をとり、怪我を治療しなければならない。そして「協議のための一日」である以上、その間の費用はファイゲ家が持つべきである、とテューアは伝えた。

 当然快く受諾するはずもなかったが、ファイゲ家に断る選択肢はなかった。そして、テューアはさらに伝達してきた。「協議が長引かなければいいのですが」一日で終わらなかった場合、負担は増えるのである。

 そんなわけで、議長の緊張は極度に達していた。ドクメント・ファイゲは何度も汗をぬぐった。

「これよりドライデスフルセス中央議会と知多教北方教団の協議を始めます」

 議事録が取られ、この会議は歴史に残るものとなる。実態がどうあれ、正式な名称が何であるかは難しい問題だった。議会側の出した条件の一つは、義教勢力が「義教」の名を名乗らないことだった。正史として義教地区に侵攻したことになれば、議会側の印象が悪くなる可能性がある。あくまでリーベレンラフィンは調整勢力のヴィンドを誘拐したのであり、智多教における一つの勢力に過ぎないということになった。

 戦況は圧倒的に議会勢力が有利であり、和議が始まる前にも多くの条件を飲まざるを得なかったのである。

「ではまず、議会代表、グラウ・ザトアンから、要望を述べてください」

「はい、では述べさせていただきます。義教地区の解除がまず、何よりもの要望です。これにより州内は混乱しております。ドライデスフルセスおよびタルランドの安定と平和が、我々の目標です」

 声がいいな、とテューアは思った。それはとても大事なことだ、と。

「では、リーベレンラフィン、それに対して答えてください」

「はい。私たちは智多教の本道が守られることを望んでいます。人々の心の安寧は、汚されてはなりません」

 この世で最も鋭いのではないかという目つきで、リーベレンラフィンは高らかに言った。

「我々の中に、智多教の排除というものはありません。ただし、守られなかったのは土着の宗教、そして新教の可能性です。これからタルランドは変革の時が訪れます。そのときに旧教が支配するこれまでの形では対応できません」

「では、どういう処置が妥当と考えますか」

「各地の主たる教会の解放及び、領地の没収です。ただし、北部三県は直轄地として残します。これを越えて税収を得ることを禁じます」

 教団側は誰も声を発しなかった。敗者であることは受け入れているのである。

「それ以外は」

「ヴィンドはリヒト家次期当主として当初の予定通りグリュネスタイン教会へ。リーベレンラフィンは教団長の任を辞すること」

 テューアは小さく何回か頷いた。ここまでは打ち合わせ通りだったのである。

「リーベレンラフィンは同意しますか」

「……はい」

「そして、リーベレンラフィンは教団代表としてビンドプラトに入ること」

「え」

「友好の証として、ドライデスフルセス中央議会議長、私グラウ・ザトアンが妻として迎える」

「はあぁ!?」

 思わず声をあげたのはアードラーだった。黙ってはいたが、テューアもディアマントも呆気に取られていた。

「話が違いますぞ、テューア殿」

「交渉というのは生ものなのだよ」

「しかし」

「俺は、手に入れたいものはすべて手に入れる」

 リーベレンラフィンはじっとグラウを見ていた。そして一瞬、ほほ笑んだ。

「わかりました。そのようにいたします」

 アードラーとテューアは、口をへの字に曲げた。

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