キュウリ男と編集さん 11

「まったく困ったもんですよ。最近の若者はってよく言われてますけど、最近の年寄りもたいがいです」

「それは同感です」


 羽織屋はおりやさんはフーッと一息つくと、お店の中を見渡してから俺を見た。


「ちょっと汚い言葉を使っても良いですか?」

「どうぞ」

「くっそ腹立つ! いい加減にしろ! くそオヤジどもめ!」


 それだけ言ったらすっきりしたのか、羽織屋さんは再びフーッと一息つくと、カフェオレを飲んだ。


「ちょっとすっきりしました。ちなみに今のくそオヤジには、小此木おこのぎさんのお父さんも含まれてます」

「そこはまったく同感なので、お気になさらず」

「それとうちの場合、父より母がめっちゃくちゃ乗り気で困ってます。つまり、さっきの言葉に合わせれば、くそババアってやつですね」


 そう言ってため息をつく。


「そうなんですか? なんでまた?」

「あ、そっか。お見合い用の写真、どんな写真が来たのか、知らないんですね?」


 そこでピンとくるものがあった。


「待った。知らない方が良い気がしてきました」

「せっかくだから聞いてくださいよ。小此木さん、制服姿なんですよ」

「やっぱり」


 やれやれと首をふる。


「小此木さんに見せてあげようと思って、写真撮ってきました」

「えええ……」


 そんなもの見せてもらわなくてもと断る前に、羽織屋さんはスマホを出して写真を出した。


「ほら、かっこいいですよね。……見ないんですか?」


 目をそらしている俺を見て首をかしげる。


「わざわざ見なくても、自分が着ている制服ぐらいわかります」

「これを見た母が、めっちゃ乗り気になっちゃって。もうノリノリです。そんなにノリノリなら、母がお見合いすれば良いのに」

「それはちょっと。あの、そろそろその写真、閉じてもらえますか?」


 俺がそう言うと、せっかく撮ってきたのにとブツブツ言いながらも、アプリを終了させた。


「とにかく、制服姿の小此木さんを見てノリノリです」

「すみません。その写真を選んだのは間違いなく母で、おそらく確信的な犯行です」


 そこは間違いない。ここ最近、自衛官に限らず制服人気に拍車がかかっている。母親はそれを利用したのだろう。ただ今回の場合、釣られたのは羽織屋さんではなく、羽織屋さんのお母さんだが。


「なるほど。奥様もなかなかの策士さくしですね」

「そりゃあ、長いこと父の伴侶はんりょをしてますから。ちなみにですね、羽織屋さんの写真ですが」

「知りたくないです」


 即答だ。


「俺の写真のことを話したんだから、そっちの写真のことも話してもいいでしょう」


 しかも写真まで撮ってきたではないか。


「えー……」


 思いっ切りイヤそうな顔をしている。


「残念ながら、写真は撮ってきてません」

「それは良かったです」

「写真はハカマ姿のものでした。あれはどこで?」


 それを聞いて、ああ、あの写真と察したようだ。


「やっぱりその写真ですか。あれは大学の卒業式の後、記念に撮ったんですよ。成人式で振袖の写真を撮る予定だったんですが、ダメになったので」

「なんでまた?」

「クソ忌々いまいましいインフルエンザのせいです」

「それはお気の毒に。ですが、ハカマ姿もなかなか可愛らしかったですよ」

「そうですかー?」


 疑わしそうな顔をしている。釣書つりがきに書かれていた経歴も、ごくごく普通の家庭で育ったお嬢さんの印象だ。可もなく不可もなく。写真と釣書つりがきだけでは、さっきのような「くそ」発言をするような人物には見えない。だがまあ、目の前にいる羽織屋さんのほうが、ずっと生き生きしていておもしろいのは確かだ。


「それで話を戻しますけど、うちはすでにお断りできる空気じゃないんですが、そちらは?」

「まったく同じですね。こちらは、ドタキャンして世話人の顔に泥を塗るなと、父にクギをさされました」

「あー……退路を断たれましたね」

「同感です。さてはて、どうしたものか」


 これが学生のころだったら、そんなこと知るかで無視でもドタキャンでもしただろう。だが大人になった今、そこまで思い切った行動をするのは難しい。


「ま、お互いに合わなくてお断りすることもあるでしょうし、行くだけ行ってお断りしますで良いのでは? そうすれば、世話人さんの顔に泥を塗ったことにはならないし、うちとつながっている、小此木さんの上司さんへの心証も悪くなりませんよね?」

「お見合いはするということですか?」

「ダメですかね? だって、自分には相手がいるんですなんて言い訳、いまさら難しいでしょ?」

「まあ確かに」


 それにそんな相手がいないことは、うちの両親は百も承知だろう。だからこうやって強引な手段に出たのだろうし。


「それとですね、実はお見合いなんて一度もしたことがないので、どんなものか興味あります」

「羽織屋さん、好奇心は身を滅ぼしますよ?」

「だってお互いにその気じゃないなら、そうするのが一番かなって。相手にも義理立てできますし」


 そこで羽織屋さんがニヤッと笑った。


「それに、どこでするにしてもおいしいもの、食べられるでしょ?」

「そこですか」

「はい、そこです!」


 相手はうちの両親だ。そうすんなり断れるのか?と疑問に思わないでもなかった。

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