キュウリ男と編集さん 6

「甥っ子達のですか」

「お孫さん達、回顧録では自分達の出番がなくて、すごくガッカリしていたって話を聞きまして」


 スクラップブックを開いて中をこちらに向けた。中は真っ白のページだ。


「自分達で、お爺ちゃんの回顧録の続きを作ったら、楽しいじゃないですか。それでスクラップブックを作ったんですよ。これだけ大きければ写真もたくさん貼れますし、文字も書き放題です」


 それだけの大きさがあれば、写真を貼った後も好きなだけあれこれ文章が書けるだろう。なんでもやってみたい年頃の甥っ子姪っ子達なら、大喜びしそうだ。


「それって、父からの依頼ですか?」

「あ、これはあまった紙で作ったモノなので、小此木おこのぎさんに請求した金額の中には含まれてませんよ。その点はご安心ください!」


 俺の質問の意図をかんちがいしたらしく、慌てた様子でそう付け加えた。

 

「ああ、そういうことじゃなくて。こういうのって普通なのかなって。あまった紙でオマケみたいなのを作ることが、なんですが」

「どうなんでしょう。もともと、小此木さんの回顧録の仕事自体が異例なので、異例なことが一つ二つ増えても、まったく問題なかったみたいですよ?」

「つまり、これも異例なんだ」


 勝手にこんなものを作って、上から何か言われないのか?とガラにもなく心配になる。


「あ、問題ないです。小此木さんのふところも痛みませんし、あまった紙も捨てずにすみますし。もちろん私も叱られません」

「それを聞いて安心しました。羽織屋はおりやさんが叱られないなら問題ないんですよ」

「そこはご心配なく。なかなかよくできたスクラップブックで、こっちにも回してくれないかって、先輩達に言われたぐらいなので。もちろんあげませんけどね!」


 はっはっはっと笑った。その様子を見て思わず笑ってしまった。なかなか愉快な人だ。


「あら、それが前に言っていた、スクラップブックなのね?」


 母親がお茶の用意をしてリビングにやってきた。そして縁側近くにお盆を置くと、羽織屋さんがひろげたスクラップブックをのぞきこむ。


「はい!」

「よくできてるわね。表紙が本と同じデザインだから、きっとおチビちゃん達、よろこぶわ」


 嬉しそうに笑う母親の様子に、ん?となった。


「母さん、これのこと知ってたんだ?」

「本の納期で連絡を受けた時に、おチビちゃん達に本の続きを書けるものを用意しましたって、教えてくれたの。これは良いわね。きっと喜んで、自分達が登場する回顧録を書くわよ。渡すのが楽しみだわ」


 しばらく三人でお茶をしながらあれこれ話していると、外でトラックが止まる音がして、インターホンが鳴った。母親が立とうとしたので、それを制止して自分が立つ。


「はい」

『小此木さん宛の荷物のお届けですー。数も多いしかなり重たいんですが、どうしましょー?』


 案の定、運送屋だった。


「ちょっと待っててください。すぐ行きますから」

『はーい』

「届いたみたいだよ。直接ここに運んでもらったほうが楽だから、そうしてもらうよ」

「私もお手伝いしましょうか?」


 リビングを出て玄関に向かうと、後ろから声がして羽織屋さんが顔を出す。そう言われ、羽織屋さんの頭からつま先までを見た。やめておいた方が良さそうだ。


「羽織屋さん、下手すると腰を痛めるのでやめておいた方がいいと思いますよ。縁側に運ぶので、そこからにしてください」

「わかりました。じゃあ、お任せします」


 玄関を出ると、運送屋のドライバーがトラックから荷物をおろしているところだった。それなりに小さい段ボールだが、重量はかなりある。それでも二つまとめて抱えると、運送屋のドライバーと一緒に庭へと向かった。


「あらあら、そんなに持って。あなた達こそ、ギックリ腰にならない?」

「俺は大丈夫だよ、こういうの慣れてるから」

「自分も平気ですよー、ご心配なく。これ、荷物の持ち方にコツがあるんで」


 ドンッと縁側に段ボールを一個ずつ並べて置く。それを母親と羽織屋さんが、ズルズルと部屋の端へと押していった。


「まだあるから」


 二人でトラックのほうに戻る。


「お客さん、すごいですね。もしかして経験者さんですか?」

「いえ。陸自の人間なので、この手の重たいものには慣れてるんですよ」

「なるほど納得です! 実は自分も元陸自なんですよ!」


 ドライバーがニカッと笑った。それを聞いて、ちょっとした仲間意識が芽生える。そう言えば配送業者には、元職の人間が結構いると聞いた覚えがあった。


「へえ。どちらに?」

練馬ねりまの普通科にいたんです。任期を終えたので、そのまま除隊したんですよ」

「残念だな。そのまま続けてくれたら良かったのに。再入隊も歓迎しますけど?」


 俺の言葉にイヤイヤと首をふる。


「さすがに戻るほどの体力は残ってないですよ。ただ、今は少しだけ辞めたことを後悔してます。当時は清々せいせいしたーって思ってたんですけどね」


 アハハと笑いながら、荷物を抱えた。


「年齢がまだ大丈夫なら、再入隊は歓迎しますよ。陸海空、どこも人員は不足しているので」

「そうですね。考えておきます!」

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