第16話 真実

 今日の夜空は雲一つなく、二つの月が良く見える。星も煌めいて綺麗で、それらの光景は俺の心をほんの少しだけ慰める。

 俺は、今王城から離れて外へ出ていた。周りにあるのは深い森と木造の屋敷、そして仄かな灯りに照らされた俺の墓。

 そう、ここはソラノの屋敷だ。俺は爺様と話してから、準備を終わらせるとここへと向かった。馬車に揺られて、必死に湧き上がる感情を抑えながらここまでやってきた。

 辿り着いた時には既に日は落ちて、真夜中だった。馬車はここより少し遠くに止めていた。歩いてここまでやってきたが、ソラノはいた。

 アイツにとってはいつも通り、なのだろう。墓の前で、祈りを捧げていた。俺はすぐに声をかける事はせずに、そのままそちらへと歩いていく。

 別に足音を殺して歩いていないので、ソラノには聞こえているだろう。だがアイツが振り返る事はなかった。

 そして、ある程度の距離を詰めると、俺は足を止めた。


「……こんな時間に訪問者とは。どなたでしょうか?」

「俺です」


 俺の返答が聞こえてからゆっくりと立ち上がる。そして、こちらへ振り向くソラノの表情はどこまでも普通で、そこには驚きもない。どこも変わらない、微笑みを俺に向けていた。


「貴方ですか。このような時間に一人でここへ来るなど、どうかされましたか?」

「お話があって、来ました」


 俺は、手に持っていたモノをソラノに見えるように差し出す。包んでいた布を開いて、それを見せつける。

 それは、シルトの部屋にあった香炉から持ってきた乾燥したユイファの葉だ。差し出された乾燥された葉に首を傾げて、怪訝そうな顔をしている。その間も俺はソラノから視線を逸らす事はしなかった。


「それは、なんでしょうか」

「ユイファの葉です。睡眠香としてよく使われるモノです。これもそうして使われていました」

「ああ、なるほど。それがどうかしましたか?」

「……ただ、俺が持つこれにはユイファの葉だけではなく別の物が混ざっています」


 手元にあった葉をぐっと強く握り込む。強く握り締めすぎて、自分の爪が刺さる程だ。けれどそんな痛みも今の俺にはどうでも良かった。

 王城で、睡眠香について教えてくれた爺様は言った。これは、別の香りもする、と。

 それを聞いて俺はすぐにシルトの寝室にあった香炉を調べた。もちろん、フランシアさん達の力を借りてだ。そして、それが何なのか分かる事になる。

 ユイファの葉に混ざっていたのは、乾いた星型の花、オラフェスだった。

 それは俺がソラノの自室で訪ねた花だった。オラフェスの花は貴重らしい。ソラノの屋敷裏にある森でしか生えていない。そして、その効果は他の薬の効果を増加させるものだ。使い方では毒にも薬にもなる。

 それが、何故あの香炉に混ざっていたのか? 誰か混ぜたのか?

 その答えは簡単だった。フランシアさん達はみんな知っていた。あの香炉を贈ったのは、ソラノだ。葉を用意していたのもソラノだ。

 俺は知らなかったが、元々シルトは不眠症だったらしい。酷い悪夢に魘される事が多く、まともに寝れない日々が続いてたらしい。それを助けたのがソラノだ。あの香を贈って、シルトの不眠症を落ち着かせた。それは十年以上前からの話だ。だからこそ、誰も疑っていなかった。

 ────ここまで来たら、答えは一つだった。


 唇が開こうと動く。けれど、薄く開いたまま出てくるのは息だけだった。俺の全身に渦巻くのは、疑問だった。

 どうして、どうしてなんだ。俺には全然わからなかった。緊張も混じって喉が渇く、それでもどうにか声を絞りだした。


「──貴方が、陛下を眠らせたんですか」


 ソラノは俺の言葉を聞いて、驚きも焦りもなかった。落ち着いており、いつもと何一つ変わらない様子で俺を見返していた。そして、簡単の質問に答えるような気軽さで小さく頷いて、ソラノは声を出した。


「そうですよ」


 その返答を聞いた瞬間、息が止まった。次に俺の腹の底から湧き上がるのはちりちりとした怒りと苦しくなるような悲しみだった。

 事実を突きつけられたというのに、嘘じゃないのかという疑う気持ちは消えてくれない。これだからお前は身内に甘いのだとカートに怒られる事だろう。ソラノは小さく肩を竦めた。


「まさか、これほど早く分かってしまうとは思っていませんでした。それで、その犯人を目の前にして一本角一人でどうするつもりですか?」

「一人? まさか、そんな馬鹿じゃありませんよ」


 俺の背後で草木が擦れる音がする。俺が一人で行く訳ねえだろ。これでも俺は報連相はするタイプだ。同じ馬車に乗っていたヴェルグ兄弟が、ゆっくりと姿を現す。

 しっかりシルトに命令された通りに、俺の護衛を担当してくれている優秀な二人だ。生憎だが俺は自分の運が悪い事はよく自覚しているのだ。シルトの目が開いたら、顔を見せてやらなければならないしな。

 現れた二人を見ても、ソラノの顔色は変わらない。いつもと同じ、焦る様子もない。不気味に思える。

 俺は、あれを起こしたのはソラノではないかとわかった時からずっと考えていた。その理由についてだ。

 それだけはどんなに考えても全くわからなかった。何を思ってシルトを深い眠りに落としたのか。俺には想像つかないが、シルトを排除して権力が欲しかったのだろうか。金だろうか? それとも、


「何故なんですか。何故、あんな事を? 陛下が、憎くて殺したかったんですか」

「殺す……?」


 その言葉には、ソラノは何故か驚いたように目を見開いた。少しの沈黙の後に、噴き出すようはハッと嘲笑った。


「っは、俺が? 陛下を? 殺したい?」


 そして、両手で顔を覆いながらその笑い声は断続的に続く。そしてそれがぴたりと止まると、覆っていた掌が外れる。


「アイツの最後の言葉を俺が……俺が守らないとでも思っているのか!」


 腕を大きく前方に振って、ソラノは叫ぶ。

 その表情は怒りに満ちて、俺を憎むように睨みつけてくる。その剥き出しの感情も、乱れた口調も、それは俺が昔から知っているソラノだった。しかし、その瞳はどこか光が無くて、虚ろに近い。

 何も映していないような瞳。俺はこんな目をよく見たので覚えている。この目は錯乱していたシルトと同じだ。

 そう、それは角の熱で精神が不安定な時のそれにそっくりだった。もしかして、ソラノは角に熱を溜め込んでいる、のか?


「アイツ……?」


 ソラノの目線が、墓へと落ちる。そして、先程まで怒鳴っていたとは思えない程に優しい手つきで墓を撫でた。それは俺の、墓だ。

 悲哀に満ちた瞳が細まる。その表情といったら今にも泣きだしそうに見えて、俺としては困惑するばかりだ。


「俺が、殺したアイツの……タカの、最後の言葉だぞ」


 それは、消えてしまいそうな程に力のない、震えた声だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る