第37話 凪story DAY4 後編 part2

床の扉を開けると、中は梯子で降りられるようになっていた。やはり人が出入りしているのだろう。豆電球ではあったが穴の中を微かに照らしていた。


「……紬、先に降りてくれるか?」

「畏まりましたわ、和彦様」

「え、えっ? ちょっと、紬が先っすか? なら、自分から降りた方が安全っすよ!」


紬を先に行かせるとは思わなかった。てっきり和彦さんが先に降りると言うと思ったのだ。それに、紬を先に行かせるくらいなら、捜査フォーカスを持っている自分が先に行った方が罠にも気付ける。そう思って提案したが、和彦さんは首を横に振る。


「いや、紬、先頭を頼む。次に凪、最後に俺の順番で降りる」

「畏まりました」

「わかったっす……」


何故だろうか。少し和彦さんの行動に違和感を感じてしまうのは。まさか暗闇が怖いなどと言うことはないだろう。


紬は疑問の声すらあげずに二つ返事でオーケーをしていた。内心はどう思っているのだろうか。


心にほんの少しだけ疑問を持ちながらも私達は指示に従う。


「では、行ってまいります」

「ああ、すぐ俺たちも行く」

「気を付けて降りるっすよ?」

「はい。ありがとうございます、凪さん」


私達に笑顔を向けると紬は地下への梯子を降りて行った。

そして、続けて私が降りる。


「気をつけろ。下に何があるか分からない。何かあったら叫べ。俺が飛び降りて二人を回収する」

「わかったっす! ありがとうっす!」


その瞳は嘘をついているようには思えない。しかし、何か隠しているような気もする。だが、私は和彦さんを信じて梯子を降りる。


梯子は最近付けられたのかあまり汚れても錆びてもいなかった。

上を見上げると、和彦さんがこちらを心配そうに見下ろしているのが見える。


やはり少し考え過ぎだったか。


そう思ってまた上を見上げると、何故か和彦さんの顔がなかった。少し待つが降りてくる気配もない。


(和彦さん……?)


少しぞわりとした。


(まさか……。いや、ないないっす! 私達に何かするつもりなら空間内に入れた時にすればよかったんすから!)


頭の中では、和彦さんが自分達を害することはないと分かっている。だが、少し……ほんの少しだけ、和彦さんの先程の行動に疑問を持ってしまう。


だからであろう。上で何をしているのか気になってしまったのは。


「がっ!? ぐぅぅぅぅぅ!?」


突然の頭痛。思わず梯子から手を離して頭を押さえてしまう。

穴は狭いので落ちることはないが少し不安定な体勢になってしまう。


「ぐぅぅぅぅぅ……」


この痛みには覚えがある。それは職業ジョブを手に入れた時。和彦さんは言っていた。新しい権能を手に入れる時にも頭痛があると。

確かに二人の言う通り、耐えられないほどの痛みではない。頭の奥がズキズキ痛む程度。とはいえ、顔を歪めるほどには痛い。


そしてまた、あの無機質な声が頭の中に響いてきた。


『ワールドオーダーより通達。15歳女性、学生、楠凪よりジョブ権限【探偵】の更なるアップグレードの必要性を受諾』

『ジョブ権限【探偵】より、権能【聴覚強化センス:ヒアリング】の使用を許可します』


その言葉と共に、頭痛はおさまり、周りの音がさらにクリアに、かつ遠くの音まで聞こえるようになった。


恐らくこれが、新しく手に入れた権能だろう。


今まで何も聞こえなかったが、梯子の下からは紬が底まで付いた音まで聞こえてきた。


そして、上の方からは和彦さんが他の誰かと話している声が聞こえてくる。


「じゃあ俺が降りて少し経ったら降りてきてくれ」


その言葉に対して、その相手は何も言わなかった為、誰がいるのかは分からなかった。

しかし、最低でももう一人、和彦さん以外の人間がいる。


(誰……?)


そう思っていた時、和彦さんが地下へと続く梯子に近づいてくる足音が聞こえてきた。


私は慌てて梯子を降りる。


上からは和彦さんが梯子に足を掛けて降りてくる音が聞こえてきた。


それから何メートル降りたかは分からないが、それなりの深さまでこの穴は続いていた。


とうとう底まで辿り着く。そこは薄暗い洞窟のようになっており、テレビで見た炭鉱のように電球が天井にぶら下がっていた。


梯子の横には紬が静かに待っていた。

少し私達が降りるのが少し遅かったように思うが、紬は何も聞いてこなかった。


そしてその後すぐに和彦さんが降りてくる。


「二人とも無事だったか?」

「はいっす」

「はい。和彦様の方は問題ございませんでしたか?」

「ああ」


そう頷くと、和彦さんは辺りを見渡す。


「人の手で掘られたにしては少し雑な気もするな。自然に出来た洞窟って言われた方がピンとくる。雰囲気的にはゲームとかにあるダンジョンって感じだな」

「ゲームは嗜みませんが、私もそのように感じられますわ」


和彦さんの言う通り、確かに人の手で掘られたと言うよりは、壁はゴツゴツと不規則で自然にできたと思われる。


だが、私の捜査フォーカスはこの洞窟が人工的にできたと示していた。


「人工的? これがか?」


そう言いながら和彦さんは壁に岩肌に触る。だが、和彦さんもよく分からなかったようで頭を捻りながら先を急ぐことにした。


結局、私は和彦さんが誰と話をしていたのか聞くことはできなかった。


その後、暗い洞窟を歩き続けると私の耳に微かに不快な鳴き声が聞こえる。


「和彦さん、紬、この奥からゴブリンの鳴き声が聞こえるっす」

「え……? いや、何も聞こえないが?」

「私も聞こえません」


(あ、しまった!)


私の新しい権能である聴覚強化センス:ヒアリングを使ったままだった。


「本当に聞こえたんだな?」

「は、はいっす! 微かにっすけど」


少し迷ったが、結局普通に話した。他の人より耳がいい、で恐らく誤魔化せるであろうからだ。


「そうか。分かった。二人とも、警戒を怠らずにな」


そう言うと、和彦さんは少し腰をかがめながらゆっくり歩く。


そして、暗がりの少し開けた場所に五体のゴブリンが地べたに座り、人間の言葉では理解できない言葉で何か話し合っているのを見つけた。


道は一本道でゴブリン達を避けて行けるほどの遮蔽物はない。彼らを撃退するか、片道を戻るかしかない。


「……紬、頼めるか?」

「畏まりました。お任せ下さい」


そう言うと、紬は先頭に立ち、ピストルのように構えた指をゴブリン達に向ける。


すると、ピストル状にした指の先に水玉が浮かび上がり、次の瞬間、ピュンという音を立てて消えた。


「え?」


思わずそんな声が出る。あまりの速さで間に合えなかったからだ。

前を見ると、ゴブリン達の中で一番奥に座っていたゴブリンが頭から血を吹き出して倒れるのが見えた。


続けて4回、音が鳴り、5体いたゴブリン達は一瞬で全滅してしまった。


「す、すごいっす! 無敵じゃないっすか!」

「こ、声がでかいぞ、凪」

「あ、ごめんっす」


興奮して思わず大声をあげ、和彦さんに怒られてしまう。


「で、でも本当に凄いっすよ。こんなに強いなんてびっくりしたっす」

「お褒めいただきありがとうございます」


ゴブリンを五体殺した後だと言うのに、紬はいつもと変わらないお淑やかな笑顔をしている。


「まあ気持ちは分かる。俺も最初見た時はビビった」

「そうっすよね! めちゃめちゃ分かるっす!」


頷く和彦さんに同意して、私はまた興奮する。

生き物を貫通するほどの威力を持った水の球を発射する権能。


家の習い事で弓道を嗜んでいた紬はその狙いも完璧で、一発でしっかり一匹を仕留めていた。


「これはもう楽勝じゃないっすか?」

「おい、変なフラグ立てるな。それに、俺は職業ジョブの有能さに差はないって考えてる。俺の職業ジョブ然り、お前の職業ジョブ然りな。敵にも恐らく職業ジョブ持ちがいる。戦闘系の職業ジョブなら全員これくらい強い、そう考えとけ」

「あ、そうっすよね。ごめんなさいっす」


和彦さんの言葉に我に帰る。敵は五人。しかも人間だ。職業ジョブ持ちがいる可能性は大いにある。

その可能性を失念していた。


「おう。特にこっちは戦闘系の職業ジョブが一人しかいないからな。バランスは最悪だ」


そう言って和彦さんは肩をすくめる。そしてゴブリンの事態に近づくと、収納空間インベントリに収納してしまう。


死体をできる限り隠し、敵にこちらの存在を気付かせない為だろう。


そして私達はそのまま洞窟を進む。たまにゴブリンやホブゴブリンが少数いるものの、紬の権能の前では敵ではなかった。


「新しい魔物、見ないっすね」

「そうだな。まあレイスも見ないし、地下だと活動できない、もしくは意味がない魔物とかの可能性も十分あるがな」

「なるほど……」


確かにレイスを全然見ない。

地下にいても襲う人間がいないからなのか、はたまた別の理由があるのか。


疑問を抱いたまま、先を急ぐ。


そんな時だった。通路の先に一際明るくて広い部屋があった。


そして……その部屋の真ん中で鎮座しているのは象ほどの大きさを持つ豚の巨人だった。




……。


次で凪story完結します。

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