第11話 収納空間

それから何時間が経っただろうか。窓は板で補強され、日が薄らとしか差さず、手足の紐は全く解けず、部屋には出口が一つしかない。


扉の奥からは声を顰めながらも、酒盛りをしている音が聞こえる。

中には女の声も聞こえる為、やはり最低でも四人いるのは確定だろう。


(二人は無事だろうか)


俺が考えていたのは、白雪家にいる二人の姉妹のことだ。

家にいるのだから安全だとは思うが、俺が見た家の中には、窓を外から割られている家もあった。


それはつまり、人間、もしくはゴブリンが不法侵入してくる可能性があるということだ。


それを思うと、早くここから脱出して白雪家に帰りたくなってくる。


(くそ、どうにかして脱出しないと)


そう思いながらもがくが、やはりどうにもできない。


それから自力で何とかしようともがき続けるが、紐を解くことはできなかった。


(くそっ! くそ!)


そしてその夜、脱出出来なかった俺は諦めて目を閉じる。

また不思議な夢だ。まるで忘れた何かを思い出す様な、それでいて記憶を探るような夢。


『……オーダーより……結果、25歳…………田中和彦に……権限、【……魔法使い】を与えま、す』

『ジョブ、……限【空間……、使い】より、権能……使用を許可します』


誰かが何か言っているのが聞こえる。無機質な声。だけど、どこかで聞いたことある様な声だった。


テレビ。ラジオ。ドラマ。アニメ。アニメのボイスドラマ。小説の朗読。


そのどれも違う。現実で誰かから言われたはずだ。


そう思った時、俺は30連勤を無事終え、眠りについたあの日のことを鮮明に思い出した。


……ああそうだ。一週間前のあの日だ。


『ワールドオーダーより抽選の結果、25歳男性、会社員、田中和彦にジョブ権限【空間魔法使い】を与えます』

『ジョブ権限【空間魔法使い】より、権能【収納空間インベントリ】の使用を許可します』


あの日、俺は【空間魔法使い】になったんだ。


その瞬間、俺は轟音と共に目が覚める。

すぐ近く、いや、この家が揺れていた。


(な、何だ!?)


バキバキと家が壊され、破壊される音と悲鳴が聞こえてくる。


「キャー!」

「幸男さん! どうすれば!?」

「な、何だこの豚野郎は!?」


豚。そう聞いて真っ先に思い出す魔物はオークである。今日召喚された魔物はどうやらオークのようだ。


それに気付いた俺は、ここから逃げ出す為、思い出した力を行使する。


俺に与えられた権能。

収納空間インベントリ


ならば俺の両手を縛っているこの紐も収納してしまえばいい。

そう思った俺は、自分の両手に意識を集中させ、それを自らの収納空間インベントリ内に吸い込むイメージをする。


すると、頭の中の片隅にある真っ白な空間に紐がぽたりと落ち、両手が自由になった。


(よし!)


同じ要領で自分の脚の紐を吸い込む。

自由になった俺は、口のガムテープを無理やり外し、扉を開けて外に出る。


部屋から玄関までは一本道だった。


しかし、その間には血塗れで壁に背を預け座り込む幸男の姿があった。


「あんちゃん……」


血まみれの顔でこちらを向いた幸男が口を開く。


「逃げろ……」


そう言った瞬間、太い棍棒のようなものが幸男に襲い掛かり、その身体を粉々にした。


「うおっ!」


俺はその風圧に押され、思わず尻餅をつく。

人が死んだ。また目の前で俺は何も出来ずにただ見ていただけだった。


ノシノシという足音と共に軋む床。壊れた部屋から伸びてきたのは普通の人間より二回りは大きい贅肉まみれの手。


そして、暗い中、月明かりで微かに見えたその顔はまさしく豚。唯一豚と違うのはその歯は明らかに肉食獣のそれであり、下顎からは二本の牙が覗いていた。


あれはヤバい。


そう直感した俺は震える足を動かして立ち上がり、ドアの横に背を預ける。


廊下からはフゴフゴという荒い鼻息が聞こえてくる。それと共にグチャグチャという何かを食べる不快な音がする。


俺は指一本動かすことなくその場合で息を潜める。


運が良かったのか、お腹が一杯だったのかわからないが、オークは来た時と同じように床を軋ませながら部屋を出て行った。


「はぁぁぁぁぁーーーー……」


足音が遠のき、とうとう聞こえなくなった事で緊張の糸が切れ、壁をずりずりと引きずりながら床に座り込む。


そこでハッとする。


「凛! 澪!」


二人が心配だ。まだ全然話したわけではないけれど、仲が良いとはとても言えない間柄だけど、それでも彼女達は、頭を抱えて行き場に迷う俺を家に入れてくれた。


一泊の恩には報いなければならない。


そう思った俺は、未だ震える足に力を入れて立ち上がり、部屋から脱出する。


居間なのだろう。俺がいた部屋の倍の広さのあるその部屋は惨状と化していた。所々に飛び散る肉片がオークの危険さを物語っている。


そこには開けっ放しになっている俺のバッグを見つけた。中身はいくつか無くなっているものの、まだまだ残ってる。


それを背負い、激しく損傷した家を後にする。


慎重に辺りを見渡しながら、小道に出る。どうやらゴブリンなどは寄ってきていないらしい。


(あー、本当に途中だったんだな)


幸男の家は、俺が眠らされた場所から少し白雪家側に行った場所であった。


今日も天気は晴れだった。街燈は当然ないが、月明かりが道を照らしてくれる。


空を見上げると、確かにいくつか青白く発光する小さなモヤが見える。


(あれが自衛隊を壊滅させたっていうレイスか)


それほど数はいないものの、ふらふらと漂うように浮くレイスには気をつけなければならない。


辺りを警戒しながら小道を歩く。そして、とうとう白雪家にたどり着いた。

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