ナイフとフォークのいらない、君のいた食卓

藤田 芭月 / Padu Hujita

第1話 中庭は誰にもみられない

 冷凍庫から、昨日仕入れたばかりのお肉を取り出す。

 臀部。ここは、噛んだ時の硬さが丁度よく、好きな部位の一つだ。

 お肉を電子レンジに入れ、解凍する。低い電子音と共に、なかのお肉が回りだす。


 キッチンからリビングを経由して、母の大好きだった中庭に向かう。家全体がねずみ色の塀で囲まれていて、周りからはその神聖さをみることは出来ない、中庭は僕のサンクチュアリとなっている。緑色の絵の具を強く塗ったような芝、徒に太陽を隠す大きな木、中庭にあるすべてが誰にも壊すことの出来ない聖地である。

 年季の入った簀子の上のサンダルを履き、隣の壁に立てかけてある鉄のスコップをとり、引きずって歩く。昨夜に掘った穴の前に立った。夜、掘っているときは、だいぶ深くまで掘ったのではないかと思っていたが、今見ると目標の深さまで掘れていないことが分かる。わずかな木の葉の隙間から差し込む、細く切り込まれた真昼の太陽の光が、昨夜の僕の体たらくを分からせてくれる。

 「まだ半分以上、掘らなきゃ」

 自分を誇示するように呟いた。手に持っているスコップを、庭の土に突き刺し、全身の力で土をえぐり取る。

 僕がしこしこと土を掘っていると、隣の光輝と目が合った。いや、この場合、光輝だったものというべきだろうか。サラサラだった髪は、蟻の溜まり場となり、希望に満ち溢れていた透きとおる眼は、僕に憎しみの情を込めて、呪い殺すように、見つめている。僕は、光輝の怨念を無視し、黙ってまた穴を掘りすすめた。

 30センチほど掘ったところで、気の抜けた音が中庭まで届いた。

 解凍されたお肉を、電子レンジからオーブンに移し、僕は中庭の穴掘作業に戻った。


 16年間生きてきて、僕はまともな料理を作ったことがない。ただ野菜を一緒に炒めたものや市販の粉を使ったカレーなど、簡単すぎてレシピの無いようなものしか作ったことがない。小さいころから、親に至極嫌われていたのがその原因の一つだと思う。小さい頃はキッチンにさえ立たせてもらえなかった。

 キッチン棚から、賞味期限の過ぎた塩と胡椒をとり、少し焦げたお肉に振りかける。口の底から唾液が込み上げてくる。今すぐにでも食べたい気持ちを抑え、目を閉じ、静かに手を合わせた。目の前のお肉に、愛していると心から想い、いただきます、と彼女だったものに恥じらいと感謝の気持ちをもって伝えた。

 お肉の両端をもち、口が汚れることを全く気にせず、躾けられていない犬のようにかぶりついた。彼女だったものは、程よい脂と噛み応えのある食感、それに加え、微かな高級な石鹸の風味を感じた。

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