初めての倭食
「で、このあとどうするの?」
お茶を一口飲んだ辰巳は、今後の予定についてユノウに尋ねた。
「とりあえず、冒険者依頼処へ行って現金を手に入れましょう」
辰巳はもちろんだが、ユノウも倭国のお金は持っていなかった。
「手に入れるって、依頼でも受けるの?」
「それだと時間がかかるんで、手っ取り早く素材を売っちゃいます。幸い、昔獲ったやつがいくつかこの中に入っているんで」
ユノウはレッグポーチを指さした。
「昔って、それ状態とか大丈夫なの?」
ユノウが異世界から転送されたのは幕末の頃であり、少なくとも地球時間で一六〇年近い年月が経過していることになる。
「大丈夫です。これは凄腕の職人がこしらえた逸品ですから、その辺に抜かりはありません。そうだ……」
何か思いついたのか、ユノウはレッグポーチの中から扇型に切られた黄色いスイカを取り出した。
「辰巳さん、ちょっとこのスイカ食べてみてください」
「え、嫌だよ。だって、流れ的に絶対古いスイカじゃん」
辰巳はあからさまに嫌そうな顔をした。
「まぁ、そうなんですけど。品質は全く問題ないです。よく見てください、鮮度抜群じゃないですか」
ユノウが断言するように、眼前のスイカはみずみずしさが一切損なわれておらず、甘い香りも漂っていた。
「じゃあ、ユノウが食べればいいじゃん」
「それじゃおもしろ……確認にならないじゃないですか。ほら、どうぞ」
ユノウはグッとスイカを前に出した。
「……わかったよ。食べればいいんでしょ、食べれば」
辰巳は半信半疑な様子でスイカを受け取ると、恐る恐る口に運んだ。
「……甘い」
「でしょ。これ、去年千葉をドライブした時に買ったんですよ」
「去年かぁ、もっと昔のやつかと思ったよ」
一口食べて大丈夫だと判断したのか、辰巳はなんのためらいもなく二口目を食べた。
「食品系は食べちゃうんで、そんなに昔のものはないですよ。ワインやチーズにしても、状態が変わらないんで、月日が経っても熟成されませんから、取っておく意味があまりないんです」
「なるほどねぇ」
辰巳がスイカをかじっていると、台所から夏と文が料理を盆に載せてやって来た。
「お待たせしました」
文は味噌が塗られた大きな焼きおにぎりにたくあんが添えられた皿を、夏は汁物の入った椀と箸を、長椅子の上に置いた。
「これ、さっき採ってきたキノコを使ったお味噌汁です。お口に合うかどうかわかりませんけど、どうぞ召し上がってください」
「美味しそう。いただきます」
ユノウはズズズっとキノコの味噌汁を口に流し込んだ。
「はぁあ、美味しい」
その横で、辰巳は美味しそうにおにぎりを頬張っている。
「このおにぎりもとってもうまいよ」
森の中を動き回って空腹だったことに加え、作った当人がいるということもあってか、二人とも少しオーバー気味に感想を口にした。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
夏は嬉しそうに頬を緩ませながら、文と一緒に台所へと引っ込んだ。
「おにぎりに味噌汁、味を含めて完全に和食だな」
辰巳は味噌汁をすすりながら、ユノウが言った“倭国は異世界版日本”という言葉の意味を、改めて実感していた。
一方で、ユノウは辰巳が発した“完全に和食だな”という言葉と、美味しそうに食べる顔を見て安心していた。
食べ物の合う合わないは、メンタルに大きな影響を及ぼす重大事項であり、また時が経てば経つほど故郷の味が恋しくなるもので、それもメンタルに影響を及ぼす恐れがあった。
ゆえに、ユノウは倭国の食事に対する辰巳のリアクションを見て、安心したのだ。
「やっぱり、おにぎりにたくわんは合いますね」
「うまいけど、これなんていうキノコなんだろう?」
用意された料理をあっという間にたいらげた二人は、満足げな表情を浮かべながら食後のひと時を過ごしていた。
「……冒険者になってみようかな」
お茶をすすりながら、辰巳は唐突にそんなことを言い出した。
「冒険者? 辰巳さんがですか?」
「なんか、こういう世界だとそっちの方が良さそうじゃん」
自身にチートのような能力があることがわかり、辰巳は異世界ではお馴染みの“冒険者”という職業に強い関心を抱いていた。
同時にそれは、この世界で生活していくことに対して、辰巳が前向きに捉え始めているということを意味していた。
「……確かに、辰巳さんの紙魔法なら冒険者としてもやっていけるかもしれません。最悪、あたしがサポートすれば良いわけだし……」
ユノウは巻き込んでしまったお詫びとして、元の世界に戻る方法を見つけ出すことと、この世界での生活をサポートすることを、辰巳に対して約束していた。
「それで、冒険者になるにはどうしたらいいの? 冒険者依頼処っていう場所で登録すればなれるの?」
「なれるというか、登録した方が仕事はしやすいですね。依頼を見つけやすいですし、報酬の未払いなどのトラブルも基本ないですから。芸人でも、事務所や協会に所属していた方が仕事をしやすいじゃないですか、それと同じようなものです」
「なるほど、だったら登録しちゃおう」
辰巳は残ったお茶をグイっと飲み干した。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
二人は夏と文に挨拶をすると、店を出て冒険者依頼処へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます