なんでもいいから出ろっ!
「「!?」」
同時に振り向く辰巳とユノウ。その視線の先にいたのは、三メートルはあろうかという巨大なザリガニだった。
「モクメザリガニ?」
ユノウは確認するように夏へ顔を向けると、夏は首を縦に振った。
モクメザリガニは陸生の大型ザリガニで、身を覆う殻に木目のような模様があることが名前の由来。主食は植物で、地面に生えている草花だけでなく、巨大なハサミを使って固い木の幹も砕いて食している。素早く動くことはできないものの、木目調の殻はその弱点を補って余りあるほどの頑丈さを誇っていた。またおとなしい性格で、危害を与えなければ襲ってくることは滅多にない。
「あいつ美味しいよね」
ユノウが言うように、モクメザリガニの身は甘みがあってとても美味しい。
「塩焼きも良いですけど、私はお刺身が好きです」
相手が移動速度の遅い草食の生き物だからか、夏は平然としている。
「……危なくないんだな」
二人の様子を見て、辰巳の恐怖心は少し和らいだ。
「久々に食べたいし、獲ろっか」
ユノウは三味線をしまうと、先ほどと同じように大きく振りかぶって、美しいアンダースローのフォームで水球を解き放った。
水球はモクメザリガニの頭部に命中。だが威力が弱かったのか、大きなダメージを与えるには至らず、しかもユノウたちの存在に気づいたモクメザリガニは、威嚇するように両手のハサミを大きく上に上げると、三人に向かって移動し始めた。ただそのスピードは遅く、全力で走れば逃げ切れそうな感じだ。
「おいおい、大丈夫かこれ?」
辰巳は少し不安げな表情を浮かべたが、ユノウは表情を変えずに投球動作に入り、二球目となる水球を放った。
一球目よりも威力の増した水球は、威嚇姿勢によって露わになったモクメザリガニの胸部を直撃。心臓に強い衝撃を受けたのか、そのまま真後ろにひっくり返って動かなくなってしまった。
モクメザリガニにとって、殻で覆われていない胸や腹の部分は弱点のひとつである。
つまり初球で弱点をさらけ出させ、二球目で仕留めたということだ。
ちなみに、これは身の損傷を最小限に抑えるために考えた戦法であり、一撃で倒すことも可能だった。
「よしっ。じゃあ、ちょっと回収してきますね」
ユノウは小さくガッツポーズをすると、そのままモクメザリガニのところへ向かった。
「やっぱ魔法ってすげぇな。……異世界ものだと、よく魔法が使えるようになったりするんだけど、俺も魔法が使えたりするのかな? ファイアボール」
ユノウの魔法に感化されたのか、辰巳は右手を前に出しながら試しにつぶやいてみた。
「……」
何も起きない。
「火属性じゃないのかな?」
辰巳はもう一度右手を前に出した。
「ウォーターボール!」
技名を変え、先ほどよりも若干大きめの声で言ってみたが、何も起きない。
「サンダー! ファイアー! アイスニードル!
辰巳は頭に浮かんだ技名を片っ端から叫んでいったが、やはり何も起きない。
「……」
なんとなく諦めきれない辰巳は、そのまま右手に思いきり力を込め続け、改めて大声で叫んだ。
「なんでもいいから出ろっ!」
すると、そんな魂の叫びが聞き入れられたのか、左手に持っていた騎馬武者の紙が具現化し、辰巳の目の前に出現した。
「おわっ!」
辰巳は驚きのあまり後ろに倒れそうになった。
「
栗色の馬に跨った鎧武者は、辰巳にそう問いかけた。
「え……え!? ど、どういうこと?」
辰巳は混乱した。雷や火の玉などではなく、馬に跨った鎧武者が突如眼前に現れたのだから、当然といえば当然の反応である。
「貴公が呼んだのかと聞いておる。答えよ」
辰巳の反応を無視して、鎧武者はやや強めの口調で返答を求めた。
「え、え? あれ……さっき切った紙がなくなってるけど、これって、そういうことなの? ……はい」
いまいち状況は理解できていなかったが、辰巳はとりあえずうなずいた。
「左様か。して、用向きは?」
「用向き……」
そんなものあるはずがない。しかし、それをそのまま言ってしまうと怒られそうな気がしたので、辰巳はなんとか適当な用件を考えようとしたが、結局思いつかなかった。
「……ないです」
辰巳は怒られるのを覚悟したが、鎧武者は意外な反応を示す。
「左様か。ならば、拙者はこれにて失礼する」
鎧武者は特に怒ったりすることもなく、馬とともにパッと姿を消した。
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