未知との遭遇

 出発して数分、おもむろに夏が口を開いた。


「あのぉ、失礼かもしれませんが、お二人はどういった関係なんでしょうか?」


 森の中にいた着物を着た旅芸人と、デニムを履いた妖精族の冒険者。関係性が気になるのも無理はない。


「まぁ、旅仲間って感じかな。出会ったのは一年くらい前。酒場で酔っ払いに絡まれていたところを、あたしが助けたのがきっかけ。で、話を聞いたら、武者修行のために大陸に渡って芸を披露しているっていうから、『面白そうだからあたしも一緒に行くよ』ってことで、一緒に旅することになったの」


 ユノウは流れるように嘘をついた。


「そうだったんですか」


「それと気になっていると思うけど、この服は妖精族に伝わるものでね、民族衣装みたいなものかな」


 ユノウは先手を打つように怪しさポイントを潰しにかかった。


「あっ、そうなんですか」


 夏は食い入るようにユノウの服装を見つめていた。その様子はまるで、年頃の女の子がモデルの服装をチェックしているような感じで、ユノウの話を疑っているような素振りは一切ない。


 そもそも、ユノウはなんの知識もない状態で、幕末の日本という未知の世界を生き抜いたわけであり、その時の苦労に比べれば、ちょっと知らない国の住人に怪しまれることなど些細なことにすぎず、それを適当に誤魔化すことなど簡単な話だった。


 辰巳は夏の反応を見て、「こうやって誤った情報が広がっていくんだろうなぁ」と思うとともに、「……けど考えてみれば、南蛮人と日本人の服装も全然違ったから、その国の服装だって言われたら納得しちゃうかぁ」と、夏があっさりと信用したことにも一定の理解を示していた。


「あのぉ、辰巳さん」


「なんでしょう?」


「辰巳さんは、どんな芸をされているんですか?」


 ユノウとのやり取りが一段落ついたところで、夏の関心は辰巳に移った。


「えっと、紙切りなんだけど、わかる?」


「ごめんなさい」


 夏は申し訳なさそうな表情を見せた。


「まぁ、その名のとおり、一枚の紙から動物やら風景なんかを切る芸なんだけどね」


 辰巳が口で説明しようとしているのを見て、ユノウが口を挟む。


「そんな、口で説明しないで見せたらいいじゃないですか」


「え、ここでやるの?」


 商売道具であるハサミや紙の入った革製のアタッシュケースも一緒にこの世界に来ており、芸を披露するのに支障はない。


「心配しなくても大丈夫ですよ、演芸中の安全はあたしが守りますから。それに、音がいるって言うんだったら、あたし弾きますよ」


 ユノウはレッグポーチから三味線と折り畳みチェアを取り出すと、それに腰かけて手早く調子を合わせ、腕前を披露するように軽く弾いてみせた。


「わぁ」


 その見事な腕前に、夏は思わず拍手をした。


「さ、お膳立ては整いましたよ」


 ユノウはドヤ顔で辰巳に視線を向けた。


「……しょうがないな。えっと……じゃあ騎馬武者を切るから、なんかそれっぽいのを適当に弾いてもらえる」


 辰巳は、「これだったら理解してもらえるだろう」という期待から、騎馬武者をお題に選ぶと、アタッシュケースの中からハサミとA4用紙を取り出し、始まりを告げるかのように夏へ向かって一礼した。


「では、三味線の音色に合わせて、紙とハサミを動かして、短い時間で形を切り抜きます。今回は、勇ましい騎馬武者をお目にかけましょう」


 辰巳が切り始めるのに合わせて、ユノウも三味線を弾き始める。


「えー……夏さんは料理好きってお話でしたけど、お店に出すことはあるんですか?」


 普段であれば、紙を切っている間はお題のことや紙切りのことなどについておしゃべりをして間をつなぐのだが、今回は相手が異世界人だということで、辰巳は滅多に用いることのない客いじりで間を持たせることにした。


「はい。昔はほとんど父が作っていたんですけど、亡くなってからは、私が代わりに作っています」


「……なるほどぉ、看板娘兼料理人ってわけですか……。ちなみに、おすすめの料理は?」


「野菜の煮物です」


「野菜の煮物。それは是非食べてみたいですねぇ。……はい、騎馬武者ができあがりました」


 勢いよく地面を蹴る馬と、それに乗る鎧武者の姿が見事に切り上がった。


「わぁ、すごいです」


 夏のリアクションを見て、辰巳はほっとした。


「ありがとうございます。では、これは差し上げますので」


 辰巳が切り上がった紙を夏に差し出そうとした瞬間、背後で何かが動いた。

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