この勇者、10年後に世界から追い出されます。~世界から追い出され地球で霊能者として活躍する勇者の嘗てのお話~

カール

第1話 勇者とは

 エマテスベル王国の東部にあるフルニクとう都市がある。ここは冒険者が王国内でも盛んに活動している都市であり、そこで活動する冒険者たちからは冒険者の街とまで言われるほどに、ここには多くの冒険者たちがいる。昼の鐘がなり、多くの人々は昼食を食べたり、買い物に出かけたり街の中に人があふれていた。現代は人類全盛期と呼ばれている。それは長く続いた魔人の支配から人類が解き放たれたからだ。そう、一人の勇者と呼ばれるある男の手によって。


 勇者の名は広く知られる事となったが、その容姿を見たことがあるものは少ない。

秘匿されているのか? そうではない。誰も信じないのだ。僅か15歳になったばかりの少年が勇者であるという事実を世界の人々は知らない。それゆえ、腕っぷしに自信がある者たちは事実が見えない。一見ただの少年が、軽く押しただけで倒れそうなほどひ弱に見える少年が――。




 過去に2度も魔王を討伐した史上初めての勇者であると、誰もが信じられないのだ。



「なぁ、お前さん。レイドだろ?」


 長く赤い髪が肩に乗っている長髪の男。彼の名前はランドル・ハース。通称“紅のランドル”と呼ばれるこの男は僅か19歳で歴代最速の記録で冒険者のランクを上げている若手の冒険者だ。腰に帯びているのは魔剣カーネリアンを迷宮で手に入れてから破竹の勢いで頭角を現してきており、ランクは既にシルバーランク。もうじきゴールドへ上がると噂されている程の人物だ。そんな男が冒険者ギルドで一人の男に声をかけていた。


 その男はみすぼらしいボロボロのローブを着ており、フードで顔が隠れている。だが、そのローブ越しでもわかるほど、小さく頼りない肩幅。ランドルよりも頭1個分は小さい身体。どう見てもランドルが初心者に因縁をつけているようにしか見えない。



 そう。ランドルの一言を聞くまでは。



「なぁ勇者レイド様よ。勇者様とも有ろうものがこんな場所に、そんな汚い恰好でどうしたんだよ。なぁ」


 そういうとランドルは左手を軽く振った。すると風が舞い、フードが外れ隠れていた顔が見える。長い銀髪に鋭い三白眼。この長い髪が碌に手入れされていないのはすぐにわかる。冒険者といえど、魔物だけと戦うだけではない。護衛の任務を受ける事もあるし、当然貴族と仕事をすることも、軍と仕事をすることもある。そのため、高位ランクの冒険者ほど自分の身だしなみは気を遣うのだ。であればこの勇者はどうか。


「みっともない恰好だな。まさか勇者レイド様がそんな恰好してるなんて思いもしなかったよ。なぁ魔王を倒したんだろう? もしかして装備が全部壊れちまったからそんな汚ねぇローブ着てんのか?」


 ランドルの煽りを見て回りの冒険者たちも笑っていた。仮にも勇者ともあろうものがこの程度かと。


「なんだよ。ランドル。まさかそんなガキが勇者様だってんか?」

「なんだ、知らなかったのかい? 実は最近付き合っている貴族のお嬢さんから色々教えてもらってねぇ。知らなかったよ。我らが人を守る勇者が実は子供で、しかもこんな悪臭を振りまく常識知らずだなんてさ。聞いたよ、王や貴族たちの命令は絶対服従なんだって? なぁ今度僕のハニーのために魔王の首でも持ってきてくれよ」



 そういいながらランドルは目線をレイドに合わせて笑いながら言った。


「本当に君みたいな餓鬼が倒したんならさ」

「「はっはっはっはっはッ!!!」」


 ランドルのセリフにギルド内にいた冒険者は全員声を出して笑った。


「聞いたよ。実際は近衛軍と、オリハルコンランクの冒険者の力で、ただ勇者は止めを刺しただけらしいじゃないか。まったくそんなに国は勇者を神輿に担ぎたいのかな」


 それを聞き、また笑いが起きる。なんて情けない。ここまで馬鹿にされて言い返すことも出来ないこんな餓鬼が勇者なのかと。そこにいる全員が笑いレイドを馬鹿にした。そんな空気に酔いしれていたランドルは超えてはならない一線を越えようとしていた。


「なぁ手合わせしてくれよ。やっぱり勇者様の実力を見てみたいじゃないか」


 そういうと紅色に染まった魔剣カーネリアンを鞘から抜く。その刀身は通常の刃とは異なっていた。それはまるで結晶を研いで出来たような透明な刃。一見簡単に折れてしまいそうに儚い赤い結晶の刃だが、実際はミスリルと同程度の硬度がある。その刃をレイドに向けた瞬間だった。



「いいよ、手合わせしたいんだな」

「は?」



 あれだけ笑い声が絶えなかったギルドが一瞬で静寂に包まれた。



 そう他でもないランドルの悲鳴によって。



「あ、あ、アアアアアアアアア!!! い、痛いッ! なんだ! 何が起きた!!!」



 その場にいた誰もが理解できなかった。ランドルが剣を抜き、刃を向けた瞬間、一瞬眩い閃光がギルドを包んだ。その眩しさに思わず全員が一瞬目を瞑った。その直後だ。ランドルの両手、両足が数十個の肉片となり、ギルドの床を赤く染めていた。何が起きたかわからない。レイドは一切動いていなかったからだ。だからあの僅かな光が走った瞬間、勝手にランドルの手足が細切れになったようにしか見えなかった。


 普段魔物の解体などでそういったものに免疫がある冒険者ですら、思わず目を覆いたくなるほどの光景だ。その中で一人動いたものがいる。



「どうした、もう終わりか?」


 そう淡々と言葉を発するレイドは床で四肢をなくし暴れているランドルの近くまで行くと、その切り刻まれた足を思いっきり踏みつけた。


「ギャアアアアアアアッ!!! や、やめてくれ!!! 頼む!! い、いたい!! 誰か回復魔法をッ 誰でもいい! 助けて」

「終わりだな。後は勝手にしてくれ」


 そう叫ぶランドルを無視しレイドはランドルを放置し受付の方へ歩いて行った。

誰もその場を動けない。泣き叫ぶランドルを助けようとする者は誰もいなかった。

いや、助けられなかったのだ。次は自分かもしれないと誰もが思ったからである。



「すいません、ギルド長はいますか?」


 レイドは今までのやり取りが無かったかのように淡々と受付嬢をしている女性の職員に話しかけた。


「すいません、あれ聞こえてない?」

「ひ、ひぃッ! な、なんでしょうか! 勇者様ッ!!」

「ちょっとギルド長に話したい事がありまして。こちらにいますか?」

「は、はい。ただいま連れて参りますッ!」


 そう叫ぶと転びそうになりながら奥の部屋にかけていった職員をレイドは見送った。そしていい加減後ろで喚いている男を処理しようと考えたのだ。


「助けて……誰か、誰でもいい。たのむ」


 既に虫の息となっているランドルの顔をレイドはのぞき込むように見下ろす。


「ひぃぃぃッ!  ゆ、許して、頼む、お願いします」

「……はぁ、ほら魔王討伐の時に使ってない最上級ポーションあるからやるよ」



 そういってレイドは腰のポーチの中に入っていたポーションを取り出し、瓶を開けランドルへ振りかけた。淡い光がランドルを覆い、しばらくするとその光が徐々に何かの形に変わっていく。


「ほら、これで元通りだ。また挑戦したくなったら言ってくれ」

「――ッ! はぁはぁはぁ、すまねぇ、すまねぇ」


 何かに怯え震えた様子のランドルは落ちていた自身の魔剣を握り、逃げるようにギルドを後にした。それを見ていたレイドは周りの冒険者たちに視線を向ける。



「まだギルト長は来ないみたいだし、他に立ち会いたい奴いたら言ってよ。あぁでもさっきのポーションはもうないからケガしても自己責任で頼むな」


 そういうと、一人、また一人と顔を青ざめながら冒険者たちはギルドを後にした。残ったものは誰もいない。先ほどまで汗臭く、蒸しかえるような熱気に包まれていたギルド内はまるで閑古鳥がないている店のように人の姿はなかった。よく見れば受付にいたはずの職員まで消えている。すると、奥の部屋から一人の男が現れた。


 白髪交じりで体格がよく、その表情はまるでこれから戦場へ向かう兵士のように気を張っていた。


「勇者。何をしにここへきた」

「何かあれば呼べと言ったのはギルド長、貴方でしょう」

「だが、問題を起こせとは言っていない。貴様のせいで優秀な冒険者が引退したらどうするつもりだ」


 ギルド長は少し歩を進め、一定の距離になった所で静止した。それは間合いだ。後一歩踏み込めばいつでも切ることが出来る、そのギリギリの範囲で男は止まった。そして自然な動作で腰に差した武器の柄に手を置いている。


「もしかしてさっきのランドルの事を言っているのですか? それなら大丈夫でしょう。彼は見込みがある。きっと今回のことを糧にして強くなりますよ」

「ほぉ、、出会ったばかりのランドルの名前を言うとはな」

「覚えますよ、ちゃんと俺の名前を呼んで、思惑はどうあれ俺を個人として扱う奴ならどれだけムカつこうが、嫌いな奴だろうが、名は覚えますとも」

「は、?」


 その瞬間、ギルド長の白髪の髪が一房離れ床に落ちた。それを見て、滝のように汗を流すギルド長を見てレイドは冷たく言葉を放つ。



「人間でしょう? 俺は、貴方たちよりよっぽど」

「――ッ! 要件はなんだ!」

「ここへ来る道中にハイドウルフの群れを見ました。一応殲滅したが、上位種であるゼア・ハイドウルフはその群れにいなかったのでどこかに大規模な群れがいると思いますよ。その報告です」


 そうレイドが淡々とした声で報告をすると、ギルト長はその話を聞き目を細めた。


「そうか、当然処理したのだろうな」

「言ったでしょう。見つけた群れは殲滅しましたけど、先ほども言った通り上位種は群れにいなかったので討伐はしていません」


「ふざけるなよ」


 そういうとギルド長は拳を握り近くの受付用のテーブルにその拳を振り下ろした。木材で作られているテーブルに亀裂が入る。


「何をです」

「お前なら、それらを見つけて殺す事なんぞ造作もない事のはずだ。わかっているのだろう! ゼア・ハイドウルフはゴールドランクの冒険者パーティが3組以上いなければ討伐は困難だ。オリハルコンランクは今この街にはおらんのだぞ」

「普通にゴールドランクの連中にやらせればいいでしょう」

「ゼア・ハイドウルフだけの話ではない! 草原の暗殺者とも言われるハイドウルフの群れがいるのだ! お前が殺した事によって群れの長であるあの魔物は間違いなく匂いをだどってこの街にくる。お前が呼び寄せたのだぞ!」


 呼吸を荒く話すギルド長の話を聞いてレイドはため息をついた。


「驚いたな。最近の魔物は光魔法で転移してきた俺の匂いまで追いかけてくるのか? それとも何か、この辺りにはまだ初心者ウッドの連中もいるんだ。連中が群れに遭遇して殺された方がいいって言う訳か?」

「ッ! 話をすり替えるな。お前が上位種を討伐すれば収まる話だろう」

「すり替えているのは貴方でしょう。それとも何か? 俺は冒険者の代わりに魔物を殲滅するのが仕事なのか? だったらこれから王城へ行くから一緒に行こうじゃないか。そこで話してくれよ。勇者は魔人を殺すのではなく魔物を殺す仕事を優先させてくれってさ。街の冒険者じゃ頼りないから頼みますよって言ってくれよ」

「き、貴様……」


 さらに鋭い目つきになるギルド長をレイドは見上げるようにさらにこう続けた。


「俺が魔物を狩り始めたら冒険者はどうなる? 言っておくが1日あればこの周囲の魔物はすべて殺せるぞ。となればどうなるか、この街は魔物を狩る冒険者が多いな。護衛依頼や素材採集をする冒険者はいいだろうが、魔物を討伐することをメインにしている冒険者はこの街から離れるぞ。俺が無意味に魔物を殺さないのは冒険者たちの仕事を奪わないためだ。理解したら、さっさと討伐依頼を出してくれ。それとも何か、依頼料でも渋ってるのか? ゼア・ハイドウルフは確かに討伐難度が高いが、あれの毛皮は高級品だからな。群れともなると買取が出来ないか?」

「――ろ」

「なんだ?」

「消えろと言っているのだ!!!」


 唾を飛ばし激昂しながらギルドの入り口を指している。それを見て、踵を返しギルドからレイドは出て行った。その瞬間、ギルド長の言葉は確かにレイドに届いた。



「この化け物め」





ーーーー

お読みいただきありがとうございます。

もし元の作品を知らない方がいらっしゃいましたら、

こちらを先に読んでいただけるとよりお話が分かりやすいと思います。


https://kakuyomu.jp/works/16816452221019186118

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