エピソード5:一角獣と村娘

第52話

 木漏れ日の落ちる、昼下がりの森の中。


 一人の少女が、木々の間を必死に駆けていた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 少女は、ときおりつまずいて転びそうになりながらも、必死に走る。


 息は切れ、今にもへたり込んでしまいそうだったが、彼女はそうするわけにはいかなかった。


 なぜなら彼女は今、見知らぬ暴漢たちに追われていたからだ。


「ひひひっ、頑張るねぇお嬢ちゃん」


「逃げたって無駄だぜぇ? それにこんな森の奥じゃあ、助けを呼んだって誰も来やしねぇからな」


「さっさと捕まっちまえよ。もう疲れただろぉ? ひゃははははっ!」


 三人の暴漢たちは、必死に逃げる少女をもてあそぶようにして、彼女のあとを追いかけていた。


 少女は知らないことだが、暴漢たちはとある奴隷商人の手下であった。


 手頃な娘を見つくろってさらっては、闇ルートで売買をする奴隷商人に渡して、多額の報酬を受け取る者たちである。


 少女は近隣の村に住む村娘だったが、この森まで木の実を採取しにきて、彼らと出くわしてしまった。


 少女は必死に逃げたが、暴漢たちの言うとおり、逃げ切ることなどできはしない。


 男の脚の速さにはかなわず、ついには捕まってしまった。


「は、離して! なんで……! 私が何をしたっていうの……!?」


「ひひひっ、何もしてなくても、捕まっちまったらおしまいなんだなぁ?」


「へへっ、このメスガキ、上玉だぜ。旦那に渡す前に、味見ぐらいしとくか」


「いいねぇ。オラッ、ガキが、おとなしくしてろ」


「いやっ、離して……! やめてっ……やめてよぉっ……!」


 暴漢たちは、少女の衣服を無理やり脱がしていく。


 少女は泣きながら抵抗するが、男が三人がかりで押さえ込んでいるのだから、力でかなうはずもない。


 だが、そのとき──


『邪悪なる心を持った人間たちよ。この森で何をしている』


 どこかから、声が聞こえた。


 暴漢たちは慌てて周囲を見回した。

 その視線が、森の奥へと注目する。


 森の奥の暗がりから、一体の優美な獣が姿を現した。


 白馬だ。

 額から、長く真っすぐな螺旋状の角が生えている。


 暴漢たちはあんぐりと口を開けて、呆けてしまった。

 そのうちの一人が、ぼそりとつぶやく。


「ゆ、ユニコーン……だと……?」


 ──ユニコーン。


 一角獣とも呼ばれるその生き物は、滅多に人前に姿を現さない。

 信心深い田舎者の中には、幻想上の生き物であると信じている者も少なくないぐらいだ。


 暴漢たちもまた、現物を目の当たりにしたのは初めてであり。


 それは少女も、同様だった。


「綺麗……」


 窮地にありながら、少女はその幻想的な白馬の姿に見惚れてしまった。


 木漏れ日を受けて輝く純白の毛並みの美しさは、神々しさすら感じさせるほど。


 ユニコーンは、その口を開く。


『邪悪な心を持ち、穢れに染まった人間たちよ。美しき乙女に対するその蛮行、とうてい許せるものではない。死をもって贖ってもらう』


 心に響くような不思議な声でそう言い放ったユニコーンは、暴漢たちに向かって駆け寄ってきた。


 呆然としていた暴漢たちも、さすがに我に返る。

 彼らは慌てて少女を手放し、腰から武器を引き抜いた。


「な、何だテメェ、いきなり現れやがって! ──うぉおおおおおっ!」


「テメェが死ねやぁああああっ!」


 暴漢のうち二人が、それぞれ剣と斧を手に、ユニコーンを攻撃した。


 だが同時に振り下ろされた二つの武器を、ユニコーンは目にも止まらぬ速さの横っ飛びで回避。


 そして着地するなり地面を蹴って、角を突き出し、暴漢のうちの一人に突進した。


「ぐはっ……!」


 ユニコーンの長く鋭い角が、剣を持った暴漢の心臓を貫いて、背中まで抜けた。


 その暴漢は、角に串刺しにされたままびくびくと痙攣し、すぐに動かなくなった。


 ユニコーンは首を振って暴漢の死体を放り捨てると、今度は斧を手にした暴漢に向かって突進する。


「ひっ、ひぃっ……!」


「うわぁあああああっ!」


 二人の暴漢が恐怖の声をあげて、それぞれ別の方向に逃げていく。


 だが斧を手にした暴漢は、逃げ切ることはできなかった。


 背を向けて逃走したところをユニコーンに追いかけられ、すぐに追いつかれて、二人目の暴漢は背中から角で串刺しにされた。


 絶命したそいつを振り捨てると、ユニコーンはもう一人の暴漢の逃走先へと視線を向ける。


 もう一人の暴漢は、すでに視界から消え去っていた。


『ふんっ……』


 ユニコーンはぶるぶると頭を振る。


 すると暴漢の血に濡れていた頭部や角から、嘘のように血が振り払われ、綺麗な純白の姿へと戻った。


 ユニコーンは少女の方へと振り向く。


『大丈夫だったかい?』


「は、はい……」


 少女は乱れた衣服を手繰り寄せながら、返事をする。


 それが少女とユニコーンとの、初めての出会いだった。

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