第40話 大浴場へ

 夕食までには少し時間がある。


 そこでケヴィンたちは、先に大浴場に行って、入浴を済ませることにした。


 大浴場への廊下を四人で歩いていく途中で、ルシアがケヴィンに語り掛ける。


「ここの大浴場のお湯は、温泉らしいですよ。ケヴィンさんは、温泉って知ってますか?」


「オンセン……? いえ。普通のお風呂と違うんですか?」


「はい。お湯の質が違うみたいですね。地中から湧き出る自然のお湯を利用していて、独特の匂いがするけど、健康にとてもいいんだとか」


「へぇ……。ルシアさんって物知りですよね」


「ふふっ、褒めてくれてありがとうございます。魔導士の力は、知識量によって向上する部分がありますから。といっても、私はまだまだ未熟ですけど。──あ、ほら、私よりも優秀な魔導士がいますよ」


 ルシアがそう言って、行く先へと視線を向ける。


 視線の先は大浴場の入り口前で、左右で男湯と女湯に分かれている場所だった。


 そこにもう一つの冒険者パーティがいて、やんややんやと言い合っている。


 というか、一組の男女が戯れていた。


「ダリル! 言っとくけど、女湯を覗いたりしたら雷撃ライトニングの呪文をぶつけるからね!」


「いやお嬢、そんなことしねぇって……」


「どーだか。ダリルがときどきボクのことを『そういう目』で見てるの、知ってるんだからね」


「なっ……!? いや、それは、その……お嬢が最近、あんまり綺麗になったから……」


「は……? ──うぇえええっ!? そ、それ、今言うようなこと……!?」


「お、お嬢が悪いんだろ! ……ほら、バカ言ってないで、さっさと風呂入ろうぜ。オンセンっていうんだろ、ここのお湯」


「そ、そうだね……温泉は美容にもいいらしいし……。あ、でもホントに、覗いたりしたら絶交だからねダリル!」


「いやだから、しねぇって……」


 そんな男女のやり取りを置いて、神官の男は微笑ましげな様子で、盗賊の少年はうしろ髪を引かれた様子で男湯への入り口へと入っていく。


 少し遅れて、ローナとダリルの二人もそれぞれ女湯、男湯の入り口をくぐっていった。


 そうした様子を少し離れた場所から見て、ニマニマしていたのはジャスミンとルシアだ。


「ええな……」


「ええ、いいですね……」


 多くは語らない熟練の鑑賞者たちがそこにいた。


 その一方で、ちょっと抜けた会話をするのはワウとケヴィンだ。


「あの二人、仲良さそうだな」


「ええ。言い争いをしていても、お互い好意があるのが分かるので安心できます」


「ああ。あいつらそのうち交尾しそうだな」


「ぶっ! ……あ、あの、ワウさん。俺、交尾を基準にして物事を考えるのは、あまり良くないと思うんですけど……」


「そうか? 好き合ってるオスとメスは、そのうち交尾するんじゃないのか?」


「う、うーん……確かにそんなに間違ってないかもしれませんけど……うーん……」


 頭を抱えるケヴィンと、首を傾げるワウであった。


 そんな会話をしながら、ケヴィンたち四人も大浴場の入り口をくぐっていこうとする。


 当然ながらケヴィンが男湯、ほか三人が女湯なのだが──


 ジャスミンがそこでまた、ケヴィンにちょっかいをかける。


「なんなら少年、こっち来るか? 大サービスで、お姉さんが体洗ったげるよ♪」


 にひひっと笑って少年を手招きするジャスミン。


 一方のケヴィンも、そろそろ対応が手荒になってくる。


「い・き・ま・せ・ん! ジャスミンさんは俺のこと、何歳の子供だと思ってるんですか」


「んー、十五歳のかわいい少年?」


「十五歳の男がそっちに行ったら、普通に犯罪ですよ。まったくもう……」


 ぷんぷんと怒って、男湯の入り口をくぐっていくケヴィン。

 少年のほおは、少しだけ赤くなっていた。


 それを見送ったワウが、ジャスミンに言う。


「ジャスミン、ケヴィンの言うとおりだぞ。一人前のオスとメスは、交尾を許すぐらいの仲じゃないと一緒にお風呂に入ったらいけないんだ。そんなの一人前なら誰でも知ってることだぞ」


「そうきたかぁ……。じゃあ少年の背中を流すには、うちも少年と交尾できるぐらい仲良うなるしかないな」


「そうだぞ。ワウだってトモダチからなんだ。ジャスミンもトモダチからだ」


「ん、そやね」


 ジャスミンとワウは、女湯の入り口をくぐっていく。


 一方、その話を隣で聞いていたルシアは──


「ついにジャスミンさんも、はっきりと宣戦布告か……。これは私も、うかうかしていると置いていかれるな……」


 魔導士の少女はきゅっと手をにぎり、二人の冒険者仲間のあとをついていった。

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