第39話 ほとんど旅行やな

 ケヴィンの活躍もあり、以後も道中の護衛はつつがなく行われた。


 初日の夜にオークの群れに遭遇したほかには、二日目の夕刻に腹をすかせたダイアウルフ(きわめて獰猛な大型の狼)の群れに襲われた一件があったが、護衛の冒険者たちはこれも難なく撃退。


 そして三日目の夕刻頃、商人ハロルドの馬車は、目的地のウォルト村へとたどり着いた。


「さあ、村に着いたぞ! 護衛の冒険者諸君も、実に良い仕事をしてくれた。ワシが金を払って雇った甲斐があるというものだ。帰りもその調子で頼むぞ。ワッハッハ!」


 ハロルドはそう言って、馬車とともにずかずかと村の中へ入っていく。

 冒険者たちも後に続いて、村の中へと進んでいった。


 ウォルト村は、山間に築かれた緑豊かな村だ。

 村にしては規模が大きく、ちょっとした町にも匹敵するほどの賑わいがある。


 山地に築かれたゆえの高低差のある村の風景は、風光明媚と呼んで差し支えない。

 冒険者たちは景色を楽しみながら、村の中を進んでいく。


 やがてハロルドの馬車は、一軒の宿の前で停まった。

 依頼人は冒険者たちへと振り返る。


「さて、護衛の冒険者諸君。ワシはこれから三日間、この村で商売をする。諸君らにはその間、この村に滞在してもらうことになる。自由行動だ。最低限の宿代などはワシが持つ。諸君らは旅の疲れをしっかりとって、帰りの護衛のための英気を養ってくれたまえ」


 そんなわけで、冒険者たちは三日の間、このウォルト村に滞在することとなった。


 ハロルドが言ったとおり、宿代や最低限の食費はハロルド持ち。


 しかも最低限と言いつつも、宿や食事のグレードはミドルランクで、冒険者たちの普段の生活よりも上等なぐらいだった。


 その日の夕食前、宿に入ったケヴィンたちは、案内された四人部屋で大層くつろいでいた。


「いやー、道中の護衛任務があることを除いたら、ほとんど旅行やなこれは」


 荷物を下ろしたジャスミンは、ベッドに大の字に寝転んで、無防備な姿を見せる。


「ですね。こんなクエストだったら、何度でも受けたいぐらいです」


 同じくルシアも、その隣のベッドに寝転んでぐったりとしていた。

 うっかりすれば下着すら見えそうな、悩ましげな姿。


「ワウもだ。あのハロルドっていう商人は、いい依頼人だな!」


 ワウもまた、別のベッドにうずくまってごろごろしている。

 こちらは完全に無邪気で、その無邪気ゆえにときどき男子に見せてはいけない格好をしていた。


 その一方で──


「あ、あの、皆さん……? やっぱり俺、向こうの部屋にいたほうがいいんじゃ……」


 ケヴィンはそうした無防備な女性陣の姿を前にして、目のやり場に困っていた。


 自身もベッドの一つに陣取った少年だが、その顔は真っ赤だ。


 先輩冒険者たちの、意識的なのか無意識的なのか分からない誘惑的仕草に、どうしていいか分からないという様子であった。


 ハロルドが冒険者たちに用意した部屋は、隣り合った四人部屋が二つだった。


 そしてもともとは、八人の冒険者たちは、女性四人と男性四人で部屋分けされていた。


 だが向こうの冒険者パーティの魔導士ローナが、寝る時以外は自分のパーティメンバーと一緒の部屋がいいと言ったので、ローナとケヴィンがトレードされて今の状態である。


 そんな状況下、ケヴィンの言葉を聞いたワウが身を起こし、少年のほうを向いてベッドの上であぐらをかく。


「どうしてだ? ケヴィンはワウたちと一緒の部屋じゃ嫌か?」


「い、嫌ということはないですけど。何というか、ここにいてはいけない気がするというか……」


「にひひっ、いいんよ少年なら。うちらはケヴィンのこと信用しとるからな~。何なら少年、今日はうちの隣で寝てもええんよ」


 ジャスミンはそう言って、ケヴィンに向かって自分が寝ているベッドをぽんぽんと叩く。


 それでさらに顔を真っ赤にしたケヴィンは──


「い、いいわけないじゃないですか!」


 そう悲鳴を上げて、自分のベッドに倒れて枕に顔を埋めてしまった。

 ケラケラと笑うジャスミン。


 精神修養を積んだ聖騎士見習いの少年も、この種の精神攻撃にはとても弱いのであった。


 一方でルシアは、苦笑しながらジャスミンを見る。


「もう、ジャスミンさん。いくら何でも、ケヴィンさんをからかいすぎですよ」


「そうか? 言うてルシアも、攻めるときは結構攻めるやん?」


「うっ……。……わ、私は、いいんです。限度を分かってますから」


「うわぁ……この娘、自分だけはいいってはっきり言いよったわ。てかルシアって、穏やかそうな人柄に見えて意外とエゴイストなとこあるよな」


「むぅ……そんなことないもん」


 ほおを膨らませてそっぽを向くルシアと、ニヤリと笑うジャスミン。


 ジャスミンは自分のベッドから音を立てずにこっそり降りると、魔導士の少女の背後から忍び寄り、機を見てひと思いに飛びついた。


「ひゃんっ……!? ジャ、ジャスミンさん……!?」


「にひひひっ、ケヴィンをからかったらあかんのやったら、ルシアをいじめたるわ。ほれほれ、こことかどうなんよ? んんっ?」


「ふあっ……!? ジャスミンさんっ……やっ、やめっ……にゃああああっ……!」


「おっ、二人ともレスリングか? ワウも混ざるぞ!」


「ちょっ……!? ワウちゃんも、らめぇええっ……!」


 そうしていつの間にか、三人の美少女がベッドの上でくんずほぐれつの構図が出来上がる。


 一方でケヴィンはといえば──


「み、見ちゃだめだ! 声も聞いちゃいけない……! 何も見ないし聞こえない……!」


 少年はベッドの上でうずくまり、耳をふさいでぷるぷると震えていたのだった。

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