第19話 山頂(EP2エピローグ)

 ハーピィの群れと崖沿いの頼りない道を踏破した冒険者たちが、なおも登山を続けていくと、やがて山頂付近の目的地へとたどり着いた。


 そこは眼下に雄大な景色を一望できる、見晴らしのいい場所だった。


 山の麓には森が広がっており、森の出口からそのしばらく進んだ先には、畑に囲まれた多くの村々や街の姿も望むことができる。


 ケヴィンたちは苦労をしてここまで来たが、こうして見渡せばなんてことはない。

 街からこの山までなんてすぐ近くのように感じられて、少年は自分のちっぽけさを思って感慨にふけった。


 目的の薬草は、その足元の崖下にある、小さな岩棚に生息していた。


 盗賊のジャスミンが、地面に杭打ちしたロープを使ってそこまで下りて、薬草を採取するとまたロープを伝って戻ってくる。

 傍目には容易く行っているようにも見える動きだったが、盗賊ならではの軽業であった。


 薬草の採取に成功した冒険者たちは、ルシアの軟着陸フェザーフォールの魔法なども活用して、往路よりも短時間で街へと帰還した。

 帰り道でも多少のモンスターに遭遇するなどしたが、それらはケヴィンの敵ではなかった。


 ケヴィンたちが街に到着したのは、夜の帳が下りてからしばらくたった頃のことだ。

 街に入った冒険者たちは、さっそく依頼人の男の家へと向かった。


 家の戸を叩くと、依頼人は歓喜して、冒険者たちを家の中へと招き入れる。


 寝室のベッドには、十歳ほどの少女が苦しげな様子で横たわっていた。

 その肌にはすでに、首から頬にかけてまで緑色の斑点が広がっていた。


 すぐに医者を呼んでくると言う依頼人をケヴィンが制して、少年は自ら薬草を煎じはじめる。


 驚く依頼人を尻目に、ケヴィンが煎じた薬草を飲ませると、しばらくしてから苦しげだった少女の呼吸が和らいできた。

 肌の緑色の斑点も徐々に消えていって、やがて少女は安らかにすぅすぅと眠りはじめる。


 もう大丈夫だとケヴィンが伝えると、依頼人──少女の父親は、ケヴィンらに何度も頭を下げ、繰り返し感謝の言葉を述べた。


 依頼を完遂した冒険者たちは、冒険者ギルドに行って達成の報告をして、クエストランクの基準よりも少ない報酬を受け取る。


 それからすぐに酒場のほうへと移動して、酒やつまみをしこたま注文すると、お待ちかねの打ち上げを行った。


「「「「かんぱーい!」」」」


 かこんっと、四人の木製ジョッキが打ち合わされる。

 ジャスミン、ルシア、ワウの三人はさっそく、ジョッキのビールを一気に呷った。


「ぷはぁーっ! たまらんなぁ、この一杯!」


「本当です。この一杯のために生きていると言っても過言ではないかもしれません」


「今日もビールがおいしいぞ! お姉さん、おかわり!」


「皆さん、本当にお酒が好きですね」


 飲みっぷりのいい女性陣に対して、ケヴィンはおそるおそる口をつけ、ちびちびと飲んでいる具合だった。


 それを見たジャスミンが、半眼で少年を睨みつける。


「なんや少年、まだそんな飲み方してるんか。ぐいっと行ったれ、ぐいっと。そんなん男らしくないよ」


「むっ……」


 ジャスミンの言葉が、少年のプライドに火をつけた。


 ケヴィンはジョッキに注がれたビールを見すえると、それに口をつけ、ひと思いにぐぐっと呷った。


 ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干すと、少年は木のジョッキをドンとテーブルに置く。

 そして手を使って、口元を拭った。


「「「おおーっ」」」


「ふぅっ……。このぐらい余裕ですね、男ですから。──お姉さん、俺にもおかわりください」


「おおっ、ケヴィン! 格好いいぞ!」


「いよっ、男の子! これはもう一杯行っちゃう?」


「もちろんれす。このぐらい、男の俺にはどうってことありませんから」


「えっと……お酒に慣れてない人に無理に飲ませるの、あまり良くない気もしますけど……」


「大丈夫れす、ルシアさん。俺は男れすから! 全然余裕れす!」


「あの、ケヴィンさん……? お酒が回るの速くありません? もうろれつが回ってないんですけど……」


「あははははっ。少年にも弱点あるんやなぁ」


 地の文で断っておくが、お酒に弱い人に無理に飲ませてはいけない。

 この物語はフィクションである。


 ともあれケヴィンは、運ばれてきた二杯目のビールも一気に呷った。


 頬を赤らめてふらふらとした少年は、目を据わらせて同席している先輩冒険者たちにぼんやりとした視線を向ける。


 それから彼は、テーブルをドンと叩いた。


「皆さん……! 俺はこの場を借りて、皆さんに言いたいことがあります……!」


「「「あ、はい」」」


 いつになく強いケヴィンの言い方に、先輩たちは背筋を伸ばしてかしこまる。

 少年はくだを巻くような調子で、つらつらと話し始めた。


「皆さんは、けしからんと思います! けしからんのれす! 俺がどれだけ苦労して、誘惑に耐えてると思ってるんれすか! いつもドキドキしてるんれすよ! 俺を何だと思ってるんれすか! 俺だって男れすよ! 皆さんは、少し自重を……して……」


 そこまで言って少年は、テーブルに突っ伏して寝入ってしまった。


 ジャスミンとワウが彼の前の料理を急いで回収しなかったら、顔面からそこに突っ込んでいたところだ。


 そんなお休みになってしまったケヴィンの姿を見て、三人の少女たちは顔を見合わせる。


「ケヴィン、酔いつぶれるのがすごく早いぞ。飲み始めてから五分もたってない」


「なんか言っとったな。けしからんとか何とか」


「ワウちゃんが悪いんじゃない? いつもケヴィンさんに、距離が近すぎるから」


「……? ルシアがケヴィンに抱きついたのはいいのか?」


「あ、あれは……! ……ち、違うし。不慮の事故というか、何というか……不可抗力だもん……」


「ホンマかなぁ? 実はあのとき、ルシア本当は目ぇ覚ましてたとか」


「はあっ……!? ジャスミンさん、それどういう意味ですか!? それは聞き捨てできません! だいたいジャスミンさんだって──」


 そんな騒がしいやり取りをしながら、冒険者たちの夜は今日も更けていく。


 いつ命を落とすかも分からない冒険者たちは、何よりも今日を楽しく生きるのである。


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