第15話 夜の見張り

 夜も深まった時刻。

 パチパチと焚火が爆ぜる横で、ジャスミンとワウが毛布に包まって眠りについている。


 起きているのは、ケヴィンとルシアの二人だ。

 ケヴィンが周囲を警戒しているかたわらで、魔導士の少女は焚火を使ってお湯を沸かしている。


 やがてルシアは湧いたお湯でお茶を淹れ、それを二つのカップに注ぐと、ケヴィンのもとにやってきて一つを差し出した。


 ケヴィンがお礼を言ってカップを受け取ると、ルシアが微笑む。


「ケヴィンさん、隣、いいですか?」


「は、はい。どうぞ」


「ありがとうございます」


 焚火を前にして座っていたケヴィンの隣に、ルシアが腰を下ろす。


 少年はやはり、ドギマギとした。


 ルシアもまた、魅力的な少女だ。

 すぐ隣に座られると、その匂いすら間近に感じられて、思春期の少年としては緊張してしまう。


「あ、あの……星が綺麗ですね……!」


 半ば動転したケヴィンが、何かから逃げるように空を見上げる。

 彼が言うとおり、濃紺色の夜空は、満天の星々によって彩られていた。


 それを見たルシアは、楽しそうにくすくすと笑う。


「ケヴィンさん、ひょっとして緊張していますか?」


「あ、え……はい」


「分かります、私もです。二人っきりでお話しするの、初めてですもんね」


「ルシアさんも……?」


「そうですよ。同い年ぐらいの男の人と、二人きりで話す機会なんて、緊張するに決まってるじゃないですか」


 ルシアはそう言って、カップからお茶を啜る。


 ケヴィンもまた、同じようにお茶を飲んだ。

 熱い液体が喉を通り、胃に落ちていく。


 ケヴィンはホッと息をつきつつ、カップのお茶を眺めて口ずさむ。


「でもルシアさん、余裕があるように見えます。俺、さっきから何を話せばいいのかって、頭の中がそればっかりで」


「良かった、私も同じです。でもケヴィンさんがあんまり緊張しているから、少し余裕が出てきたかもしれません」


「な、なんですかそれ……」


「ふふふっ。だってケヴィンさん、かわいいんですもん。母性本能をくすぐられれば、そうなります」


「むぅ……」


 ケヴィンが唇を尖らせると、ルシアはまた楽しそうにくすくすと笑った。


 魔導士の少女は話題を変え、ケヴィンに問いかける。


「ケヴィンさんはお父さんに憧れて、冒険者になったんでしたよね。お父さんは、今も冒険者をしているんですか?」


「いえ……。父は見習い時代に冒険者になって、十分な力をつけてから正規の聖騎士になったと聞いています。冒険者時代の最終ランクは、Sランクだったらしいです」


 ケヴィンがそう答えると、ルシアは目を丸くした。

 それから慌てた様子で聞いてくる。


「え、Sランクですか……!? ちょっと待って。ケヴィンくんのお父さんの名前は……!?」


「アレクシスです。“至高の聖騎士”の二つ名で呼ばれていたと」


「“至高の聖騎士”アレクシス……!? 世界最強の冒険者として名前があがるうちの一人ですよ!?」


「はい。その父が、真の実力を身につけるためには冒険者になるのが一番だと言っていたので、俺もこうして冒険者を」


 ケヴィンの返事に、ルシアはため息をつく。

 魔導士の少女は、途方もないことを聞いたとばかりに空を仰いだ。


「はぇー……。じゃあかの有名な大英雄の息子が、ケヴィンさんなんですね……。なんか全部納得できちゃったかも……。──あれ、でもそれじゃあ、お父さんは今も聖騎士団に?」


「いえ。ある任務で遠征に向かったとき、その遠征先で事故があり、行方不明になったと聞いています。俺も母も、父とはもう何年も会っていません」


「あ……ごめんなさい。つらいことを思い出させて」


「大丈夫です。こちらこそ気を遣わせてしまって」


 その後もいろいろな会話を途切れ途切れに続けながら、ケヴィンはルシアとともに見張りの夜を過ごした。


 そして頃合いになるとジャスミンとワウを起こし、彼女らと見張りを交代して眠りにつく。


 結局その夜はモンスターの襲撃もなく、一行は無事に翌朝を迎えることとなった。

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