第13話 麓の森
街を出て西に、半日ほど歩いたところにある「歌声山」。
ケヴィンたちは朝に街を出て、昼下がりにはその麓へとたどり着いていた。
今、ケヴィンと先輩冒険者たちの前には、鬱蒼とした木々が立ち並ぶ森の入り口がある。
この森を通り抜けていく道が、歌声山への最も安全な進入口だ。
「この森には、ちょいと厄介なモンスターが出ることもあるって話やね。ケヴィン、頼りにしとるよ」
「はい、精いっぱい頑張ります!」
元気よく返事をするケヴィンである。
少年は自分の実力が認められ、剣を振るって戦えることが嬉しかった。
一行は盗賊のジャスミンを先頭に、木漏れ日が落ちる、薄暗い森の中へと踏み入っていく。
魔導士のルシアは、おっかなびっくり周囲を警戒しながら、仲間たちに向かってつぶやく。
「でも私たちも、ケヴィンさんにおんぶに抱っこじゃなくて、しっかりしないとダメですよね……」
「まあな。言うてもケヴィンと同じに活躍するのは無理やけどね。うちらはうちらで、自分の役割をしっかりこなすしかないわ」
「ルシアとジャスミンは、戦闘以外で役に立てるからまだいいぞ。ワウはケヴィンがいたら、いらない子な気がしてきたぞ……ううっ」
ワウのその言葉には、ケヴィンが慌ててフォローを入れる。
「そ、そんなことないですよワウさん! 例えば、えぇっと……ほら、敵が多いときは、俺一人じゃ後衛を守り切れませんし!」
「ケヴィン……頑張って考えてくれた感じが、すごくするぞ……ぐすんっ」
「ま、その辺は何だったらまた今度考えようや。誰が必要とか必要じゃないとか、そういうんは今はやめ。今は全員、クエスト達成のために協力する。ケヴィンもワウも、それでええな?」
「は、はい! それがいいです!」
「分かった。ワウもケヴィンに負けないように、頑張って戦うぞ」
そう話が決まり、冒険者たちは探索を続けていく。
ケヴィンはホッと胸をなでおろしていた。
ケヴィンが恐れているのは、自分がパーティに加入したことによって、ワウの居場所を奪ってしまうことだ。
もしそうなってしまうのだとしたら、自分はこのパーティを抜けなければいけない──ケヴィンはそう考える少年だった。
だからジャスミンの配慮が、彼にとってはありがたい。
ケヴィンもワウも、このパーティにいていいのだということが、一番嬉しいからだ。
(三人ともいい人だし。こんないいパーティメンバーは、なかなか見付からないだろうな)
できれば彼女らと一緒に、冒険者を続けたい。
ケヴィンはそんな風に考えはじめていた。
そんなやり取りをしながらも、冒険者たちは森の中のけもの道を進んでいく。
索敵能力に優れる盗賊のジャスミンを先頭に進んでいると、やがて彼女がぴくりと反応した。
「……なんかおるな」
ジャスミンがそう言って、斜め上方へと視線を向ける。
ケヴィンもつられるようにして、上の方へと目を向けた。
木々の枝には、緑の葉が幾重にも生い茂っている。
その枝と枝の間で、木漏れ日を受けた何かがキラリと光った。
よく見れば、それはそこかしこにあった。
粘ついた糸のようなものがあちこちの枝に引っかかっていて、枝と枝の間を伝っている。
いや、上方だけではない。
往く手を見れば地面近くにも、無数の白い糸がそこかしこに伝っていた。
糸というよりは、網と呼んだほうが適切なほどの密度。
気付かずにこのまま直進していたら、あれに全身を絡めとられていたに違いない。
「──ジャイアントスパイダーか! 上から来るよ!」
ジャスミンがそう警告してから一拍遅れて、巨大な何かが前方上から落ちてきた。
どさっと音を立てて着地したそいつは、八本の肢を持つ巨大節足動物。
肢を広げた状態での差し渡しは、ゆうに三メートルほどもある。
ジャイアントスパイダー──巨大な蜘蛛の姿をしたモンスターだ。
「──キシャアアアアアアアッ!」
仕掛けておいた蜘蛛糸の罠に引っかからなかった獲物を、直接捕食するために跳び下りてきたのであろうそいつは、八本の肢を使った素早い動きで冒険者たちに襲い掛かってくる。
魔導士のルシアが、後退しながら叫ぶ。
「ジャイアントスパイダー、モンスターランクはDです! 口から吐き出す糸と毒牙に注意して──」
「──はぁあああああっ!」
──ズパンッ!
巨大蜘蛛が真っ二つになった。
「「「へっ……?」」」
左右に別れた巨大蜘蛛の体は、切断面から激しく体液を噴き出しながら倒れ、やがて動かなくなった。
返り血ならぬ、返り体液を浴びないよう素早く跳び退っていた少年は、モンスターの体液が付着した剣を一度振ってから丁寧に鞘に納める。
「ふぅっ、終わりました。本体よりも、残った蜘蛛の巣のほうが厄介そうですね」
「「「…………」」」
戦闘態勢を整えようとしていた三人の女性冒険者たちは、絶句し、呆れていた。
やがていち早く気を取り直したジャスミンが、こう口にする。
「……ああ、そっか。そやね。ミノタウロスをたったの二発で倒すんやから、そらこうなるか……」
さらにルシアとワウも、ため息をついたり呆れたりしながら──
「はぁっ……。ケヴィンさんの凄さは、分かっていたつもりではいたんですけど……なんかまだ、私の中の常識とすり合わせができていないみたいです……ジャイアントスパイダーを一刀両断かぁ……」
「ケヴィン、言っとくけど、ジャイアントスパイダーはみんなで協力して何発も攻撃当てて倒すモンスターだぞ。普通は一撃で倒したりしないからな?」
「あ、はい。……すみません?」
なぜか謝るケヴィンに、三人の少女たちはかくんと肩を落としたのだった。
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