第47話 ゾーオ討伐、まとめ

「あ、結界が解けた」


 相澤と姫乃先輩は、元の姿に戻るため動物園のトイレに向かっている。

 俺はと言うと、駐車場の垣根に見を隠していた。

 すると程なくして、遠くに見える七色の結界が収束し、消える。

 

 目の前には壊れた車と、警察に取り押さえられているゾーオに取り憑かれた男、それと事情聴取を受ける先程の家族が居た。


「良かった、あの家族が無事で。でも色々見られちゃったけど大丈夫か?」


 いつしか野次馬も出来てるようだ。

 警察も動いてはくれてるが、ニュース沙汰は避けられそうにない。


「俺っちは知らないにゃ。上司か、またわ別部署がにゃんとかするんじゃにゃいか」


 出たよ、シロルの責任転換。

 以前も同じような事を言ってたな、コイツの上司は大変そうだ。でもまぁ、


「得意な無責任発言も、今日はどこか可愛気があるな」


 アネモネに、グルーミングをされ続け、どこかウンザリ気味のシロル。

 彼女に纏わり付かれて、事後対応どころじゃないんだろうな。

 なんて思うと、少し微笑ましい。

 

「何見てますの? 引っ掻きますわよ」

「いや、仲睦まじいなって……」


 俺がシロルと話しているのが気に触ったのか、難癖をつけてくるアネモネ。

 こんな所は主人に似た何かを感じるな。


「あら、見る目がありますのね」


 そう言いながら、人目……。猫目をはばからず目の前イチャついて見せるアネモネ。


 目を潤ませて助けてくれと懇願するシロルには悪いが、本人達の問題だし、触らぬ神に祟り無しってやつだ。


「離せ、離せよ!!」


 大きな声に振り返ると、警察に捕まり、連行されるゾーオに取り憑かれていた男が、振りほどこうと暴れていた。


「あんな牢獄みたいな所に閉じ込めて、あんたらは可哀想だと思わないのか!!」


 そしてそんな捨て台詞を残し、男はパトカーに乗せられた。


 ゾーオは取り憑いた人間の負の感情を増長させ、トラブルを起こさせる。

 それによって生まれた負の感情を、食料とし成長する特性を持つ。

 つまりあの男は、元からあのような願望を持ち合わせていたワケで……。


「──そう、あれがこの事件の犯人の動機なのね」


 相澤と姫乃先輩、制服の姿の二人が戻ってきた。


 二人が並んで歩くと何て言うか、普段より人目を引くな。

 

「何かしら、人をじっと見て。毟るわよ」

「いや、なんでもありません……。ってかなんであんたらは好戦的なんだよ」


 今後は姫乃先輩も一緒に、そう考えると胃がキリキリするだけです。っとは口が裂けても言えない。


 そんな事を考えていると、今の話を聞いてしまったのだろう。

 相澤の表情は何処か曇っていた。


「ねぇシロルちゃん、ここの子達にとって檻の中ってやっぱり窮屈なんだよね……?」

「残念にゃがら、動物にとってあそこは窮屈な場所には違いないにゃね」


 動物園の方をみて、悲しそうな表情を浮かべる相澤。

 普段なら思ってもみないそんな問題を、さっきの男の一声で考えさせられた。


「確かに。種の保存だとか、命の危険が少ないなんてメリットはあるけど、見世物になって生きるのは、私でも御免ね」


 あからさまに落ち込む相澤。

 優しい彼女だ、この問題に心を痛めているのだろう。


 彼女にかける言葉を思い浮かべるが、俺には適切な回答が見つからなかった。そんな時だった、


「──でもね、澪。あの子達が幸せか不幸かは、あの子達が決める事なの」

「……咲百合先輩?」


 姫乃先輩は、相澤に語りながらも動物園の方を見つめている。


「近年ではね、本来住んでいる場所に近い環境作りなんかも盛んで、動物達がなるべくストレスを感じないように工夫され始めてるの。定期的な体調管理もされ、弱肉強食の世界とも切り離されてるから、寿命も長いしね。まぁ、ただの人間のエゴでしょうけど」


 姫乃先輩の言葉が、チクリと胸に刺さる。

 今まで考えもしなかった、飼育されてる動物が幸せかなんて。

 人間のエゴ、確かに動物達が望んで保護されたり、長生きしたいわけではない。幸せだなんて、そんな事……。


「それでもね、愛されるってのは悪い気はしないんじゃないかしら? まぁ、多少はそんな愛も、鬱陶しくは感じてるかもしれないけどね」


 姫乃先輩が指差す方を見ると、飼育員が小さなヤギ達を連れてお散歩をしていた。

 飼育員に甘え、我先にと隣に並ぼうとするヤギ達。

 体を撫でられては、嬉しそうに「メェ~」っと喉を鳴らしている。


「あんな姿を見てると、あの子達が不幸だなんて私は思いたくは無いわ」


 確かに。

 自由に外の世界を歩き回れるのは、動物達にとって幸せだろう。

 でもそれと同じぐらい、家族や大切な人と居る時間も大切なんだよな。


「俺っちも飼い猫やってるんにゃけど、不幸にゃんて思ったことないにゃ。それはにゃ、きっと飼い主が澪だからにゃんじゃにゃいかにゃ」

「シロルちゃん……」


 感極まり、シロルを持ち上げ抱きしめる相澤。


 いい話だ。

 いい話だけど相澤、離してやれ。

 アネモネが怒ってるからさ……。


「それじゃ、俺っちはこの事件の具体的な報告もあるからにゃ、この辺で戻るにゃ」


 相澤の腕の中からすり抜け、シロルは地面に降りる。

 すると待ち構えてたように、アネモネが彼に覆いかぶさった。


「やめるにゃ、アネモネ離すにゃ!!」


 振り切り逃げるシロルの尻を、アネモネが追いかけて行く。

 そしてすぐ、見えなくなった。

 本当に、仲睦まじい事で……。


「──ねぇ澪、所で提案なのだけど。この後、一緒に動物園を周らないかしら」

「えっ? でも私、部活も抜け出して来てますけど?」

「良いのよ、今から戻ってもほとんど参加出来ないしね。それより私達が入園したり買い物をすれば、少なからずここの子達の生活が豊かになる。そうは思わない?」


 なるほど、上手い口実だ。

 これなら、相澤もきっと断らないだろう。


「そうですね。動物園に来るのなんて、ずいぶんと久しぶりだし。それにいつか、日輪先輩と来たときのためのリサーチもしとかないと、なんて……」


 俺の名前が出たせいか、姫乃先輩の顔が一瞬こわばったのを見逃さなかった。

 明日の部活は、ハードになりそうだ。


「い、良いんじゃないか、行ってこいよ。流石に俺は入れないけどさ」


 頭ん中、日輪畑ひのわばたけなのも良いけど、そう言うの抜きで楽しんで来てほしい。

 それと俺のことを思うなら、この人の前で話題を出さないで、なんか怖いから……。


「はぁ、まぁ良いわ。誘ったのは私だし、お金はこちらで持ちます。異論は認めません」

「え、でも咲百合先輩」

「ふふっ、いいのよ。ここなら、一般入場でも一人六百円程だしね。貴女との思い出がその額なら安すぎる位だわ。なんなら中で甘い物でも食べないかしら? もちろん私の奢りで」


 姫乃先輩は相澤の手を引き、入場門の方へと歩いていった。

 一匹残された俺は、二人の姿を見送る。


「あの人が、なんだかんだ男女問わず人気なの、何となくわかった気がするな」


 男性からは、その美貌と容姿で。

 女性からは、あの肉食系のイケメンみたいな性格が評判良いんだろうな、きっと。


 俺も優しくされたら、コロッと騙されていたかもしれない。なんて……。


「アホなこと考えてないで、元の姿に戻って帰ろう。帰りぐらいはのんびり、バスでもつかって」


 俺も、相澤達が変身に使った駐車場のトイレへと向う。

 

 今回の事件も、死にかけはしたが何はともあれ無事解決だ。

 次からは、相澤の魔法も使える万全の状態で望めるし、安気だろう。

 

 トイレの個室に入り、俺は鍵をかけた。


「メタモルフォーゼ!!」


 猫の姿から、人の姿へと戻る。

 そしてぐぐぅーっと伸びをした。

 

「ん~~、んじゃ、帰りますか」

 

 トイレから出た俺は、バス停に向け歩き出す。

 その一歩を踏み出そうとした時だった。


「んっ、なんだあれ?」


 男子トイレの隣、女子トイレの目の前に、何か見覚えのあるものが落ちている。


「あれはうちの学校の学生証か。まったく、どうせ相澤が落としたんだろ?」


 俺は落ちている学生証を手に取り、名前が書かれている一ページ目を開く。

 すると挟まれていたのか、一枚の写真がヒラリと舞い、裏返しに地面に落ちた。


「姫乃咲百合……。姫乃先輩の学生証なのか」


 意外と抜けてる所があるんだな。

 そんな事を考えながら、地面に落ちた写真を拾い、学生証に挟もうとした。


「嘘だろ……。こんな事って」

 

 写真を見て、すべての点は一本の線へと繋がった。

 なんて言ってる場合じゃない、こんな大問題どうすれば良いんだよ!!

 

 新たに生まれた大きすぎる問題に、俺はついその場で頭を抱えるのであった……。



 

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