第16話 蹴られて

 彼女達に事態を伝えた後、合流した俺達は鈴木の想い人の家へ駆けつけた。

 そして部屋に辿り着き、インターホンを押し、ドアノブをひねるが……。


「どうしよノアちゃん、開かないよ鍵がかかてる!」


 くっ、そりゃそうか。

 今から自殺を企ててるのに、ドアの施錠を怠るわけがない。

 こんな時、どうすれば……。


『そうだ相澤、ピッキングだ!』


 立派な犯罪ではあるが人命が掛かってるんだ、四の五の言ってる場合じゃない。

 相澤もそのことを理解しているのか、友人の目の前で多少の戸惑いは見せたが、ポケットからピッキングツールを取り出した。

 そして鍵穴に……。

 

「み、澪ちゃん。な、何をやってるの……?」

「えーっと、だ、大丈夫カナちゃん。ただの乙女の嗜みだよ!」


 流石の鈴木も、この状況には若干の狼狽うろたええを見せる。

 相澤も汗を浮かべ、酷い言い訳をしながらも作業を続けた。


「あいたよ!」


 ものの数分足らずで解錠をすませると、ドアが開くとともにベリベリベリっと目張りが剥がれる。

 室内は予想通り煙が充満しており、玄関の外へと流れ出だした。


「何……これ」


 状況を理解しきれない鈴木は、呆然と立ち尽くす。

 この状況じゃ無理もないが、

 

『──相澤、煙を吸い込まないように、早く換気をするんだ』

「うん。カナちゃん着いてきて」

「う、うん!」


 俺達は、煙の中へと飛び込んだ。


 急げ。死人など出ようものなら彼女達が傷付く。

 それにもしゾーオが関わってるなら、相澤は尚の事心を痛めるだろう。

 一刻も早く助けないと──。


 短い廊下を抜け、突き当りの部屋に入る。

 その部屋は煙が特に充満しており、中に倒れている人影をみつけた。

 そう、鈴木の想い人が、煉炭の炊かれた部屋の床に横たわっていたのだ。


『……やっぱり、ゾーオ』


 鈴木の想い人に乗っかるように、半透明のナマケモノのようなゾーオが、俺には見えた。


「たっ君……? たっ君!」

『す、鈴木!?』


 鈴木は想い人に近づき、体をゆすりながら名前を呼びかけていた。


 焦った……。

 不用意に彼女が近づいても、ゾーオは動く様子を見せない。

 意識がないからかもしれないが、以前に出会った相手と違い、取り憑かれている者が暴れ回ったりはしないようだ。


 相澤は取り乱している彼女を見てだろう、


「カナちゃん落ち着いて。換気は私に任せて、だから救急車と大人を呼んできて!」

「う、うん……」


 非日常に慣れている彼女は、冷静に指示を出す。

 それを聞いた鈴木は、応援を呼ぶため外へと飛び出した。


 俺達も急ぎ窓のガムテープを剥がす。

 その後窓を開け、煉炭の火も消した。

 そして換気扇も回し、ひとしきり換気を済ませる。


「呼吸も脈もある、ひとまず大丈夫そうにゃ」


 慣れた手付きで、シロルは鈴木の想い人を診察する。

 目の前には、ゾーオが居るのに……。


「なぁ相澤、シロル。もしかして二人にはその男に憑いてるゾーオって見えていないのか?」

「嘘、何も見えないよ!?」


 やっぱり。

 俺より慣れているとはいえ、相澤とシロルに驚いた様子が一切見られなかったから、そうじゃないかと思ったんだ。


「……澪、変身だにゃ。兄さんの言うことが正しければ結界を張れば潜伏中でも追い出せるはずにゃ」

「うん、分かった」


 髪を結、胸の前に右手を当て、相澤は目を閉じた。


「メタモルフォーゼ!!」


 相澤は、変身の魔法を唱える。

 それとともに、以前と同様に衣類は反物のように長い布となり、彼女の体を覆う。

 そして体に巻き付いた布地は、可愛らしい魔法少女のコスチュームへと姿を変えた。


「──ノアちゃん、バイパスと結界、行くよ!」

「あぁ、いつでも!!」


 間髪かんはつ入れず、俺達は、結界の魔法を張った。すると、今まで居た世界とは別の魔法世界へと色味を変える。


「……フェーズワン。本当にいたにゃ」


 鈴木の想い人は、俺達が貼った結界の外へと消えた。

 そして変わるように、残された半透明だった小型のゾーオは、俺達の前に姿をくっきりと現したのだった……。

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