第11話 先輩登場後

「──それでねそれでね。ノア君、今日も人一倍走ってたんだよ。ヘトヘトになりながらも絶対に足を止めないんだ、凄いよね」


 姫乃先輩にシゴキを受けた日の晩。

 今日も相澤の部屋で、彼女から自分の自慢話を聞かされている。


 しかし、今日はいつもとは少し違った……。


 俺は仰向けに寝転がる相澤に脇を抱えられ、同時に高い高いの刑にもあっていたのだ。


「降ろせぇー! 聞く、ちゃんと話聞くから降ろしてくれー」


 この年になって、後輩の女の子に高い高いされるのは精神的に来るものがある。

 いつもは寝そべりながら「はいはい」っと、半分聞いていないようなものだが、これではそうは行かないじゃない。


 相澤め、考えやがって。


「分かった、分かったからそろそろ離してくれ!」


 かれこれ三十分程の交渉の末、ようやくこちらの言い分を聞き入れてくれたのだろうか?

 俺を持ち上げていた相澤の手は、徐々に下がり……。


「ぐえぇ!?」


 突然、胸元でギュッと強く抱きしめてきたのだ。

 微かに感じるふにふにした天国と、息苦しい地獄が同時に俺を襲う。


「あ、相澤、ちょっといい加減に……」


 欲望と理性の格闘の末、ギリギリの所で理性が勝った俺は、自由に動く顔を持ち上げ反論する事ができた。

 しかし彼女は、片手で俺を抱きしめたまま、もう片手で自分の顔を覆っていたのだ。


「……相澤?」


 先程までの彼女とは、様子が一変していた。

 どこか、思い悩んでいるようにも見える……。


「咲百合先輩、今日もノア君にすっごく厳しかったな……」


 もしかして、俺の事を心配してくれてるのか?


 姫乃先輩の事で、今までこんな風に心配されたことがない俺は、その様子を見て少しだけ涙腺が緩みそうになる。

 

 そうだよ、相澤は姫乃先輩と同じ女性。

 あのおかしい状況を、色眼鏡無しで客観視してくれてるんだな……。


「やっぱり、咲百合先輩もノア君が好きなのかな?」

「──ブフッ」


 違った、つい吹き出してしまった。

 相澤の心配の方向性が、予想していたものとサッパリ違ったのだ。


「なんでだよ、なんでそうなるんだよ!」

「なんでって……愛情の裏返しとか?」


 相澤までそんな風に思ってるのか!?


「ないない、それは無い。もしあったとしても、あんな厳しくされてたら心動かされないよ」

「本当に?」

「あぁ、間違いないね」


 どれだけ見てくれがよくても、内面があれじゃな……。

 例え好意をもたれていようが、飴のない鞭だけじゃ、俺の心が保たない。

 謹んで願い下げだ。

 

「ところで、なんでノアちゃんがそんな事分かるの?」

「えっ? そりゃ……まぁ」


 しまった。

 自分の事なので、ついムキになって否定してしまった。

 今は猫の姿で、相澤は俺の正体を知らない。

 不思議がるのは当然な話だ。


 何とか誤魔化さねば……。


「お、同じ雄だからな。そりゃ分かるさ」

「そう言うものなの?」

「そう言うものだ!」


 根拠の無い力強い解答に、相澤は「そっかーそう言うものなんだ」っと納得してくれた様子。


 相澤のそんなチョロいところ、俺は嫌いじゃないぞ。


「でもどうしよ。もしだよ? もし本当に咲百合先輩が恋のライバルなら、私に勝ち目なんてないよ……。綺麗だし頭もいいし、スタイルだって」

「まぁ、確かに。容姿を比べるには相手が悪いかな」


 なんたって、比較対象は学園のアイドル。

 その見た目だけで男を魅了する魔性の女だ。

 それに引き換え……。


「相澤は綺麗ってタイプじゃないし、成績も下の中。細見だけど、スタイルが良いともちょっと違うしな」

「ほ、本当の事だけど酷いよ、そんなハッキリと言うなんて……」

「ちょっと、最後まで聞けって!?」


 俺の感想を聞き、相澤は涙目で声をうるませた。

 調子が狂うな、まったく。


「俺が言いたいのは、戦う土俵が違うんじゃないか? ってことなんだ」


 この後言う台詞が恥ずかしく、目を背けた。

 それでも少しでも傷つけた手前、伝えなきゃいけない。そう思った。


「相澤は綺麗とは違うけど可愛いし、何より一途で一生懸命だ。それに誰かの事で落ち込む事ができる優しい子なのを、俺は知っているから……」


 言った、言ってしまった。

 自分のストーカー相手に、俺はいったい何を口走ってるんだ。

 チラリと横目で相澤の様子を見ると口元が緩み、まるで花が咲いたような笑顔取り戻していた。


「えへーー、ありがとう。少し元気が出てきちゃった。そうだよね、ノア君を思う気持ちなら誰にも負けないもん。例えそれが、咲百合先輩が相手だろうと!!」


 今までは下ろしていた前髪で気付けなかったけど、表情がよくコロコロと変わる。

 外でも家の中みたいに、前髪を上げておけばいいのに。


「ふふふ、なんかノア君に励まされたみたい」

「ギクッ!? えっと……。なんでそんな風に思うのかな?」

「うーん。声色は違うけど、口調だったり言葉選びだったりイントネーションだったり……。あとは目が垂れてる所!」


 流石ストーカーとでも言うべきなのだろうか……。

 これだけ外見が違えど、日輪人の姿のと結びつけてくるなんて、油断ならない奴だ。


「まぁでも、猫相手に恋愛相談されてるようじゃ、日輪との関係も先が思いやられるな。俺じゃなくて仲の良い友達とかにしろよ、こう言う話は」

「そ……それは」


 相澤の手の力が緩み、その隙に俺は彼女腕から抜け出した。

 歯切れの悪いセリフに突然の開放。

 そんな様子が気になり、彼女の顔を見た。

 すると何故か、先程まで話していた俺ではなく相澤は何もない壁を見つめていた。

 

「今、目そらしてるだろ?」

「そらしてない」

「いや、そらして……」

「──そらしてない」


 食い気味だ。ってか無理があるだろ?

 今のやり取りの中に、彼女にとって都合の悪い何かがある事は明白だった。

 しかし踏み込まれたくないだろう相澤の様子に、俺はこれ以上の追求をする事が出来ないのだった。

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