Vecome Real

マスターキー

第1話 コネクト

 雨が降っている…冷たい。


 目が覚めたとき、記憶が消えていた。わかるのは、自分が生きていることのみ。それ以外は何も思い出せない。


 まるで、自分のいるべき世界とは違う世界へ迷いこんだよう。

 

 硬い灰色の地面と、高い灰色の雲に挟まれている。そして背中には、ひっそり佇んだ灰色のビルの壁。


 誰かが歩いてくる。寒さで足に力が入らず、壁にもたれかかることしかできない。その人は俺に手を差し伸べた。あたたかそうな手。俺はその手を握った。





 「あったかいぃ…むにゃむにゃ」


 「ちょっと…土日は少なくとも9時には起きなさいっていつも言ってるでしょ!」


 「わぁぁあ!すみませんでしたぁ!」


 「また暖かい手と握手する夢見てたの?何回目よ。」


 「わかんないよ…てか、本当に琴美じゃないの?」


 「違うっての!それより早く顔洗って、ご飯食べて。そしたらすぐに勉強始めるから!」


 「は、はぁい…ッタク、ソンナニドナラナクタッテ」


 「なに?」


 「なんでもないです!」


 俺の名前は「神河刀也かみかわとうや」。年齢は16ってことになってる。

 なんで曖昧なのかって?なんせ俺には記憶がないもんで。だから名前も仮だ。

 

 で、朝っぱらから騒いでたのは「神河桜かみかわさくら」。同い年の女子。この家の長女だ。

 普段は高校に通ってるんだけど、休みの日は、記憶がない俺に勉強を教えてくれている。

 

 今日やるのは、「中学校」で習う国語の勉強らしい。他の「数学」とかより好きだから助かる。まぁ、やるつもりはない。


 「ほら!何とろとろやってんの!?早くご飯食べて!」


 「はぁい」


 俺は3年前、この「神河家」に拾われた。話によると、道端でうずくまっていたところを桜が見つけ、ひとまず家に連れ帰ったらしい。理由は「その時はイケメンに見えたから」だと。今は別になんとも思ってないと言ってる。


 「いただきます」


 「ちゃっちゃと食べてよね。予定が詰まってるんだから。」


 「桜。そんな急かしちゃだめでしょ?喉にご飯つっかえちゃったらどうするのよ〜。」


 そういって俺を擁護してくれるのは、桜の母親である「神河春香かみかわはるか」。料理が上手い。ちなみに、どこかの娘は似ても似つかぬほど下手くそだ。


 「でも、流石に高校までの勉強は教えないとこれから先が大変じゃん。それに、休みの日くらいいつもより〈バーチャルコネクト〉やりたいの。この間、休日でも1時間しかやってないこと笑われたんだから。」


 「私はそれくらいでいいと思うけどね。お母さんの若い頃なんか…」


 「はいはいわかったから!もぉ〜、なんでみんなこうも…うぅ!」



 〈バーチャルコネクト〉。それは、今世界で大流行しているスマホのアプリだ。


 〈バーチャルコネクト〉を開くと、仮想世界へ行くことができる。専用のゴーグル等も必要になるが、さほど高くない。それに、たとえ値段が高くとも、買い手が途切れることはないだろう。なぜなら、やりたいことが何でも体感できてしまう夢のようなアプリだから!

 

 〈バーチャルコネクト〉には、様々なシステムがある。

 

 例えば、プロのサッカー選手になりたいとする。そういうとき、仮想世界内のサッカースタジアムに行くと、なんと現実のサッカー選手とともに試合したり、自分ならではのチームを組んで対戦したりすることができるんだ。

 

 もちろんスポーツ以外にもアイス屋さんになりたければなれるし、チョイ悪の人向けに「スプレー塗りたくってもいいゾーン」があったりする。そう、文字通り、のだ。


 その中でも特に人気なのは〈バーチャルクエスト〉。

 仮想世界で勇者になれるという、みんなの願いを叶えたかのようなシステム…らしい。他のユーザーとバトルロワイヤルができるモードもある。こっちのほうが人気。


 ちなみに、全ユーザーの8割以上はこの〈バーチャルクエスト〉をプレイしている。あ、例に漏れず桜もやっている。


 俺はなんか…やっててもそこまで爽快感を感じない。理由は知らん。


 「ふぅ…ごちそうさまでした。」

 

 「お、完食完食。えらいわね刀也くんは」


 「普通でしょ。さ、早く勉強するわよ。」


 「はぁ…」


 「はぁって、あんたのためにやってんだからね!ほら、いくわよ!」


 「あ、ごめぇん、その前にトイレへ…」


 「…早くしてよ。部屋で待ってるから。」


 「はぁい」


 俺はそそくさとトイレへ行く…ふりをしてそのまま玄関へダッシュ!


 ガチャン


 「ん?あ!逃げた!あいつ!」


 「ま、1日くらい許してちょー!」


 俺はそのままダッシュで遠くまで逃げた。





 ひゅ〜、危なかった。たまにはこんなことしてみるのもいいな。

 

 俺達が住んでいる家は、国の最重要開発都市「新空都しんくうと」というところの端の方にある。

 

 最重要開発都市なだけあって、相当技術が発展していて、車の代わりにみんな「ホバービークル」とか「エレクトロバイク」っていうのに乗っているし、スマホも、普通の技術の2世代くらい先を行っていると聞いた。

 

 風景は、渋谷ってところの交差点付近をめちゃめちゃ近未来的にした感じ、らしい。


 そんな「新空都」にある一番ビッグなものは〈バーチャルコネクト〉の開発元である「エターナルテクノロジーコーポレーション」の本社だろう(略してETC)。見学ブースがあったりするので、せっかくだし、見物してみよう。


 そう思ったとき、ザザッ、と目の前にテレビとかによくある砂嵐のようなものが広がった。そして次にそこから何か飛び出してきた。


 「コレガ…現実セカイ…」


 なんだ?この2頭身のモンスターみたいなのは?


 「グァァァァ!」


 急に雄叫びを上げ、口からビームを発射した。そのビームは周りのものを破壊する。


 「きゃぁあ!」


 「うわぁぁあ!」


 周囲にいた人たちが逃げ惑う。そこにパトビークルが到着した。流石は「新空都」。通報から到着までのスピードが速い。


 「動くな!警察だ!」


 「ン?ナンダ?」


 「警察だと言っているんだ!きぐるみを脱いで、武器をおけ!」


 「キグルミ?ブキ?ナンダソレ。」


 「とぼけるな!それは〈バーチャルクエスト〉の敵キャラのきぐるみだろ!」


 「キグルミ、ジャナイ。デモ、バーチャルクエストカラキタノハ、ホント。」


 「つべこべ言わずに…」


 「ウルサイ。チネ。」


 そういうとまた口からビームを放った。そのビームは警察をあとかたもなく消し去る。どうなってんだよ…


 「ン?オマエ?ナンダ?」


 俺に言ってるのか?…いやだ、死にたくない!


 「う、うわぁぁあ!」


 「マテ」


 

 バリバリバリ、とビームが地面をえぐる。俺は必死に逃げる。


 「はぁ、はぁ…うわっ!」


 俺は段差に躓いて転んでしまった。その拍子に、ポケットから先端を取ったUSBのようなものが転がり出る。


 「ナンダ、ソレハ?カッコイイナ。」


 これが何なのかは俺にもわからない。3年前、桜に拾われたときにはすでに持っていた。桜のものでもないらしい。でも、捨てちゃいけない気がして、ずっと肌見放さず持っていたのだ。


 「これは…渡さないぞ!」


 「ソウカ。ナラ、チネ。」


 「えっ」


 そういうと俺にビームを放ってきた。もう…お終いだ…


 「うぐっ!」

 

 突如、ビリィッ!という電気が走るような感覚と同時に、USBのようなものが俺の胸に刺さった。そして、それはビームを打ち消し、俺の体内へと入っていった。


 「ナンダト。」


 「うっ!な、何が起きてるんだよ!」


 「Program was started.Say connect.Say connect.Say...」


 謎の音声が流れ始めた。せい…こねくと?「セイ」は言うって意味だから…こねくと、って言えばいいのか?

 

 「モウイチドダ、チネ。」


 またビームを放ってきた。このまま死ぬより、言ってみて何かが起こることに賭けたほうがいい!や、やるしかない!


 「こ、コネクト!」


 「Success」


 ピカーン!と胸が光る。と思ったら全身の服が変わる。マジでなんなんこれ!


 どうやら終わったらしい。


 ビルのガラスで自分の姿を確かめる。近未来的な、フード付きの青いラインが入った長いコートを羽織り、顔にはなんかかっこいい仮面がついている。


 ピピピッ、という電子音が鳴り、視界にこれまた近未来的なホログラフが表示される。


 「それでは、チュートリアルを開始します。まずは武器を取り出しましょう。〈セレストエッジ〉と言ってください」


 突然、チュートリアルが始まった。いきなりだが、これをやらないと殺られるということはわかった。だったら従う他ない。それに、もしかしたら何か記憶を思い出せるかもしれない。


 「セレストエッジ」


 シャキン


 俺は、戦うことを決意した。






 「ん?」


 「どうした?」


 「現れたぞ。始まりの男、〈ビギンセレスター〉が。」


 「おぉ!ついに、例の計画を本格的に指導させるときが来たな。」


 「あぁ。この都市全体を巻き込んだ…とっておきの計画がな。」

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