【014話】タダで宣伝プロモーション大作戦
「お、俺たちを殺す? なんの話だ」
口答えした男の首元に当てた短刀を少し強く押し当てたイチルは、皮一枚を裂き、少量の血を流してやった。未熟な冒険者ならば、これだけの脅しで静かになることを知っていたからだ。
「や、やめてくれ、殺すの、だけは」
「なら早くフレアを呼べって」
しかしイチルの願望より一足早く、冒険者二人との騒ぎを聞きつけたフレアが慌てて駆け寄ってきた。「何してるんですか!」と最初から不機嫌なフレアは、ナイフを突き付けるイチルを押しのけるなり、心底軽蔑しながら言った。
「どうしてそんな酷いことを。
冴えないヒューマンの男ウィルと、その似ても似つかない妹のロディアは、フレアの手によって初めてラビーランドに採用された兄妹の冒険者だった。
息のあったコンビネーションを見込んでの採用となったが、イチルにしてみれば未熟以外の何者でもなく、スキルも魔力も使わない自分に圧倒されているようではこれからが大変だと危ぶむばかりだった。
「俺はフレアを呼べって頼んだだけなんだけどね。だって俺、ここのオーナーじゃん?」
「え?」と呟いたロディアは、すぐ挙動不審に慌てながら態度を改めた。
そういえば何も説明していなかったなと二人を解放したイチルは、小屋前で洗濯をしていたミアと、機材を運び終え絶妙な表情を浮かべて戻ってきたペトラを集合させた。
「まずは数日前から正式にここのオーナーになったイチルだ。実質、俺がここの権利者なので、顔くらい覚えといてくれ。俺は忘れるけどな」
苦虫を噛み潰したように肩を震わせ地団駄を踏むフレアを無視し、イチルは未だ呆然とするその他の四人を呼びつけた。そして唐突に、街で手に入れた情報をひけらかした。
「突然ですが、皆さんに
ポカーンとイチルの言葉を聞いていた四人の目がギョッと内に寄った。
その様子を一歩下がったところで聞いていたフレアは「え゛え゛え゛!」と叫んだ。
「どういうわけか知らないが、ADとして登録されてるはずのここが、ND《ナチュラルダンジョン》と認識されてしまったらしい。まぁ何年も稼働実績がなかったからな。ある意味仕方のないことだろう」
他人事のように話すイチルを不審がり、首を傷つけられて苛立ったウィルが声を荒げた。
「ならオーナーであるアンタがギルドに掛け合ってどうにかすればいいだろ!」
「う~ん、キミ、ウィル君だっけ。あのねぇ、オーナーに向かって少々お口がすぎますよ」
「関係あるか。突然現れたかと思えば、俺はオーナーだ、討伐隊を迎え撃てだと。ふざけるのも大概にしろ。フレアさん、今から俺たちでギルドに掛け合ってND登録は間違いですと説明しましょう。今ならまだ間に合います」
確かにと頷いたフレアは、慌てて準備を始めた。
しかし首根っこを掴まえたイチルは、空中で暴れるフレアを四人に放り投げ、「それはダメ」と念を押した。
「だ、ダメだと? アンタ、自分が何を言っているかわかってるのか」
「それはこっちの
「面白くってアンタ……、ギルドが討伐隊を組む意味を本当に理解してるのかよ?!」
「モンスター、及びダンジョンそのものを根絶やしにするってことだな。それがどうした?」
イチルの一言に血管を浮き出させたウィルは、怒りを吐き出すようにロディアを呼びつけ身構えた。しかしイチルは腕を組んだまま、微動だにせず二人を見つめていた。
距離を取って並んだウィルとロディア兄妹は、今度は手加減しないと自分の武器を手に取った。ウィルは短刀、ロディアは魔力増幅用の杖を構え、息のあった動きで前後に入れ替わりながら、一気にイチルとの距離を詰めた。
「いくぞロディア!」
「言われなくてもわかってます。
ロディアが杖を振ると、突然ウィルが四人に分裂し、イチルの四方を取り囲んだ。面白い魔法を持ってるなと左右の分身を見比べたイチルに、ウィルは容赦なく襲いかかった。
「よそ見をしている場合か。穴だらけにしてやる!」
穴だらけは勘弁してくれと飛びかかってきたウィルの分身を適当に避けたイチルは、攻撃を躱され無防備な分身二人の襟を掴み、頭をゴツンとぶつけた。
「グアッ!」と目を回す二人のウィルに顔を寄せたイチルは、耳元でちっちっと舌打ちをした。
「注意力が散漫だな。もう少し相手をよく見て攻撃しろ。狙いは常に相手の
残り二人に足払いをかけて転ばせたイチルは、転がった四人をミルフィーユのように重ねて地面に投げつけた。すると魔法が解けたのか、ウィルが一人に戻った。どうやら目を回し気絶しているようだった。
「なんとも情けない。で、まだ続けるかい、お嬢さん?」
元々乗り気でなかったロディアは、ふるふると首を横に振り諦めた。
「ちなみに確認するけど、君ら兄妹の冒険者ランクは?」
「わ、私はGで、兄はFランクだ、……です」
「ロディアがGで、ウィルがFね。ペトラとミアは?」
「ええと、私はここで働くために冒険者登録を済ませただけですので、初期設定のHランクかと思います」
「俺は冒険者登録なんてしてねぇよ」
ふむふむと頷いたイチルは、とにかく全ての情報を集めてみるかと、全員分の基礎情報と能力を書き出した。
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【名前】フレア・ミア(83)
【職業】家政婦見習い
【冒険者ランク】H
【保持スキル】
縫製 Lv4、固定 Lv4、伐採 Lv2
採取 Lv1、製薬 Lv1、料理 Lv5
【保持魔法】
その他、怪しげな魔法多数
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【名前】ウィル=マイラス(18)
【職業】シーフ
【冒険者ランク】F
【保持スキル】
短刀 Lv3、跳躍 Lv2
凝視 Lv2、離間 Lv3
【保持魔法】
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【名前】ロディア=マイラス(17)
【職業】サポーター
【冒険者ランク】G
【保持スキル】
検分 Lv3、採取 Lv2
捕獲 Lv3、捕縛 Lv2
【保持魔法】
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【名前】ペトラ(10)
【職業】街のエルフ
【冒険者ランク】なし
【保持スキル・魔法】なし
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「こうして並べると、ミアが選ばれたのもわかる気がして困るな……」
えっへんと胸を張るミアの頭を丸めた紙で叩いたイチルは、目ぼしいスキルや魔法に丸をつけていった。訝しげに見ていたフレアも、仕方なく一緒に紙を覗き込んだ。
「なるほどな。それぞれ特色のあるスキルを持ってるようだ。結構結構」
倒れていたウィルの頬を気付けにバチンとはたき起こしたイチルは、面々を輪になって座らせ宣言した。
「君たちには、数日内にやってくるであろう討伐隊を返り討ちにしてもらう。理由は簡単。これを機に、ウチを世間に認知させる。これより、ラビーランドの復活プロモーション作戦を開始する!」
「ぷ、プロモーション。……プロモーションってなんですか」
「そのままの意味だ。ここで討伐隊をけちょんけちょんに叩いてやれば、嫌でもダンジョンの噂は街中に広まる。しかもそこがADだとわかれば、嫌でも客がやってくるって寸法よ。言うなれば、《タダで宣伝プロモーション大作戦》、……これだな!」
「ジジィくせぇ……」と呟くペトラをキッと睨み、イチルはフレアが持っていた施設全体の見取り図を拝借し、丸を書き込んでいった。
たかだか数週間で全設備が直せるわけもなく、使用可能なギミックは少ない。
だとすれば、今ある設備をフル活用し、討伐隊と対峙するほか方法はなかった。
「フレア、ココとココの地下空間と、前に使った穴ぼこ以外で使えるのはどこだ?」
「ええと、今はこの転送装置と、出入口のない地下空間の整備だけ修復が終わってる」
「出入口のない地下空間? なんだそれ」
「転送装置で飛ばして逃げられなくするギミックだよ。閉じ込めて戦わせたり、足止めしたり、使い方は色々あるの」
「そんなのもあるのか。面白いな」
設備を書き加えながら、イチルは嫌々見取り図を覗くウィルとロディアの首根っこを掴まえた。
「ということで、君たちにも協力してもらうよ。これからたんまり稼いで、俺の老後を支えてもらわなきゃならないからね。期待してるぜ」
「なんなんだアンタ。オーナーだかなんだか知らないけど、好き勝手なことばかり言って」
「文句は後で聞いてやる。とにかく今は奴らを返り討ちにするのが先決だ。ひとまず今やってる作業は一時中断し、これからは俺の言うことをやってもらう」
こうして半ば強制的にラビーランド初めてのイベント、
《タダで宣伝プロモーション大作戦》が始まった。
しかし当然ながら、都合よく計画が進むはずはない。
まさか《あんなこと》や《こんなこと》が起きるとは、この時はまだ知る由もなかった――
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