34.シナリオクリア


ルーベルンがマリアを馬車に運んでくれてる間馬を撫でてなだめていたら、声をかけられる。


「失礼、お嬢様。この度は私達の部下が迷惑をかけたようだね。神々を代表してご挨拶に参りました」


歯車モチーフが細やかに刺繍されている素敵なマントを着たモノクルを付けている緑色の髪と瞳の男の子。

とってもおしゃれ。

手袋をはめた手でシルクハットを脱ぎ、美しい仕草で私たちに会釈してくれる。

歯車のモチーフを身に付けてるなら…


「時間の神様、ですか?」


「ご名答です」


ニコッと笑う可愛い顔に私が見惚れてると、馬車から出て来てそれを見たルーベルンがちょっとムッとしつつも時間の神様に頭を下げた。


「クロスリード様、お初にお目にかかります。女神様の事…自由が効き動ける筈だった僕は無力でした、全部この方、美月さんが変えてくれたんです。どうか美月さんに幸運な魂の時間を」


「無力?ちょっと待って、ルーベルン。何言ってるのよ」


私は聞き捨てならないので口を挟んだ。


「ルーベルンがいなかったら私、何も出来てないわよ!一人でシナリオ理解も出来なかったし婚約破棄した直後にあんな爽やかに逃げられないし、塔の上だって普通に走っていたんじゃ間に合わなかった。私はルーベルンがいたからここにいるのよ?女神が追い詰められた事に気づけなかったのを責めてるんだったら、今もう解決したんだから良いじゃない!

次にそんな事言ったら許さないんだから!」


「…美月さん」


「魂の関係者って皆生真面目過ぎると思うわ」


「それは、そうですよ。目の前で生きてる生命を預かってるんですから。我々が一つ置いて上から見てるのとは訳が違う。よく頑張りましたね、ルーベルン。君のサポートが無かったら今回の解決も無かった。それは皆分かってるよ」


「クロスリード様…」


「さて。この世界の時間を、私は自在に操れる。今も全てを止めている。婚約破棄前に戻す事も出来る。出来るけど、やらないという選択肢もある。どうしたいかな?無かった事にするかい?」


そういえば風も星の輝きも、使用人や馬もかちん。と止まっていた。馬を触っても置物みたいに硬くなって無反応。

音も一切ないから私達の周り以外は無音。

すごく不思議。

私はルーベルンは顔を見合わせて、「決まってるよね?」ニコッと笑った。


「自分でした事はちゃんと責任を取ります。見た目を都合良く変えても、元に戻しても、私の中には残るので。このままでいいです」


達成も、失敗も。

楽しかったことも悲しかったことも。

信頼も裏切りも、

全部大事な私の一部になっている。


「っていうか、あった筈の事を無かったように装って一人で抱えていられる程私は器用じゃありませんっ!」


「僕も同意見です。弱いからこそ、何も消しません。自分の強さにしていきます」


「分かりました。では、二人とその周りに沢山の祝福時間の加護を」


クロスロード様が手品師みたいにシルクハットから連なった歯車をするする取り出して、空に放り投げる。連なった歯車は夜空に一瞬円を描いてから、花火みたいにパッと弾けた。

キラキラした光が私とルーベルンに優しく降り注ぎ、暖かい気持ちになった。


「ではまたいつか」


「あっ、」


挨拶をする間も無く夜空に溶けるようにクロスリード様は消えてしまった。


「いつか、何回かまた転生したら会うかもしれませんね」


「記憶力に自信はないんだけどなあ」


「魂が覚えてますよ。僕は離れませんが」


まだ時間が止まってる。

クロスリード様からのプレゼントかしら。


私は「私も、ルーベルンと一緒にもっと冒険したくなったわ」と自分から初めて男性にキスをした。


「…っ」


ルーベルンが真っ赤になったのと同時に、ブルルル、と馬の鼻息が聞こえ風が吹く。

グレース家がざわめきだし、「おねえさま〜っどこ?」と遠くからキャロレンの声がする。


「忙しくなりそうね。まずグレース家の皆に神様の事を抜いて上手く説明して〜、ううん、その前にこの馬車でマリアをキャンベング家に送ってからシュナイツァー迎えに行った方が良いわね。心配だもの」


「美月さん…っ!」


「えっ。ごめん…怒った?」


「怒るどころか。これは、僕と本契約になってしまいますが…良かったんですか」


「そうなの?良いわよ、ルーベルンなら何でも!説明は後で聞くからまず馬車を走らせて!」


「は、はい」


ルーベルンと私は馬車に飛び乗って、

「あれ?ハリエッタ様じゃないか?」

「ハリエッタ!?」

「おねえさまーっ!!」

沢山の声を背にしてグレース家を脱出した。


「家族から二度も逃げるなんて!もうしないで済みたいものね、親不孝だわ。そうよね?」


馬車の走る音の中で私が窓から顔を覗かせて馬を操ってるルーベルンに声をかけると、

「自立とは、そういうものですよ」

と彼は笑った。



キャンベング家にマリアを送り届け、驚いて固まってる人達には説明もそこそこに私達はそこに馬車を置いて、パルパル様とシュナイツァーの元へ風の魔法で急いだ。


例の教会へ行くと、生命光花ローズティンクルに包まれた状態のシュナイツァーは目を閉じたままだった。


「二人とも。今クロスリード様がラングとシュナイツァーの生命力を少し戻してくれたんです。一気に回復は神同士だから難しく…でももう大丈夫です。女神の事も聞きました。ありがとうございます!」


パルパル様が四つ足で駆け寄ってきて、私はそれを抱きとめた。


「じゃあ今はただ寝てるだけなのかしら。力が少し戻ったならラング様はどうして黙っているの?」


「シュナイツァーの言葉と意志を尊重したいのでしょう。お願いです。グリンド家へ戻ってハリエッタ、あなたが語りかけてあげてください」


「グリンド家に行って大丈夫かしら、私婚約破棄して逃げたし身分はシュナイツァーの方が上だから…」


伯爵家の方が偉いのよね。

こんなのが「息子さんを届けに来ました!ハリエッタ急便でーす」と言って許されるのかしら…


「男性なのでシュナイツァーの方が全面的に有利ではありますが、グレース公爵家はグリンド伯爵家より家柄としての身分は上です。今回はシュナイツァーにも神という隠し事があったのですから、問題ないかと思います」


「え?」


「どうしました?」


「うちって…シュナイツァーの家より身分が上なの?伯爵家の方が公爵家より偉いんじゃないの?」


「偉いという言葉はあまり適切ではありませんが、身分的には上となります。家庭教師から教えられませんでしたか?」


「分かんない…したっけ?もう狙う相手もシナリオも決まってたから、聞き流したかも。でも…そういえば王家が私の方にばっかり声をかけてくれたし、パーティ会場も王家が提供してくれたのは…身分が上だったからなの?なんだ!じゃあもっと違う方法で強気に婚約破棄できたじゃないっ」


「いえ、それはやはり淑女としていかがなものかと。知らなくて良かったかもしれませんね」


ルーベルンは肩をすくめた。

なるほど、シナリオ的にそこからずれまくってたんだわ…結果オーライとはいえ恥ずかしいっ。


パルパル様の魔法の紙で出来たヨットにシュナイツァーも乗せて、私達は夜空を飛びグリンド家を目指した。

女神が起こした嵐が逆に空気を綺麗にしたようで、うっすら蒼い夜空が綺麗。夜風が私たちに「お疲れ様」と火照りを冷ますように吹いてくれる。


「そういえば女神が休職するなら、その間ってシナリオはどうなるのかしら」


「どうにかなるでしょう。そもそもシステムが変わるかもしれない。シナリオなんて…必要ないのかもしれません。それを課せられていても、魂の持ち主はそうと知る事はほとんどない。自分で道を進んでいると思ってるんだからそれを見守るのが良いと、僕は思います」


「そうね。先の事は分からないもんね。ならシナリオを作者毎吹き飛ばして達成というより全部すっきりしてのクリア…って事になるのかしら」


「はい」


洗剤で一気に掃除したみたいなクリア方法ね。


「それにしても、美月さんがキスしてくるとは思いませんでした…」


「ふふー。後で本契約の内容ちゃんと聞かせてね。ルーベルンなら信頼してるから何でも大丈夫よ」


「軽いなあ。どうせ僕は心配で離れられません」


こんな形でシナリオクリアするなんて、多分誰も想像してなかっただろうな。だって私が一番びっくりしてる。


けど、今最高に充実してる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る