第54話 再召喚

俺は『召喚の間』で、光司の行方を探る。

「『検索(サーチ)』」

シャルロットの召喚魔法の記憶から、奴がいる異世界にアクセスする。

すると、ベッドに拘束されて様々な実験を施されている光司の姿が宙に浮かんだ。

「再生力指数は70メタフル。指を切られた程度だと、また生えてくるのね」

小指を切り落とした美人が、興味深そうに生えてくる指を観察している。

「炎耐性は90プロムかぁ。なかなかのものね。皮膚のサンプルを培養してみようかしら。新しい耐火服に応用できるかもしれないし」

ガスバーナーで体をあぶった後、焦げた皮膚をはがされている。

「ふーん。体温が39度以上には上がらないように、体内の抗体が自動調節しているのかな。これはいい反応ね。新しい解熱剤を開発できるかもしれない」

故意に熱病菌を投与され、発熱に苦しむ光司の体からは大量に血が抜かれていた。

「なるほど……光司は元の世界でも受け入れられず、すでに地獄に落ちているというわけか」

さすがの俺も、異世界の容赦ない人体実験に苦笑を漏らす。

「だが、この程度の地獄では生ぬるい。奴には真の地獄というものを味わわせてやる」

俺はそう決めると、無人となった王都を使って光司を追い詰める環境を整えるのだった。



俺は光司。以前は勇者だったが、今はただの実験動物だ。

異世界管理局を名乗る謎の組織に囚われて以降、俺はありとあらゆる実験を繰り返されていた。

「今日は耐寒実験をしてみようね」

ある時は、ベッドに縛られたまま巨大な冷凍室に何日も放置されたり。

「新しい炎属性の魔道武器を開発しているんだ。君の火魔法を移植させてね」

頭に変なコードを付けられて、無理やり変な銃に魔法を込めさせられたり。

毎日が苦痛の連続で、俺は死にたいとすら思うようになってきた

「頼む。殺してくれ」

水走に向かってそう懇願するが、薄ら笑いをうかべて拒否される。

「駄目よ。君は街で無秩序に魔法を放ち、何百人もの民間人を殺したんだもの。後始末にいくら国家予算が使われたと思っているの」

それを聞いて、俺は絶望する。

(こ、こうなったら、再召喚されるしかねえ。俺をもう一度召喚してくれ)

あの異世界にはシャルロットがいるはず。魔王となったライトに対抗するためには、きっと俺の力が必要なはずなんだ。

その祈りが通じたのか、ある日ついにその時が訪れる。

いつものように実験を受けていると、ふいにベッドの周囲に魔法陣が浮かんだ。

「こ、これは異世界召喚?いい、実に刺激的!この魔法陣を解析すると、こっちから異世界に行くことも可能になるかも」

狂喜してパソコンにかじりつく水走に、俺は恨みを込めて吐き捨てる。

「待っていろ。次に戻ってきたときは、お前たちを皆殺しにしてやるからな」

その言葉を最後に、俺の体は魔法陣に呑み込まれていった。



明るい光を感じ、俺の意識が戻る。

周囲の光景には見覚えがあった。壁一面に白い文字で計算式のようなものが描かれた部屋の中にいた。

それは、俺が最初に異世界に召喚された時のものと全く同じだった。

「やはり俺の力が必要になって再召喚されたみたいだな。だけど……シャルロットはどこだ?」

以前は祭壇の前には俺を召喚したシャルロットが跪いており、周囲には神官や騎士たちが控えていたはずだ。

しかし、辺りには誰もおらず、俺を召喚した者の姿も見えない。

「誰もいないはずがない。誰かが俺を召喚したはずだ」

不安を覚えながらも、恐る恐る祭壇から降りて部屋を出てみる。やはりここは人間の王国の城らしく、見覚えがある廊下に出た。

しかし、今はしんと静まり返っており、廊下には埃が積もっている。どうやら何日も掃除がされてないようだった。

「ちっ。本当に誰もいないのかよ」

王城の中は物が散乱しており、まるで廃墟のようである。

「……やべえ。酒が飲みたくなってきた」

元の世界で変な薬を打たれて禁断症状はおさまっていたが、やはりあのコカワインの味は忘れられない。

「たしか……シャルロットはコカワインをため込んでいたよな」

俺と一緒に浴びるように酒を飲んでいたので、あいつがボカードから大量に買っていたのをしっている。

酒を求めてシャルロットの部屋に行くと、そこには若い女の腐乱死体があった。

「しゃ、シャルロットなのか?」

さすがの俺も驚いてしまう。死体は姫だけに許される豪華なプリンセスローブを着ていて、顔もシャルロットに似ている。

「い、いったいどういうことなんだ。シャルロットに召喚されたんじゃないなら、誰が俺を呼んだんだ」

部屋にある酒をかき集めて、俺は一目散に逃げだす。

城から出ると、門の所には大勢の民たちの死体が転がっていた。

「うっ……くせえ……」

死体には何かで切られたような跡があった。男も女も子供も情け容赦なく殺されている。

「ま、まさか、これをやったのはライトなのか?」

不安に駆られた俺は、一気に城下町を駆け抜ける。街はあちこちに死体が転がっていて、ひどい有様だった。

「やべえ!ここにいたら、俺も殺されてしまう」

死に物狂いで走り、ようやく王都の出口まで到着する。

しかし、王都の周囲はオレンジ色の結界が張り巡らさけていて、出る事ができなかった。


「くっ……いったい何なんだよ」

「無駄だ。王都は『輝きの球』による結界が張られている。誰一人出ることはできない」

冷たい声が投げかけられる。振り返った俺が見た者は、黒いローブを纏ったハゲ頭の男だった。

「ラ、ライト……」

奴を見ると、恐怖のあまり膝が震えてくる。奴からは以前よりはるかに威力を増した魔力を感じとることができた。

「お前を召喚したのは俺だ。王都の住人は皆殺しにした。民も、騎士も、貴族も、姫も、国王も一人残らず」

奴の体に無数の顔が浮かぶ。それらは皆苦し気に顔を歪めていた。

「光司様……ひどい。どうして私を捨てたの?」

奴の手のひらに浮かんだシャルロットの顔は、恨めし気に俺を見つめていた。

「光司よ……こうなってはもはやすべて終わりじゃ。そなたもこっちに来て、罪を償うのじゃ」

幽鬼のようにやつれ果てた国王の顔は、眼も鼻もそぎ落とされていて、凄惨な拷問を受けたことが伝わってきた。

「お前のせいで俺たちは殺されたんだ」

「お前もこっちにこい……」

他にも、何千何万人もの恨みがこもった声が聞こえてくる。

「う、うわああああ!」

恐怖に駆られた俺は、魔力を振り絞ってフレイムソードを産みだし、奴に切りかかる。

「『天雷(エビルサンダー)』」

しかし、奴の腕の一振りで雷に打たれ、剣を持った右腕が吹き飛ばされてしまう。

「た、助けてくれ!死にたくねえ」

「安心しろ。そのうち死にたくなる」

その言葉と共に、奴のレーザーソードが一閃する。

激痛と共に俺の頭は胴体から離れ、地面に転がっていくのだった。





光司の切られた頭は、憎しみを込めて俺を見上げていた

「くそっ……いてえ。死にたくねえ……」

しかし、次第にその表情がうつろになり、眼が閉じられていく。

おっと。勇者なんだから、これぐらいで死なれたら困る。

俺は頭上で光る『耀きの球』に向けて、命令した。

「モード変更。『勇者強制復活モード』発動」

『輝きの球』から一筋のまぶしい光が降りてきて、光司の頭と体を包み込む。

光が薄れると、完全に復活した光司が現れた。

「な、何が起こった?俺は死んだはずだ」

「ふふふ。神とは本当に残酷な存在だな」

俺はそうつぶやきながら、『輝きの球』を見上げる。

「『輝きの球』は、勇者の為に神が作ったアイテム。魔王の為につくられた『復讐の衣』の対になるものだ」

俺は自分が着ている『復讐の衣』を見せつけながら、説明する。

「『復讐の衣』に魔王を復活させる機能があるなら、当然『輝きの球』にも勇者を復活させる機能がついている。喜べ、お前はたった今、真の勇者として登録されたんだ」

『輝きの球』は光司を祝福するように、光を照らしていた。

「まあ、これは勇者と魔王の決着が早くついてしまうことがないように、神が定めたシステムだけどな。簡単に戦乱を終わらせないために」

俺はレーザーソードを光司に突きつける。

「さあ、仕切り直しだ。もう一度戦おうぜ」

「なめんな!」

怒りをたぎらせた光司が、フレイムソードで切りかかってくる。

俺はそれをあっさり躱すと、レーザーソードで腹を切り裂いてやった。

「ぐぅぅぅぅぅぅ」

裂かれた腹から内臓が飛び出し、奴は必死に腹を抱えてうずくまる。

「二回目!」

俺はしゃがんだ奴の背中めがけて剣を振り下ろす。奴は縦に真っ二つになって死んでいった。

また光が降りてきて、光司が復活する。三回目は雷で感電死させ、四回目はレーザーで焼き殺し、五回目はコーリンの沸騰魔法で爆発させてやった。

復活するたびに奴の顔が苦しみにゆがんでいく。

「も、もうやめてくれ……」

いつまでも続く無限地獄に、ついに光司は泣きわめいて許しを請う。

「情けないぞ。それでも勇者か」

「こ、こんな勇者なら、なりたくなかった。死んでも死ねないなんて、地獄じゃないか」

そう。勇者など神の目的を果たすための道具でしかない。死という救いすら与えられない奴隷なのだ。魔王と同じくな。

泣きわめく光司に、俺は容赦なく剣を振るう。

殺戮が10回を超えたころ、ついに光司はなりふり構わず極大魔法を使おうとした。

「『指向性衝撃火砲(ファイヤーキャノン)』」

しかし、ポンッという軽い爆発が起きただけで、すべてをなぎ倒す衝撃波を伴った爆炎は発生しなかった。

「な、なんで……」

絶望した顔になる光司を、俺はあざ笑う。

「残念だが、今のお前にはもう極大火魔法はつかえない。レベル不足でな」

「ば、ばかな……そんなこと。いくら死んだからって、レベルが下がる筈が……」

混乱する光司に、俺はその訳を話してやった。

「忘れたか?魔王の力を。人を殺せば殺すほど、その魂を吸収して強くなれるんだ。つまり」

レーザーソードを奴の腹に突き刺す。剣を通じて、奴の肥大した魂の一部が俺に流れ込んできた。

「お前を殺すたびに、その魂を吸収しているわけだ。お前は死ねば死ぬほどレベルダウンすることになる。そして最後には、すべての力を失ってただの小僧に戻る」

「そ、そんな!」

もはや抵抗すらできなくなったと知って、光司は泣きわめきながら逃げ惑う。

そんな光司を、俺は徹底的に追い詰めて殺し続けた。

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