第53話 人体実験
廃墟になった繁華街を見て、俺は急に恐ろしくなってくる。
「や、やべえ。逃げないと」
遠くから警察と救急車のサイレンが聞こえてくる。
俺はその場から脱兎のように逃げ出すと、近くのビルに身を隠した。
「ガス爆発か?」
「違います。目撃者の話だと、テロリストが爆弾を使ったようです」
遠くから警察官が言い合っているのが聞こえてくる。
「皆、気をつけろ。テロリストがまだこのあたりに潜んでいるかもしれん。捜索!」
「はっ」
厳重な装備をした機動隊が、俺がいるビルに入ってくる。
「そこの男!止まりなさい!」
警官に見つかって、俺はパニックに襲われてしまった。
「うるせえ!こっちくんな!」
警官に向けて、力の限り火魔法を放つ。
俺を見つけた警官たちは、一瞬で消し炭のようになっていった。
「奴は火炎放射器をもっているようだぞ。危険だ!」
「発砲を許可する。撃て!」
警官たちが放った銃の弾丸が、俺の頭を掠める。
「こ、このままじゃやばい。なんとかしないと!」
俺は火魔法で牽制しながら、ビルの階段を上っていくのだった。
屋上まで上がった俺は、周囲が機動隊に囲まれているのを見て絶望する。
「テロリストに告げる。お前はもう完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて、投降しなさい」
機動隊の指揮官がそんな説得をしてくる。
俺は薬に染まった頭をフル回転させながら、必死にどうしたらいいか考えていた。
「し、仕方ねえ。ここは投降するか。どうせテロリスト扱いされたって、武器なんて持ってねえんだし、魔法で人を殺したなんて立証できねえんだしな」
そう思った時、ババババという音がして、一台のヘリコプターが屋上に現れた。
ドアが開いて、メタリックな装甲をした男が現れる。
その男は俺を確認すると、ヘリコプターから飛び立った。
「『反重力(レビテーション)』」
信じられないことに、奴は羽もつけずに宙に浮いている。
そのまま屋上に降り立った奴は、奇妙な形の銃を俺に向けてきた。
「な、なんだてめえら!来るんじゃねえ!」
俺は必死にファイヤーボールを放つが、奴の装甲は俺の魔法の炎を平然と跳ね返した。
「『闇麻痺銃(ダークパラライズ)』発射!」
奴の銃から闇の麻痺魔法が放たれ、俺を滅多打ちにする。
俺はなすすべもなく、屋上に倒れ込むのだった。
気が付いたら、俺はベッドに拘束されていた。
ベッドの脇には黒い服の男が俺を見下ろしており、メタリックな装備をした護衛が部屋の入口に立っている。
「ここは……?」
「ここは防衛庁直属の研究機関、異世界管理局の研究所だ」
黒い服の男は、無機質な声でそう告げた。
「太田光司。お前は異世界に召喚され、異能の力を身に着けて戻ってきた。それに間違いないな」
「あ、ああ、それより酒をくれ!薬をよこせ!」
そう喚く俺を呆れたような目で見ると、ベッドの脇にあるブザーを押す。
白衣をきた美人の女医が入ってきて、俺に何かの薬を注射をした。
「ああ……気持ちいい……」
体のかゆみが消え、気分が落ち着いてくる。
「どうやら、ある異世界から持ちこまれた植物の種を元に精製した「やくけしそう」は効いた様ですね」
「ああ。だが精製に費用がかかるから、一般ジャンキーの治療向けに売り出すには高価すぎる代物だからな。こいつにはその分、役に立ってもらおう」
黒い服の男はそういうと、俺に冷たい目を向けた。
「まったく、魔法を使って一般人を虐殺とは。我々が処理してきた異世界人や帰還者の中でも、特にタチが悪いな。幼稚な子供に魔法などの過ぎた能力を与えると、高い確率で犯罪者になるといういい例だ」
そうバカにしてくるので、俺は怒鳴りつけてやった。
「うるせえ!この勇者光司様をバカにするんじゃねえ」
「勇者?お前が?あっはっはっは」
黒い服をきた男は、実に面白そうに笑った。
「何がおかしい!」
「いや、昔の自分を見ているようでね。俺も異世界召喚された直後は、俺こそが世界を救う勇者だなんて思いあがっていたものだ」
その男はそういうと、足から魔力を放出する。
男の体は、静かに宙に浮きあがっていった。
「それは!まさかお前も!」
「察しの通り、俺も異世界召喚された過去を持つものだ。もっとも、俺が呼ばれたのは商人としてだけどな。それでもお前よりはるかにレベルが高い存在だぞ」
男はそういうと、自嘲気味につぶやいた。
「……だが、魔法などの力を得て現代社会に戻ってきても、何の役にもたたない。土魔法を使って何か商売しようとしても、国家権力につぶされてしまう。今の俺は異世界管理局に勤める、ただのサラリーマンさ。自己紹介させてもらおう。異世界管理局、特殊能力処理部隊所属、土屋鋼一尉だ」
「同じく水走雫二尉よ。よろしくね」
美人の女医がウインクしてくる。
土屋と名乗った男が合図すると、女医は俺の全身に奇妙なコードを着けた。
「さて、あまり期待はできそうにないが、お前が異世界で身に着けた力を解析させてもらおう」
その言葉と共に、俺の全身にすさまじい電気ショックが襲い掛かる。
「ギャアアアアア!」
あまりの激痛に俺は絶叫するが、水走と土屋は冷静にモニターを見ているだけだった。
「駄目ですね。彼の異世界で身に着けた特殊能力―いわゆる『魔法』はただ炎を操るだけのものみたいです」
「そうか。もっと変わった能力を持っているものと思っていたけどな。炎を操る程度の帰還者はいくらでもいる。今回はハズレだったか」
土屋は、あてが外れたというふうにがっかりした顔になった。
「ですが、『勇者レベル30』を超えているので、その体力や免疫力は常人の数倍を保っているようです。そのせいで麻薬漬けになっていても、命を保てているのでしょう」
「そうか。それなら実験動物として役にたってもらおう」
冷たい口調でそんなことをいうので、俺は心底恐怖を感じた。
「じ、実験動物ってどういうことだ?」
「我々異世界管理局は、異世界に関わるものを研究している機関だ。異世界の文明・魔法・物品など、大いに日本の発展に寄与するのでね」
土屋は誇らしそうに告げる。
「我々構成員も異世界からの移住者や帰還者がほとんどだ。皆日本国に忠誠を誓っている」
土屋が合図すると、入り口にいたメタリックな男がヘルメットを外す。その下からは、角が生えた外国人みたいな男の顔が現れた。
「だが、同時に異世界に関わる者たちの犯罪を抑止する役目も果たしている。そうしないと、我々善良な者たちまでが国家に迫害されてしまうからだ」
水走や角が生えた男も頷いた。
「というわけで、君みたいな魔法を悪用して犯罪を犯すような輩は、我々の仲間になる資格はない。実験動物として役に立たせるしかあるまい」
土屋はそう告げると、ニヤリと笑った。
「心配するな。君の体は最後まで役に立たせてみせる。レベルアップして強化されることで、肉体や血液がどんなふうに変異しているのか。はたまた免疫機能の向上に有用な細菌でも体内に保持しているのか。貴重な実験動物として、日本の役に立ってくれ」
実に冷酷な顔をして俺を見下ろしてくるので、恐怖のあまり鳥肌が立ってきた。
「ま、待て。俺になにをするつもりだ!お、俺がいなくなったら、親父たちだってだまってねえぞ」
「心配するな。すでに君の戸籍は抹消されている。君は最初から存在すらしなかった人間として、いずれ誰の記憶からも消えていくだろう」
その言葉とともに、再び体に電流が走る。俺の意識は闇に呑み込まれていくのだった。
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