第49話 光司の逃走
俺は光司。たった今魔王に対して、俺の最大魔法をぶちかましてやったところだ。
盛大な噴煙が吹きあがり、闘技場を覆いつくす。手ごたえはあった。奴は逃げることもできずにまともに食らったはずだ。
「ははは、やったぞ!ついに魔王を倒した!」
俺は勝利のガッツポーズをする。俺の後ろにいた民たちから悲鳴が上がった。
「そんな!ライトが負けるなんて!」
「ここでライトが死んだら、俺たちはどうなるんだ!」
怯える奴らに、俺はいい笑顔で言い放った。
「ついでに、お前たちも殺してやるよ。『火炎砲(ファイヤーボール)』」
魔力不足で威力はしょぼいが、一般市民なら問題なく殺せる。
俺が観客席に炎魔法を放とうとした時、冷たい声が響き渡った。
「勝手なことをするな。そいつらは俺の獲物だ」
噴煙の中から水色の結晶に包まれた人影が現れる。
それは水の魔法で自らを包んだライトだった。
「なかなかの魔法だ。『水鏡盾(ミラーシールド)』を習得してなかったら危なかったかもしれん」
奴は余裕たっぶりに言い放った。
「てめえ……その力は……」
「お察しのとおり、コーリンの力だ」
ライトの手のひらにコーリンの顔が浮かぶ。彼女は苦しそうに顔を歪めていた。
「光司……もうあきらめて。こいつには誰もかなわないよ」
続いて、レイバンやデンガーナの顔も浮かび上がってくる。
「お前も罪を償うんだ……こっちにこい」
「光司はん……待ってるで」
奴らはまるで幽鬼のように暗い目で俺を睨んでいた。
勇者パーティとして命を預け合った仲間たちのそんな姿を見て、俺は怒りに震える。
「てめえ、奴らに何しやがった」
「別に?ただ殺して魂を吸収してやっただけだ。そうすることで、俺はさらなるレベルアップを遂げた。これが魔王の力だ。人間を殺せば殺すほどレベルアップしていく。今のお前なんて敵ではない」
奴の魔力が膨れ上がる。まるで巨人を相手にしているかのような、圧倒的な威圧感を感じた。
「く、くそっ」
俺は必死に炎魔法を放つが、奴の体に触れると同時にジュッとという音と共に消えた。
「な、なぜだ?なぜ燃えない」
「ふふふ。俺の光魔法にコーリンの水魔法が加わるということは、自力で聖水をいくらでも生成できるということだ。それを身に纏えば、魔力で作った炎など防ぐのは造作もない」
奴の体を、オレンジ色の水の膜が覆っていく。
「そんな!聖水を纏った魔王なんて反則だ!」
「聖水だけじゃないぞ。治療ポーションも作り出せる。『ヒール(自動回復)』」
水膜が奴の火傷を覆うと、俺が火炎砲でつけた傷がみるみるうちに治療されて消えていった。
それを見て、俺は心底恐怖を感じる。
「そろそろ死ぬか?『土重力(グラビティ)』」
立ち尽くす俺に重力魔法がかけられ、身動きが取れなくなる。
「『風刃(ウインドカッター)』」
奴の手から無数の風の刃が放たれ、俺の服を皮膚ごと切り裂いた。
くそっ。奴は殺した仲間たちの魔法を使えるのか。これじゃ俺一人で勇者パーティすべてを相手にしているようなものだ。いくら俺が勇者でも勝てるわけがない。
「うわぁぁぁ!く、来るな!」
俺は必死に腕を振り回すが、奴は口元に薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。
「やった!真の勇者であるライト様が偽勇者を倒した!」
「殺せ!殺せ!」
見物していた民たちは、俺を殺せと大合唱している。
「さて、どんな拷問にかけて殺してやろうか」
なぶるような笑みを浮かべて近づいてくる奴に、俺は絶望していた。
くそ。なんで俺がこんな目に。そもそも俺は勇者になんかなりたくなかったんだ。
俺がこんな目にあう原因は何だ?そうだ。シャルロットに召喚されてしまったからだ。
召喚なんかされなかったら、俺は日本で面白おかしくいきていけたんだ。全部奴が悪い。
「決めた」
奴が一歩足を踏み出したとき、恐怖のあまり俺は思わず小便を漏らしてしまう
俺がながした小便は俺の炎の魔力に反応し、蒸発していく。アンモニアガスとなって奴の顔面に噴出した。
「うわっ!くせっ。目に染みる」
奴が思わず一歩下がった時、俺を拘束してた土魔法が切れた。
「しめた!『爆煙流』」
俺は足元の地面に炎の魔法を使う。砂に含まれていた水分と反応して、すさまじい爆煙が巻き上がった。
「今だ!」
煙に紛れて、一目散に闘技場の出口に向かうのだった。
警備していた騎士たちが、慌てて俺を止めようとした。
「止まれ!」
「どけ!邪魔するな!」
フレイムソードで騎士たちを切り捨てる。
ライトならともかく、てめえらみたいな雑魚に俺が止められるかよ。
闘技場から脱出した俺は、一目散に王城に逃げ込む。王を始めとする多くの者たちが闘技場に集まっていたので、中にいたのはわずかなメイドや警備兵のみだった。
「きゃああああ!」
「偽勇者が来た!」
騒ぎ立てるメイドや立ちふさがる兵士たちを切り捨て、血だらけになりながらも目的の部屋にたどりつく。
「シャルロット!」
いきなり飛び込んできた俺を、シャルロットは驚いた顔で迎えた。
「光司様、どうされたのですか?そんなお姿で」
確かに今の俺は、素っ裸の上全身切り傷だらけ、火傷だらけの酷い有様である。
「ライトにやられたんだ。奴は今すぐにでもここに来るだろう」
それを聞いて、シャルロットの顔にも恐怖が浮かぶ。
「今すぐ俺を元の世界に戻してくれ!」
俺の頼みに、シャルロットは頷いてくれた。
「わ、わかりましたわ。ですが、その代わり私も連れて行ってください」
「そうだな。ここにいたら殺されるだけだ。二人で逃げようぜ」
俺たちは金になりそうな金貨や宝石とコカワインをバッグに詰め込むと、二人で城の奥にある「召喚の間」に行く。
そこは壁一面に白い文字で計算式のようなものが描かれていた。
「これはなんだ?」
「伝承によると、光の神コスモスのお姿の一部を壁に書き写したものといわれています」
シャルロットは壁の一部に手を触れて、呪文を唱える。
すると、白い文字が輝きだし、「召喚の間」に扉のようなものが浮かび上がった。
「さあ、いきましょう」
シャルロットが扉を開けると、そこには懐かしい日本の俺の家の映像が浮かぶ。
ああ、このオンボロ屋は間違いなく俺の家だ。俺は帰れるんだ!
「ああ、一緒に俺の世界に行こう」
次の瞬間、俺は宝が入った鞄を掴むと思い切りシャルロットを突き飛ばし、扉に飛び込んだ。
「光司様!」
「わりいな。元の世界じゃ俺はただの高校生なんだ。女連れていけるほどの身分じゃねえんだよ。うちは貧乏なんで、てめえみたいな役立たずの無駄飯ぐらいを養う金もねえしな」
中に入って内側から閉めると、扉が消えていく。
「そんな!私を見捨てるなんて!」
向こうからシャルロットの悲鳴が聞こえるが、もう俺には関係ない。
「あばよ。なかなかいい思いができたぜ」
そう言い捨てて、俺は異世界への扉が消えていくのを見守る。
こうして、俺は元の世界に帰ることができたのだった。
「逃がしたか」
煙が晴れると、光司の姿は闘技場から消えていた。
まあいい、どうせ奴はこの王都から逃げられない、あとはゆっくり追い詰めて殺すだけだ。
「勇者様の勝利だ!」
「勇者ライト様!万歳」
何か民衆が騒いでいるが、俺は無視して『耀きの球』を道具袋から取り出すと、天高く放り投げた。
「『防御結界モード』発動」
俺の命令を受け、空に浮かんだ『耀きの珠』からオレンジ色の光の結界が発動し、王都を覆う。
「これで王都は光の結界に包まれた。何人たりとも逃げ出せないだろう」
俺の言葉に、審判面で闘技場に残っていた宰相がおもねるように口を開いた。
「な、なるほど。奴を逃がさないように結界を張ったのですな。では、さっそく逃げた光司をつかまえて……」
「必要ない。奴は俺が追い詰めて殺す」
俺は宰相の言葉をピシャリと否定する。
「そ、そうですか?あ、あの。なぜ剣をお仕舞いにならないのでしょうか」
レーザーソードを掲げてジリジリと近づいてきた俺に、宰相は不安そうな目を向けてきた。
「それはな……次はお前たちだからだよ」
そういうと、俺は宰相の首を一気に刎ね飛ばすのだった。
「何をするのじゃ!」
貴賓席で見ていた国王が仰天したような声を上げるが、俺は無視して騎士たちに切りかかっていった。
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