第46話 逮捕
俺はボガード。闇ギルドを支配する顔役だ。
最近の俺たちはすべてがうまくいっている。
農地が壊滅したので地方から出てきた元地主、商会の経済破綻により困窮した商人たち、失業した冒険者たち、領地をうしなった貴族たち、教会を追われた神官たちが、酒と憂さ晴らしを求めてスラムにあつまってきている。
奴等は元の場所から逃げ出すときにいくらか財産を持ってきていたが、慣れない都会暮らしと故郷を追われたストレスで、あっという間に酒とギャンブルにおぼれて散財していった。
そのおかげで闇のギルドは大盛況である。また、俺たちのバックには頼もしい勇者様がついているので、たとえ騎士たちですら手を出せなかった。
そしてその勇者様は、今ではすっかりアル中になって俺の言うことを何でも聞く手下になっていた。
「さ、酒をくれ……」
「勇者様。ただでは差し上げられませんな」
必死に酒をもとめる勇者光司に、わざと焦らすように酒瓶を見せつけてやる。
「お、俺にできることならなんでもする」
「では、これからも私の言うことをきいてくださいますな」
勇者が頷くのを見て、俺は酒をグラスに注いでやる。それを飲んだ勇者は多少落ち着いたようでふーっと息を吐いた。
「ああ、うめえ。やっぱこれが一番だよなぁ」
「勇者様に気に入られたようで、何よりです。これからもいい関係を築いていきましょう」
「ああ。任せな。いずれ俺はこの国の王になるんだからよぅ。そうなったらお前も取りたててやるぜ。貴族にでもしてやろうか?」
上機嫌でそんなことを言う勇者に、俺はひそかに失笑した。
ふふふ、こいつが王になるだと?身分すらわきまえぬとは、異世界人とはある意味羨ましくなるほど能天気なものなのだな。
だが、王子亡きあと有力な王位継承者候補はシャルロット姫である。こいつは確かにその婿として、王配につく可能性が高いのだ。
そうなったら、この俺が腹心として貴族になり、いずれはこの王国を裏から支配することも夢ではない。
「そうなったら、俺を宰相にでもしてもらいましょうか」
「おう、任せな」
ただの裏社会のチンピラの子として産まれた俺が、やがて宰相になり、すべて貴族たちの頂点にたつ。
そんなバラ色の夢に浸っていた俺の前で、勇者光司は酔いつぶれて眠りに落ちていった。
「ふふふ、この俺が宰相か。悪くないな。ならせいぜいこいつを利用してやろうか」
だらしなく酒瓶を抱いて寝こけている勇者をみながらそうつぶやいたとき、慌てた様子の部下がやってきた。
「親分!一大事です」
「なんだ?」
せっかくいい気分に浸っていたのに、無粋な奴め。
「騎士隊が襲ってきました。ギルドの構成員が皆殺しにされています」
「なんだと!?」
バカな!勇者をバックにもつ俺たちには、騎士といえども手出しできないはずだ!
「勇者様!起きてください!」
泥酔して寝込んでしまった勇者の頬を必死で叩くが、奴は起きようとしない。
「なんだよぅ。うるせぇなあ……ぐーーっ」
ええい、この役立たずのへぼ勇者め!
「チンピラどもを集めろ!こうなったら徹底抗戦だ!」
「む。無理です。すでに館は騎士たちに取り囲まれててます」
くそっ!こうなったら俺だけでも……。
今までためた財産をもって、逃げ出そうとするが、騎士たちに館に踏み込まれてしまう。
「大人しくしろ!闇ギルドのドン、ボガードよ。禁薬を売った罪で拘束する」
たくましい騎士たちに剣を突きつけられてしまう。
「お、俺たちのバックには勇者がいるんだぞ。お前たち、俺たちにこんなことをして、覚悟ができているんだろうな」
必死に勇者の権威を言い立てるが、騎士たちに鼻で笑われてしまった。
「勇者?ああ、そこで寝ている酔っ払いか?」
騎士たちはソファで寝ている光司を乱暴に縛り上げる。
なんだこの対応は?勇者に敬意を払わないなんて。
もしかして、俺たちは勇者という権威を信じすぎてしまったのか?
「連れていけ!」
俺たちは、勇者ごと騎士によって連行されてしまうのだった。
予は国王ルミナス。スラムの闇ギルドを壊滅させた予は、騎士たちから捜査結果を報告されていた。
「いや、酷い物でした。闇ギルドを捜索した結果、勇者光司の悪行の証拠を見つけることができました」
それによると、光司は闇ギルドの違法金利貸し出しに手を貸し、不当な取り立てを行い大勢の罪もない者たちを奴隷に落としていたらしい。
他にも違法ギャンブルを繰り返していたり、禁酒の販売をしていたり、貴族や商人を脅しつけて金や娘を奪っていたりしていた。
もはや勇者として許される限度を超えており、街の者たちは貴族平民関係なく奴を憎んでいた。
「俺の婚約者も勇者に奪われてしまった。国はいったい何しているんだ」
「私の親戚も、勇者の違法な取り立てによって奴隷に落とされてしまった。奴を放置した国が悪い」
「父は奴が売ったお酒におぼれて廃人になってしまった。あいつは勇者なんかじゃない。ただの悪党だ」
そのような声が市民から上がっている。ただでさえ勇者の評判が落ちているところに、今回の避難民たちの虐殺である。
「勇者は俺たちを救ってくれると思っていたけど、それは間違いだった」
「勇者は女子供も容赦なく焼き殺したらしい。俺たちもどうなるかわからないぞ。明日は我が身だぞ」
なにせ王都を一歩でも出れば、勇者によって焼き殺された避難民たちの死体が転がっているのである。民たちが不安に思うのも無理はなかった。
そして勇者の悪評が広がると同時に、民たちの間に不穏な考えが広まっていく。
「やはり、ライト様が真の勇者だったんだ」
「俺たちは偽勇者に騙されていたんだ」
光司の評判が落ちると共に、ライトが各地で広めた自らの冤罪話が、毒のように民の間に染み渡っていく。
「今からでも遅くない。コルタール地方から来た奴らの話によると、公爵を処刑したことで民たちは許されたらしい」
「つまり、俺たちが助かるには反乱を起こして王家の奴らを処刑するしかないってことか」
そのような意見まででる始末で、このまま民の不満を放置しておけば暴動が起きる可能性があった。
ほとほと困り果てた予は、宰相に相談する。
「宰相よ。予はどうすべきか」
「仕方がありません。方針を変えましょう」
宰相はライトの冤罪を公的に認め、彼を真の勇者として認めて厚く遇することで民の不満をなだめようと提案してきた。
「しかし、ライトが納得するだろうか」
「問題ありません。奴に復讐を遂げさせてやればいいのです」
ライトが王都に現れたら、丁重にもてなして闘技場での裁判をやり直す。
そしてすべての罪を偽勇者光司に押し付け、彼の手で決着をつけさせるという方策だった。
「その後に姫の一人を奴の妻にくれてやり、金と女をあてがって奴の怒りをなだめる。そうすれば、王国は真の勇者の加護を得て、ふたたび繁栄するでしょう」
「……ううむ。それしかないか。光司は牢にいれておるのじゃったな」
「はい」
防衛大臣が頷く。
「ライトが来るまで、禁酒を与えて骨抜きにしておけ。拷問などして下手に刺激をするな。やけになって暴れられたらかなわぬからな」
「はい」
薄笑いを浮かべて防衛大臣が退出する。
「それから、シャルロット姫がお怒りになられています。なぜ真の勇者である光司を牢になどいれるのかと」
「知らぬ。捨て置け。あやつはもう用済みじゃ。適当に自室に軟禁しておけ」
予はなんとかこの方策がうまくいってほしいと、神に祈るのだった。
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