第45話 決裂

「光司をよべ」

国王に呼び出された光司は、最初から不機嫌だった。

「なんだよもう。いい気持で酒を飲んでいたのに」

酒の匂いをプンプンさせながら愚痴をもらす光司に、国王は詰問する。

「貴様は魔王となったライトを倒すと予に約束したな」

「ああ、あんな奴、俺にかかればちょろいぜ。ひっく」

しゃっくりをしながら胸をそらす光司に、国王は怒鳴りつける。

「なら、なぜ未だに王都にとどまっておるのだ!さっさとライトを倒してこい!」

そう言われた光司は、不満そうに頬を膨らませた。

「なんだよ。奴がどこにいるかもわからないのに、王都を離れても仕方ねえだろうが。だったら、王都で待ち伏せしていたほうがいいだろうが」

そう返されて、国王は言葉に詰まった。

「……魔王がどこにいるか探るのも、勇者の務めであろう」

「なんだそれ。だいたい、お前は何やってんだよ。大勢の兵士や騎士を抱えているくせに、ライト一人倒せないのか?」

光司の言葉に、国王は眉間に皺をよせた。

「……もはや奴は以前のような、ただの照明係ではない。勇者の力が覚醒した上に、魔王の力まで手に入れておる。悔しいが、兵士や騎士たちでは対抗できん」

「はっ。だったら俺の力が必要ってことだな。奴が王都に来たら俺を呼べ。それまで俺はまったり過ごさせてもらうぜ」

そういって帰ろうとする光司を、国王は呼び止めた。

「待て。そんな悠長なことは言ってられないのだ。実は避難民からの情報で、宗教都市エルシドがライトに滅ぼされたことがわかった。マリア殿も殺されたらしい」

「マリア……って誰だったっけ。ああ、思い出した。聖女とか名乗っていたビッチだな。いつのまにかいなくなっていたので、忘れていた」

どうやら酒と女におぼれていて、マリアのことも忘れていたらしい。一度は勇者として擁護した光司の醜態に、国王は血管がきれそうになるが、なんとか抑えて命令した。

「国王として命じる。勇者として王都の外にいる避難民たちを慰撫してまいれ」

「え~なんで?めんどくせぇ」

「逆らったら、支給している給金も打ち切りにして王都から追放じゃ!」

そこまで言われて、光司はしぶしぶ頷く。

「わーったよ」

こうして光司は兵士たちとともに、王都の外にある避難民キャンプに向かうのだった。




俺は光司、魔王を倒した勇者だ。

今俺は騎士たちに連れられて、難民キャンプに来ているが、その環境は酷い物だった。

あちこちに汚らしいテントが立っていて、襤褸を来た人間たちが寝転がっている。

中には病気にかかっている奴もいるみたいで、膿で全身が爛れていたいたり激しく咳込んでいたいたりする奴があちこちで見かけられた。

俺が難民キャンプに近づくと、汚い恰好をしたガキたちが近寄ってくる。

「わーい!勇者様だ」

「僕たちを助けにきてくれたんだ」

鼻水がついた手で俺に触れようとしたので、俺は思い切り蹴り上げてやった。

「汚い手でさわんじゃねえ!」

「ぐはっ」

俺にけられたガキは10メートルも吹っ飛び、地面にたたきつけられる。

「坊や!」

それを見ていた母親らしい汚い女が、慌ててガキに駆け寄った。

「坊や!ああ、坊や、しっかりして!」

必死に揺らして起こそうとするが反応はない。ガキは首の骨を折って絶命していた。

無視してそのまま行こうとしたら、母親に怒鳴りつけられしまった。

「なんてひどいことを!坊やが何をしたっていうの?」

「知るか。そのガキが俺に触れようとするから悪いんだ」

汚いガキの分際で俺に近づくなんて100年はええんだよ。

「この人殺し。それでも勇者なの?」

「ああん?なんか文句あんのか?」

フレイムソードを抜いて切り捨ててやろうとしたら、周りの騎士たちに止められた。

「ゆ、勇者様。私たちは難民を慰撫しに来たのです。ここでそんなことをすれば……」

「チッ。わかったよ」

その女は騎士たちに任せ、俺たちは避難民たちのキャンプの中央にある広場にいく。

去っていく俺の後ろ姿を、その女は恨みを込めた目で睨んでいた。


広場には粗末な台がおかれていた。

俺は騎士たちに促され、しぶしぶその台に昇る。

「おお、勇者光司様!」

「我々の救世主様!」

俺が台の上にたつと、避難民たちから熱狂的な歓声があがる。

しかし、俺はどこか冷めた目で民たちを見ていた。

こいつら、どいつもこいつも不細工で汚い面してやがる。美少女に褒められるならいい気分になるが、薄汚いおっさんたちにあがめられても嬉しくないんだよ。

ああ、早く帰って酒が飲みてえと思っていると、騎士たちが俺を民たちの前に押し出した。

「さあ、勇者様。魔王の脅威に震える民たちを安心させてください」

騎士たちはそんな事を言っているが、何を言えばいいんだ?

自慢じゃないが俺は元の世界でも人前で話したことはねえし、何を言えばいいかからない。

ただ台の上で立ち尽くしていると、民たちが勝手なことを言い始めた。

「勇者様、おらたちの農地を取り返してください」

逃げてきた農民が、俺を拝みながらそう要求する。

「勇者様、俺の金を取り返してください。魔王のせいで一文無しになったんです」

ボロボロの服をきた商人らしい男が頼み込んでくる。

「もう仕事がみつからないんです。俺を仲間にしてください。なんでもしますから。ああ……腹が減った」

腹をすかせた冒険者らしい奴らが、パーティ全員で土下座する。

「あんたは神の使徒なんだろ?ヴァンパイアになってしまった息子を助けてくれ」

傷だらけになった地方貴族らしい中年男が、隣で縄に縛られている人型の棺桶を指さして懇願した。

「勇者様……お願いします。光魔法で、病み苦しむ父の病気を治してください」

汚れた服を着た少女が、全身が腫れあがった父親を抱いて涙を流していた。

奴等の勝手な願いを聞いていた俺は、だんだん腹が立ってくる。

なんでも勇者に頼めばなんとかなるってか?俺にはそんな力はねえよ。神様にでも頼むんだな。

「うるせえなぁ」

それはほんの小さな一言だったが、俺の前にいた避難民たちが聞いていたらしく、怒り出した。

「なんだその態度は、それでも勇者なのか!」

それを聞いた俺は、今まで我慢していた不満を思い切り吐き出した。

「うるせえって言ってんだよ。勇者勇者となんでも押し付けてんじゃねえ。農地を返せ、金を取り返せ、病気を治せだと?知らねえっていってんだよ。自分でなんとかしろ」

俺の言葉を聞いた民たちは、シーンと静まり返る。

「もう一度いう。自分たちでなんとかしろ。俺はお前たちのことなんて知らん。勝手に野垂れ死んでしまえ!」

それを聞いた避難民たちは、怒りに声を張り上げた。

「なんて言いぐさだ!今までさんざん勇者って威張っていたくせに」

「勇者なら勇者らしく、俺たちを救え!」

あまりの言い草に、俺が思わずフレイムソードを抜きかけた時、女の叫び声が響き渡った。

「そいつは勇者じゃない!ただの人殺しよ!

避難民たちが一斉に声がした方をみる。そこには、首が折れた子供の死体を抱きかかえた女が立っていた。

「私の坊やは、そいつに殺されたの。汚い手で俺に触れるなって!」

女はそういいながら泣き崩れる。それを見ていた避難民たちの間から、次々と声が上がった。

「そうだ。俺もみていたぞ。勇者が子供を殺すところを」

「子供を殺すような奴は勇者じゃねえ!偽物だ!」

その声は、燎原の火のように広がっていく。

「やっぱりライト様がいう事が正しかったんだ」

「俺たちは騙されていたんだ!こいつは偽勇者だ!」

「こいつをライト様に差し出して、許しを請おう」

ついには、俺にむかって石を投げつけてきた。

「やめろ!勇者様に無礼だぞ!」

騎士たちが必死に止めようとするが、興奮した民衆は止められない。

「偽勇者を倒せ!」

ついには、俺に向かって殺到してきた。

上等だぁ。お前らがそのつもりだと、容赦しねえぜ。

俺はフレイムソードを抜き、襲い掛かってくる避難民たちに切りかかっていくのだった。

予は人間の王国の王、ルミナス一世である。

今王国は、魔王ライトの侵攻により、各都市が滅ぼされてしまい存亡の危機に瀕していた。

今後の対応を協議するために宰相以下主だった閣僚を招集する。

しかし、何人かの貴族たちは欠席していた。

「文部大臣や通商大臣、儀礼大臣はどうした」

「それが、酒による二日酔いで出席を見合わせると……」

王都を守る防衛大臣が苦り切った表情で答えた。

「何を言っておる。今は国の非常時じゃ。首に縄をつけてでも連れてこい!」

そういって騎士を派遣するが、連れてこられた大臣たちは酒に狂っていて使い物にならなかった。

「うい……ひっく。酒はまだか?」

「酒が切れた……苦しい」

「いくらでも払う。便宜も図ってやる。だ、だから……酒をくれ……」

奴らは焦点の合わない目をしており、狂ったように酒を求めていた。

「ええい!このものたちを職務怠慢で首にする。牢にでもぶち込んでおけ!」

騎士たちに連れていかれる元大臣を見送った後、残った者だけで閣議を再開する。

しかし、各大臣の報告は状況の悪化を告げるものばかりだった。

「コルタール他方の壊滅で、王都の食糧不足は深刻なものとなっております。このままでは飢饉が発生します」

「オサカの街の経済破綻により、王国の経済は疲弊の極に達しています」

「インディーズの冒険者たちはほとんど全滅状態です。傭兵として集めようにも難しいかと」

「援軍を求めようとしても、地方の貴族との連絡が途絶えました。ヴァンパイアが発生して大混乱に陥っているという情報もあります」

「宗教都市エルシドの壊滅により、聖水やポーションの供給が途絶えました。今後の医療には深刻な影響が考えられます」

各臣は青い顔をして、それそれの分野での報告をするが、そのどれもが予をいらただせるものばかりだった。

「ええい。いずれ魔王が攻めてくるというのに、この体たらくはなんじゃ!」

各大臣の報告をまとめると、今の王都には食料も金も兵も薬もないということになる。

こんな状態で魔王に攻められたら、なすすべもなく滅ぼされるだろう。

さらに、王都内部にも深刻な問題が発生していた。

「禁薬……じゃと?」

「はっ。スラムの闇ギルドが発売している酒に、危険な薬が混入されていることがわかりました」

防衛大臣は、気泡が浮かんだワインを取り出して見せる。

「このワインに、コカの実を精製した禁薬が入っていることが判明したのです。スラムのカジノを利用している貴族たちの間に、急激に広まっています」

その禁薬とは、飲むと「ハイ」な感覚になり、極めて幸福な感覚になり、やる気に満ち、自信にあふれた人になったような気持ちになる。

しかし、依存性が大変高いので、使用量もどんどん増え、あっという間に中毒者になってしまうらしい。

そしてそのまま乱用の繰り返していると、幻覚や思考の異常、精神錯乱などの症状が出始める。

また、不眠や疲労困憊、焦燥感、うつなどの症状が始まり、最後には発狂して死に至るというものだった。

「貴族の間に広まっているじゃと……まさか」

「はっ。先ほどの大臣たちもおそらくは中毒患者になっていると思われます」

うむむ、予の知らないうちにそんな禁薬が蔓延しておったとは。

「この酒の販売は闇ギルドが行っているものですが、勇者殿も関わっているようです」

治安維持を担当する防衛大臣は、売られているコカワインのラベルを見せる。

そこには光司の絵が描かれており、「勇者の酒」と書かれていた。

「ぐぬぬぬ。奴め!勇者の名を汚す行いをしおって!戻ったら罰を与えてやる」

そろそろ、勇者を利用するのも限界か。

奴を甘やかして好き放題させたせいで、民の間にも不満が広まっている。ここらで罰を与えて、しつけ直さねばならぬ。

そう思っていると、避難民の慰撫に向かわせた騎士たちが帰ってくる。彼らは疲れ切った様子で、体中血にまみれていた。

「なにがあった?」

「はっ。実は……」

騎士の隊長から報告を聞いた予は、激怒した。

「光司は避難民たちを皆殺しにしたのか」

「はい。私たちも必死に止めたのですが、奴は容赦なく民たちを虐殺しました」

そう答える騎士たちの顔には、怒りが浮かんでいた。

これはまずい。いくら避難民とはいえ我が国の民じゃ。勇者が無辜の民を虐殺したなど広まれば、民の不満が抑えきれなくなる。

「それで奴はどうしたのじゃ」

「『酒が切れた』と申して、闇ギルドに向かいました」

それを聞いて、予は決心した。

「騎士隊をだせ。全兵力をもってして、勇者を捕らえよ。邪魔するようであれば、スラムの闇ギルドも壊滅させるのじゃ」

予は王都を蝕む禁薬を根絶やしにすべく、配下の全兵力をスラムに向かわせるのだった。


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