第42話 教皇の末路


マリアにしてやられて悔しい気分のまま、俺は救護院を出る。

周囲には、大勢の病人が群がっていた。

「ああ……マリア様。お救い下さい」

「……私たちに、安らかな死を」

彼らは、苦しみのない死を求めてマリアに祈りをささげていた。

「マリアは死んだ」

俺がそう告げると、彼らは絶望して地面に伏して涙を流す。

「そんな!神様、お願いします」

「もうこれ以上苦しみたくありません!救いを!」

天に向かって祈りだす。俺は人間というものが、神に翻弄されるだけの存在だと知り、虚しさを感じていた。

「……わかった。お前たちに救いを与えてやろう」

俺は空に浮かび上がり、両手を天に掲げて魔力を集中する。俺の魔力を受けて、上空に真っ黒い雷雲ができてエルシド中を覆った。

「ひっ!魔王ライト!」

俺をみた民たちが、恐怖の叫び声をあげる。

「嫌だ!死にたくない」

逃れる場所を探して、一目散に逃げ散っていく。

勝手なことを言う。お前たちは死にたいんじゃないのか。どいつもこいつも、神にいいように操られるだけの哀れな人形たちめ。

「極大光魔法 『暴雷嵐(エビルサンダーストーム)』」

俺は腹立ちまぎれに、全力で雷を放つ。

エルシド中が雷に覆われ、光の結界に覆われていた大灯台にいる者以外のすべての命が刈り取られた。

「あとは、教皇とその取り巻きだけか」

大灯台を見ると、恐怖の表情を浮かべた教皇と枢機卿たちが最上階から街を見下ろしているのが見えた。

「光の結界の中にいる自分だけは、病気とも無縁で安全だと思っているんだろう」

普段、上から目線で正義や博愛を語っているのに、いざとなると真っ先に自分の保身に走る卑怯者たちめ。

俺はエルシド中の魂を集めて、光の結界を一点突破できる闇魔法を展開する。

病魔で死んでいった者たちの苦しみや、俺の雷で打たれて殺されていった者たちの恨みが集まり、巨大な闇の矢を形作った。

「極大闇魔法『極闇矢(ノアルーア)』」

俺が闇の矢を打つと同時に、大灯台の祭壇から光の矢が放たれる。

二つの矢は真正面からぶつかりあい、すさまじい衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばしていった。



少し前。大灯台の中

「あっ。教皇様……お返しください。そ、それは私の下着でございます」

「はあはあ、おとなしくしろ。神の代理人たるワシがそなたの信仰を試してやるのだ」

ワシは今、私室で修道女にありがたい教えを説いている。たった今、その娘の下着をはぎ取った所じゃ。

まだ若いその修道女は、恥辱のあまり顔を真っ赤に染めていた。

「ぐふふ。若いムスメはたまらんのう」

「き、教皇様。見損ないました。あなたがこんなことをする変態だったとは……」

誰が変態じゃ。これはその、神の試練なのじゃ。

下着を頭にかぶって娘を追い回していると、マリアともこういうプレイをしたことが思い出されてくる。

そういえば、マリアはどこにいったのじゃろうか。大灯台にはいなかったので、街に取り残されたのかもしれない。

まあよい。大灯台にはワシの身の回りの世話をするという名目で集めた若い修道女も大勢いる。当分退屈することはないじゃろう。

「ほれ、捕まえた。おとなしくするのじゃ」

「あれー!神様、助けてください」

ぐふふ。神は助けになどこぬわ。なぜならワシが神の代理人なのじゃからな。

娘を捕まえて、いざベッドに連れ込もうとした時、慌てた様子の聖堂騎士が部屋に入ってきた。

「教皇様!大変です!」

「なんじゃ!そうぞうしい。後にせい。今、ワシはこの娘に神の教えを説いているところじゃ」

せっかく新しい娘を味見するところだったのに無粋な奴め。

「そ、そのようなことをしている場合ではございません。魔王ライトが……」

「おう、とうとう現れたか」

ワシは娘を放り出して、最上階に昇る。すでに枢機卿たちも集まっていて、怯えた目で街を見下ろしていた。

「魔王はどこじゃ」

「あ、あそこに」

枢機卿が指さす方向を見ると、黒いローブを纏った男が浮かんでいるのが見えた。

「ほう。これは都合がいい。これで奴もおしまいじゃ」

ワシは祭壇に向き直ると、『輝きの球』を防御結界モードから迎撃光線モードに変更しようとする。

その時、ライトが両手を高く掲げ、光の魔力を放出した。

「何をするつもりじゃ」

悪い予感がして、モード転換を一時中止して結界を維持する。

しばらくして、ライトの頭上に雷雲が発生した。

「あ、あれはまさか、伝説の勇者ライディンが使った極大光魔法か?」

まずい、あれには都市一つまとめて滅ぼすほどの威力があると記録に残っている。

ワシが『耀きの珠』に魔力を捧げて結界を強化すると同時に、轟音と共に無数の雷が落ちてきて、視界すべてを覆った。

「こ、これは……」

雷がおさまると、街のあちこちで黒焦げになった死体が転がっている。このエルシドにいる者は、大灯台の中にいた者をのぞいて全滅していた。

「は、はは、馬鹿め。あれだけの大魔法を使ったのなら、魔力が尽きたはず。今『耀きの珠』の光の矢を放てば、ライトを倒せる」

ワシは慌てて祭壇を迎撃光線モードにして、魔力を再チャージする。

しかし、ライトは今度は両手に闇の魔法を纏いだした。

「あれは……死者の魂を吸収して、魔力に変換しています」

枢機卿たちが恐怖の声をあげる。クソっ、間に合え!

魔力再チャージが終わり、光の矢が発射されると同時にライトも闇の矢を発射した。

相反する二つの属性を持つ矢が激突する。しかし、次第に黒い矢が白い矢を呑み込んでいき、オレンジ色に変色していく。

「うわぁぁぁぁ!」

ついに白い矢は消滅し、オレンジ色の矢が大灯台に激突した。

「だ、大灯台が崩れる!」

すさまじい衝撃により、大灯台にひびが入っていく。

最上階の床が轟音を立てて崩れると同時に、ワシは『輝きの球』を抱きしめて結界を張っていた。

「まずいな。皆殺しにしてしまったかも」

俺は上空から眼下の惨状を見下ろして、ちょっと後悔してしまう。

大灯台は完全に崩れ落ちて、中には騎士や修道女、枢機卿たちのぐちゃぐゃになった死体が転がっていた。

「教皇だけは拷問して殺してやりたかったんだが」

奴の死体を探していると、瓦礫の中から一人の太った中年男がはい出してきた。

「はぁ……はぁ……誰かいないのか?ワシを助けろ」

聖帽をかぶったその男は、俺が探していた教皇マルタールだった。

その胸には「輝きの球」が抱かれている。

「『輝きの球』で結界を張って、自分の身だけは守る事が出来たのか。運のいい奴だ。いや、運が悪いのかな」

これから凄惨な罰をうけることになるのだから。

教皇の前に降り立つと、奴は震えあがって逃げようとした。

「ひっ!魔王ライト!」

後ろを向いて走り出そうとしたが、瓦礫につまずいて転んでしまう。

俺はその背中を踏んづけてやった。

「や、やめろ!『輝きの球』よ。ワシを守れ!」

必死に魔力を込めて結界を張ろうとしたが、『輝きの球』は発動しなかった。

「残念だったな。『輝きの球』は祭壇に設置されていると自動発動できるが、そこから外されると発動に光の魔力が必要になる。お前には点火する魔力すら残ってないみたいだ」

「ひいいっ!」

最後の頼みの綱が断ち切られて、教皇は絶望する。俺は『輝きの球』を取り上げると、道具袋に入れた。

「や、やめてくれ。殺さないでくれ!」

教皇はみっともなく命乞いを始めた。俺が足を離してやると、土下座を始める。

「すまなかった。お主を冤罪に落としたのはマリアにたぶらかされたせいなのじゃ」

「知っているさ。マリアは死んだぞ」

マリアの死を告げられて、教皇はますます卑屈になる。

「な、ならもう復讐は果たされたじゃろう。そうじゃ、お主を勇者の正統後継者として教会が公認し、その後ろ盾となろう。そうなれば、いずれ王位すら夢ではないぞ」

「残念だが、俺は勇者にも王にもなるつもりはない」

そう言われた教皇は絶望した顔になる。

「た、頼む。金も女もいくらでもやる。ワシの命だけは助けてくれ」

地面に頭をこすりつけて頼み込む教皇に、俺は優しく告げてやった。

「いいだろう。今から言うことをやりとげたら、命だけは助けてやろう」

「わ、わかった。なんでも言ってくれ」

そういうやつの前に、腐ったダンジョンラットの死体を投げつけてやった。

「これを食え」

「ひっ!い、いくらなんでも、腐ったネズミを食えだなんて……」

「食わなければ殺す」

そう脅された教皇はしばらくためらっていたが、意を決して口にいれる。

「く、臭い。まずい。気持ち悪い。うぐっ」

「吐き出すな。最後まで呑み込め」

剣で脅してやると、教皇は涙目になりながらもラットの死体を呑み込んだ。

「ぐ、ぐうううううう」

教皇の腹がギュルルとなって、盛大に漏らしをする。同時に全身が腫れあがり、腫瘍から噴き出す膿にまみれた。さらに体に斑点が浮き上がり、とてつもない苦痛が襲い掛かってくる。

「こ、これはなんだ?」

「さっきのラットには、特別強い黒死病の菌を埋め込んでおいた」

俺がそう答える間にも、教皇の息がどんどん苦しくなっていく。

「た、助けてくれ」

「もちろん助けてやろう。命だけは助けてやる約束だったしな」

奴の体に十分に黒死病が染み渡ったのを確認して、『魔化(イビルフィギュア)』の魔法をかけてやる。

教皇の姿がどんどん変わっていき、ネズミと人間の中間のような生物になった。

「グゲゲ……コレハ?」

細くなった呼吸器からゼーゼーと音を出しながら、必死に聞いてくる。モンスターになっても、病の苦しみからは逃れられなかった。

「『ラットグール』という魔物だ。人間に疾病をもたらす魔物として忌み嫌われている。動物の死体や糞尿しか食べることができず、あらゆる毒や病をため込んで苦しみ続ける魔物だ」

俺の言葉を聞いた教皇は、必死になって舌を噛んで自殺しようとしている。

しかし、どんなに頑張っても死ぬことはできなかった。

「無駄だ。アンデッドの一種だから通常の方法だと死ぬこともできない。死ねるとしたら、光魔法による浄化だが……」

俺はやつの醜い姿を見て、残酷に笑う。

「ふふふ、お前はこれから永遠に、光魔法を使って自らを浄化してくれる勇者をさがして世界をさまようことになるんだ。人間に病をもたらしながらな」

俺の言葉を聞いた教皇は、土下座して頼み込んできた。

「タノム……コロシテクレ」

「断る。勇者の血筋の者を冤罪に落とした罰を受け続けろ」

俺は教皇をあざ笑うと、王都にむけて飛んでいく。誰もいなくなった宗教都市エルシドに、魔物になった教皇のみが取り残されるのだった。

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