第41話 マリアの目的

泣き続けるアスタロトは、神と人間への呪詛を漏らす。

「なぜだ!なぜ人間はこんなひどい事をするんだ!俺たちはただひっそりと暮らしていただけなのに」

魔族は以前は世界の支配者として繁栄し、人間を奴隷にしていたという。

しかし、そのおごり高ぶりが神の怒りにふれ、魔法という力を与えられた勇者により駆逐されたと伝えられていた。

「だけど……僕たちに何の罪があったんだ。憎い!人間も、それに力を与えた神も憎い!誰でもいい。俺に復讐のチャンスをくれ!俺はどうなってもかまわない。奴らに復讐を!誰でもいい!」

そう呪詛をつづけるアスタロト。それはまさに、人間に裏切られて絶望したライトとまったく同じ状況だった。

突然、アスタロトの周囲が暗くなり、闇に覆われる。

「こ、これは……?」

アスタロトの前に現れたのは、漆黒の闇が具現化したような黒いローブだった。

『我が名は『復讐の衣』。次の宿主は貴様か?』

黒い衣から、そんな思念が伝わってきた。

「宿主だって……?」

「そうだ。我は神々が作り出した、ただ一つの「正義」を制する為の伝説のアイテム。『正義に立つ側が行った理不尽』に対する是正としてこの世に存在する。我と契約するなら、汝の望みをかなえよう」

黒い衣から、そんな思念が伝わってくる。

「正義に対抗するためのアイテムか。いいだろう」

アスタロトは『復讐の衣』を自ら身にまとう。

「俺は今日から、人間に復讐する。人間が『正義』だというのなら、俺はあえて『魔王』を名乗り、正義を根絶やしにしてやろう!」

エルシド村にアスタロトの高笑いがこだまする。この日『魔王アスタロト』が誕生するのだった。




「まさか、こんなことが……」

「ええ。アスタロトお兄様はこの日『魔王』になりました」

マリアの声が物悲しく響く。

「お兄様、ということは……」

「はい。私の前世は、この時彼の身代わりになって死んだケイオスだったのです」

マリアの前世が魔族だったことに、俺は衝撃を受ける。

それから俺が、アスタロトが魔王として人間を虐殺していくのを見せられた。それはまさに、俺が今までやってきた事そのものである。

このまま一方的に魔王が人間を滅ぼすかと思われた時、魔王に対抗できる存在が現れる。異世界から召喚された勇者ライディンである。

「神にとっては、人間が勝とうと魔王が勝とうがどうでもよいのです。ただ適正値を大幅に超えて増えすぎた人間の数が、戦いの中で減ればそれでよかったのですわ。だから苦しむ人間の祈りに応え、異世界から魔王に対抗できる者を召喚しました」

マリアの声には、どこか怒りが感じられた。

勇者ライディンと魔王アスタロトはすさまじい戦いを繰り広げる。一つの都市を巻き添えにして滅ぼすほどの戦いの結果、勝ったのは勇者ライディンだった。

ライディンのレーザーソードに貫かれ、アスタロトは消えていく。

しかし、彼の魂が天に昇ることは無かった。

「戦いの結果、お兄様は倒されました。これでやっと天に昇れると思っていましたが、『復讐の衣』は彼の魂を解放しようとしなかったのです」

400年後、アスタロトは再び魔王として復活する。

一度滅んで自我を失った彼は、今まで吸収した魂がまじりあって記憶が失われ、もはや人間に対する怨念だけが残った化物と化していた。

「想像できますか?単に肉体の死を迎えるだけなら、どんな悲劇でも天に昇ることで癒されます。しかし、魂が囚われてしまうと、永遠の苦しみにとらわれてしまうのです」

もはや自分が誰であったかも、復讐の理由もわすれて、ただ「神」の命じるままに殺戮を続けるアスタロト。このままでは、彼は永遠に解放されず苦しみ続けてしまう。

「アスタロトお兄様だけではなく、『復讐の衣』には人間との戦いに敗れて無念の死を迎えた大勢の魔族の魂が囚われてしまいました。私はなんとかして、お兄様と仲間の魂を救おうとしたのです」

魂だけになってすべてを見守っていたケイオスは、彼を解放するために、神に魂を売り、ある契約を交わすのだったた。

「アスタロトお兄様と仲間の魂を解放する条件は……彼の身代わりとなる、より強い復讐心と自我をもつ新たな魔王を作りだすことだったのです」

その使命を帯びたケイオスは、コルタール公爵の娘、マリアとしてこの世に再び転生するのだった。

「私はマリアとして転生したのち、第二の魔王となるべき人間を見定めていました。そして、農民の子でありながら勇者の血を引くあなたが適任だと思ったのです」

公爵に対しては、身分に対する拘りを。

大商人に対しては、光魔法をつかった金儲けを。

ギルドマスターに対しては、勇者の血を引くものにたいしての嫉妬を。

教皇については、王位に対する野心を。

国王に対しては、権威を失う事への恐怖を。

そして光司に対しては、光魔法をつかえる正当な勇者ではないという劣等感を刺激することで、本来勇者となるべきだったライトを冤罪に落とす下地を作った。

「あとは見ているだけですべてがうまくいきました。愚かな人間たちは、自ら第二の魔王を創り出したのです。ただ、あなたの家族まで殺されたことだけは予想外でした。そのことは深くお詫びいたします」

マリアはそういって、もう一度深く頭を下げるのだった。


「私の思惑通り、あなたは第二の魔王となり復讐を始めました。そして人間たちと戦うことで、その憎悪はさらに膨れ上がりました。これで私の役目は終わりましたわ」

「……すべて、お前が裏で糸を引いていたのか」

「はい。途中であなたの復讐心が満たされたりしないように、適当に人間たちに肩入れもしました。コーリンに聖水結界のことを教えたりとか。抵抗されたほうが復讐心は燃え上がるでしょう?」

そういってマリアは残酷に笑う。

すべてを知った俺は、彼女に問いかけた。

「これが……真実なのか。すべては神の思い通りだったと。一体、神とはなんなんだ」

「そうですね。まったく自意識をもたず、定められた使命を忠実に処理するための『管理システム』というのが正しいのでしょうね。そこには愛も憎しみも、正義も悪もありません」

マリアによると、神とは世界を維持するという使命を持った電気信号のようなものらしい。増えすぎた種の数を刈り取り、減りすぎた種族に恩恵を与えて世界中の各種族を管理しているのだ。

「神の計画通り、先代から現在まで続く魔王の侵攻でかなりの人間が死んでいきました。それに、次に増えつつあったエルフの数を減らせたのも大きいですわ」

これで世界のバランスは、数百年は保たれるという。

「あなたがこのまま復讐を続けると、王都を滅ぼした時点で計算上は人間に割り振られた適正値に戻ります。おそらく、その後はアスタロトお兄様と同じ運命をたどるのでしょう」

マリアは冷酷に事実を告げた。

「だとしても、俺は復讐をやめるつもりはない」

俺はそう告げると、マリアに向けてレーザーソードを構える。

「無駄ですわ。所詮はあなたも私も神のチェスの駒。私を殺したところで、運命からは逃れられません」

「ほざけ!」

俺はマリアに向けてレーザーソードを突き出す。何の抵抗もなく胸に突き刺さるが、マリアは平然としていた。

「お忘れですか?今の私たちは魂だけの存在。実体がない魂に剣を突き刺しても意味はありません」

「ぐっ!」

そうだった。俺たちの肉体は地上にあるんだった。

悔しがる俺に、マリアは無垢な微笑みを向けてくる。

「あなたにとっては不本意でしょうが、私に復讐することはできません。なぜなら、私の運命はすでに決まっているからです」

マリアの体が縮んでいき、姿を変えていく。そして一行の計算式になった。

「神に魂を売って望みをかなえた者の末路は、魂を神に囚われ、自我を無くして永遠に神の一部になるのです。二度と転生できなくなって消滅すること。これが私への報い。ですが……」

マリアの声が小さくなっていき、無数の計算式の中に紛れていく。

「これでアスタロトお兄様を救えました。たとえ永遠に会えなくなっても、私に後悔はありませんわ。あとはお好きになさってください。勇者を殺そうが、王国を破滅させようが、もはや私には関係ないことです」

マリアの魂が神に呑み込まれ、完全に消滅したことを感じ取った時、俺の魂は地上に戻っていく。

気が付けば、俺は元の救護院にいた。

俺の隣にはマリアが倒れている。慌てて鼓動を探ってみたが、すでにその心臓は動きを止めていた。

「くそっ」

俺は最初からこうするつもりだったことを悟り、地団駄を踏んで悔しがる。

勝ち逃げならぬ死に逃げである。俺の魔王の力はあくまで直接間接的に殺した人間の魂を吸収するもので、自殺したものの魂には及ばないのだった。


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