農業都市コルタール編
第7話
数日後
各地に派遣した兵士たちから報告が入る。
「ラクト村に現れたライトは、自らの冤罪を主張しました。それを認めなかった村人たちはその場て虐殺され、麦畑もすべて焼かれました」
「エレン村も同じ状況です」
「ハルバート町が壊滅しました。逃げ出した避難民から聞くと、奴は女も子供も容赦なく殺戮したそうで……」
兵士たちの報告を聞いた私は、怒りのあまり歯ぎしりする。奴はコルタール領の村々を回って、罪もない領民を虐殺していた。
(いくら何でも、やりすぎだろう。復讐したいなら私だけにすればいい。無力な民に手をだすとは、見下げはてた奴だ)
そんな風に怒りを募らせているが、兵士たちから指示を求められてハッとした。
「閣下、避難民が領都コルタールに集まっています。彼らの処置をどのようにしましょうか」
「見殺しにもできまい。受け入れろ」
領民は国の宝である。私には彼らの生命に対する責任があるのだ。
「御意。慈悲深い閣下に感謝いたします」
しかし、私は後日このことを大いに後悔することになるのだった。
そして一か月後
兵士たちの必死の捜索にもかかわらず、ライトの捕縛はかなわなかった。
奴に遭遇した部隊はすべて全滅させられ、その被害は拡大していく。
そしてついに、すべての村が焼かれて、コルタールの都市は避難民でいっぱいになった。
「腹が減った……炊き出しはまだか?」
人が増えたことで備蓄していた麦ではとても足りずに、食料不足が深刻化していく。
「せめて子供だけでも屋根のあるところで過ごさせてください。このままでは病気で死んでしまいます」
コルタールの町では避難民たちを収容しきれずに、野宿を続けさせた結果、不衛生な環境のため疫病が流行りだしていく。
治安は悪化の一途をたどり、避難民による犯罪も増え、もともとの住民たちとの対立も深刻化していく。
領民たちの不満が高まると同時に、ライトにかけられた罪は冤罪なのではないかという噂も広がり始めた。
「ライトのいう事が正しいんじゃないか?」
「あいつは、本当に本物の勇者の末裔だったんじゃないか?それが冤罪で陥れられたのなら……」
「俺たちは、真の勇者と戦うことになる」
そのことが領民たちを恐怖させる。さらに一部の血迷った民たちは、公然と私を非難し始めた。
「勇者ライトを裏切った、コルタール公爵は彼の前に出て謝罪しろ!」
「勇者様を陥れた罪人は裁かれろ!お前のせいで俺たちは村を焼け出されたんだ!」
私に命を救われた恩を忘れ、流言飛語を飛ばして民を扇動する不届きものたちを兵士に捕らえさせて、皆の前で処刑したが、民たちの不満はおさまるどころか日に日に増大していった。
「お父様……私たちはどうすればいいのでしょうか?」
「大丈夫だアリシア。正義は私たちにある。何も心配することはないよ」
私は不安そうなアリシアを慰めるが、具体的にどうすればいいかわからない。
一種即発の空気がコルタール城下町に広がる中、ついに破滅の日がやって来た。
「申し上げます。偽勇者ライトがやってきました」
その報告を受けた私は、城のベランダから兵士の指さす方向をみる。
黒いローブをまとった男が、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「閣下、ご命令ください。こちらから打ってでて、奴を捕らえましょう」
騎士団長がそう進言してくる。私はそれに同意しかけたが、かろうじて思いとどまった。
(もし兵士たちが城から打って出た後、城内の避難民たちに反乱を起こされたら、コルタール家は滅んでしまう。兵士たちは城内にとどめるべきだ)
そう考えた私は、大声で兵士たちに命令する。
「城門を閉ざせ。奴を城内にいれるな」
「は、はいっ」
私の命令を受けた騎士団長は、あわてて二か所ある岩でできた城門を閉ざす。コルタール城は、厚い城壁に完全に包まれた難攻不落の要塞になった。
「ふ、ふふ。これで奴も入ってこれないだろう。このまま籠城していれば、そのうち王国から援軍がくる」
私が思った通り、城門の前にきた奴は手出しできず立ち往生しているようだった。
「諦めて、どこかに行け」
私がそう願いながら見ていると、奴の手から半透明の剣が生えてきた。
「あれが勇者の剣「レーザーソード」か。だが、いかに伝説の剣といえども、岩でできた門は切れまい」
そう思っていたが、奴は門を切ろうとず、扉の合わせ目に剣を当てていた。
「そんなに出たくないなら、出られないようにしてやろう」
奴の声が響き渡ると同時に、剣が当てられている扉の合わせ目が接合していく。
やがて完全に同一化して、一枚の巨大な岩となった。
「た、大変です。扉が動かなくなりました。もはや、門を開こうとしてもできません」
「なんだと!」
私は兵士の報告を聞いて驚愕してしまう。我々はどうすればいいんだ。このままでは数日もたたないうちに食料が尽きて、みな飢え死にしてしまう。
「あははは。勇者を裏切った罪を思い知るがいい」
呆然とする私たちの耳に、いまや最悪の魔王と化した偽勇者のあざけりの声がこだまするのだった。
私はアリシア。コルタール公爵の次女で、ライトお義兄様の妹です。
私たちはライトお義兄様に攻められて、コルタールの城壁に閉じ込められています。
この状況に、少しでも私にできることはないかと、メイドたちと一緒に城の備蓄の食糧を解放して炊き出しを始めました。
「お嬢様。ありがとうございます」
「あなたこそ、真の聖女です」
民たちに感謝されますが、私はこんなことしかできない無力感にさいなまされていました。
「うう……あのライトに、お父さんが殺された!」
「罪のないわが子まで、あいつは無慈悲に殺した。あの魔王め」
民からライトお義兄様への恨み声を聞くたびに、私の心は締め付けられます。
(違います。お義兄様は本当は優しい人です。勇者の後継者として、常に世界を救いたいと頑張っていました。あの光司とかいう男や仲間たちにどれだけ邪険に扱われても、なんとか役に立ちたいと必死でした)
私が初めてお義兄様とであったころは、まだその髪もふさふさでした。それが無理をして「照明(ライト)」の魔法を使い続けたため、すっかりその頭から髪がなくなってしまったのです。
自分の身を犠牲にしてまで冒険の旅に尽くしたお義兄に待っていたのは、聞くに堪えない冤罪でした。
(お兄様が罪を犯したなんて嘘に決まっています)
しかし、今更そのことを主張しても無駄でしょう。家や麦を焼かれ、家族を殺された民の間では、お義兄様に対する怨嗟がうずまいていました。
「いつかきっと、勇者光司様が助けにきてくれる」
そんな祈りが民から上がりますが、私はそうは思えませんでした。
(あの光司という男は、民のためではなく自分の栄光のために戦っているだけです。すでに目的が達成された今、無償で助けにきたりはしないでしょう)
私の考えは当たり、光司が救いに来ることはありませんでした。
どれだけ勇者に願っても救いがもたらされないことを知ると、民の間に失望が広がっていきます。
「やっぱり、ライトの罪は冤罪だったのでは?」
「彼こそが真の勇者だったんじゃ?」
お義理様が村々で広めた事実が、今になって民に浸透しているようです。
なんて勝手な人たちなのでしょう。彼が断罪されたときは、みんな彼の罪を信じて罵声を浴びせていたのに。
ですが、私にはそれを責める資格はありません。冤罪をかぶせて彼を追い詰めたのは、父をはじめとする国の上層部なのですから。
どこからも救いがもたらされないと知った民たちは、私に救いを求めてきました。
「お嬢様。なにとぞお助けください」
「真の勇者ライト様のお怒りを鎮めてください」
民たちの祈りを聞きながら、私は決心しました。
(私がお義兄様の元に行って、許しを請おう)
私は彼を裏切った父の娘です。もしかしたら八つ裂きにされるかもしれません。民の前でこの身をもてあそばれるかもしれません。
ですが、父の罪を私が償えるならと、奇跡を信じて父のもとに向かいました。
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