第6話

「ゆ、ゆるしてけろ。オラたちは勇者に騙されてたんだ」

「お願い!せめて子供だけでも助けて!」

命乞いをする父を切り殺し、哀願する母を子供もろとも焼き殺す。

「ご、ごめんなさい。ごはんなんて、いくらでも作ってあげるから!そ、そうだ。この体を自由にしていいから。ね、ねえ。私たち幼馴染でしょ。見逃して!」

必死に誘惑しようとする若い娘を、何のためらいもなく一刀両断する。

あっという間にモース村は炎に包まれた。

「うわあああああ!逃げろ!」

家に立てこもっても無駄で、俺を説得することもできないと知った村人たちは、反対側の村の門から着の身着のまま逃げ出していく。

「くくく。逃げろ逃げろ。どうせ逃げても無駄だしな」

俺はあえて追いかけず、ひたすら逃げ遅れた村人たちを虐殺していった。

そして一番奥の家に押し入ると、椅子に座った村長と対面する。

村長は俺を見ると、深いため息をついた。

「やはり、この時が来たか。もはやすべてはおしまいじゃな」

村長の顔には、諦めが浮かんでいた。

「お前は逃げないのか?」

「逃げても仕方あるまい。モース村は滅んだ。無一文で逃げてほかの村に行っても、奴隷にされるだけよ」

さすがに村長ともなれば、財産をもたない村人たちがよその土地にいってもまともに生きていけないことを知っているようだった。

「モーリスはどうなった?」

「まだ生きてはいるだろうぜ。ダンジョンゴキブリの餌になっているだろうがな」

俺がそう告けると、村長は再び深いため息をついた。

「そうか……愚か者め。あれほどお前を追い詰めるなと言い聞かせていたのに」

「知るか。止めなかったお前にも責任があるだろうが」

俺がそう指摘すると、村長は寂しそうにうなずいた。

「わしらの罪は認める。お前の罪も冤罪じゃろう。そのうえで頼む。復讐はこの村だけにとどめて、勇者の正統後継者としてその力を世のため人のために使ってはくれまいか?」

「ふざけるな」

村長の都合のいい頼みごとを、俺は鼻て笑って拒否した。

「そうか……これも勇者の血筋を軽んじた、我々に対する罰なのじゃろう。さあ、遠慮なくワシを殺すがいい」

「そうか。なら死ね」

俺はあっさりと村長の首をはねる。

家の外に出ると、もはやすべての村人たちが逃げ出した後だった。

「さてと……奴らが帰ってこれないようにしないとな」

俺は周囲の麦畑に火をつける。燃え上がる麦畑を見ながら、俺は復讐の愉悦に浸っていた。

「このコルタール地方は、王国の穀倉地帯だ。麦畑を焼いていけば、いずれ王国に深刻な食糧不足をもたらすだろうぜ」

復讐を終えた俺は、村の家々を回って食料と金を集めていく。

「まっていろよ。俺を陥れたすべての者たち」

最後にすべての家に火をつけて、俺は次の村に向かっていった。


私はコルタール公爵。王国の穀倉地帯コルタール地方の支配者である。

つい先日、王都での勇者にかかわるいろいろなゴタゴタを片付けて、帰郷したばかりだ。

「わが娘、マリアを勇者光司殿の第二夫人にすることが決まったし、我が領はこれで安泰だな」

豪華な城のベランダから下を見下ろすと、豊かなコルタールの町が広がっている。

さわやかな風に吹かれていると、ふいにこの平和の犠牲になったわが義息子に対する哀れみが浮かんできた。

(そういえば……ライトはどうなったのであろうか)

さすがに一時期でも娘の婚約者とした者をいたぶる気にはなれず、そのまま彼の故郷に戻したが、平和に暮らしているだろうか。

ライトにかけられた罪はすべて冤罪である。そんなことは、彼を陥れた私たちが一番よくしっている。

しかし、世の中には大を生かすために小を切り捨てる必要もあるのだった。

それに、彼にも罪がある。彼が普通に勇者として活躍していれば、わざわざ異世界から新たな勇者を召喚する必要もなく、何の問題もなかったのだ。

(あの光司という男は、下品で乱暴で女好きだが、勇者を名乗れるだけの力はある。奴が王都でどうふるまおうが、国王が対処すればよい。このコルタール地方には関係ない話だ。私はコルタール領を守るため、ライトを切り捨てたのだ)

そう自分に言い聞かせていると、背後から声がかかった。

「お父様、お義兄様はどうなったのでしょうか。マリアお姉さまとの婚約が解消になったと聞きましたが」

振り向くと、眼に涙をためたわが次女アリシアがいた。

そういえば、この子はライトと仲が良かったな。彼を実の兄のように慕って、よく一緒に遊んでいた。

「ああ、あいつは罪を犯して奴隷となった。今頃は故郷でこき使われているだろう」

「そんな!あの優しいお義兄様が罪を犯すわけがありません。冤罪に決まっています」

そう叫ぶ次女を、私は優しくたしなめる。

「アリシア。もうすべて終わったことだ。ライトのことは忘れなさい」

「嫌です。マリア姉さまとの婚約が解消されたのなら、私と……」

何か言いかける娘の口をふさいで黙らせた。

「わがままを言うでない。すでにやつは偽勇者の烙印をおされた奴隷である。公爵家令嬢のお前と結婚できるわけがないだろうが」

アリシアは納得できないのか、じっと私をにらみつける。

「すでにマリアは真の勇者光司様と婚約が決まった。お前の義兄は彼だ」

「嫌です。私のお義兄様は、ライト様だけです」

アリシアはそう叫んで走って行ってしまう。私は聞き分けのない娘に、ため息をついた。

(やれやれ、アリシアにも困ったものだ。これからどう支配者としての教育をしていけばよいものだろうか)

そんなことを悩んでいると、モース村に派遣していた兵士が使者としてやってきた。

「申し上げます。偽勇者ライトが反乱を起こしました。奇妙な力をふるい、駐屯隊では抑えられません。至急援護お願いします」

「なんだと!」

驚いた私は、すぐにモース村に軍隊を差し向けるが、戻ってきた報告はひどいものだった。

「モース村は全滅。フランチェスコ隊長を含む兵士たちもほとんどが殺されていました」

「周囲の麦畑も焼かれて、今年の収穫は絶望的です」

それを聞いた私は、心の底で後悔する。

(もしかして、今になって勇者の力に覚醒したのであろうか。やはり、あの時殺しておくのだった。いや、後悔している暇はない。今のうちに倒さないと厄介なことになる)

400年前の伝説の勇者ライディンは、単独で魔王軍を打ち破るほど強かったという。その力を受け継いだ者が人類の敵にまわったら、おそるべき脅威になることは予測がつく。

「なんとしても偽勇者ライトを捕らえて殺すのじゃ!」

「は、ははっ」

私は配下の全軍を動かし、ライトを探すのだった。

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