君に見る夢
アサミカナエ
君に見る夢
「あなたと合体したい……」
サークルのボックスで唐突にカヤコは言った。
カヤコが唐突なのは今にはじまったわけではないから
僕は黙って部屋に鍵をかけ、着ていた自分のTシャツに手をかけた。
「違う。そうじゃなくて」
すでに半分脱ぎかけていた僕の顔の前に、カヤコは手のひらを突き出した。
だらりとおろしたほうの手にはアニメのDVDが握られていた。
やれやれと首をすくめるポースをとってTシャツを着直すと、
カヤコは僕の胸ぐらをつかみ、
「ということでパイロットはあーたし」
というやいなや
僕の口をひっつかみ、上下にがばっと広げて
そのままするりと中に入ってしまった。
部屋がしんとしずまる。
やれやれ。
僕は二度目のため息をついた。
*
「コックピットに着いたわ」
しばらくして給湯室でカップラーメンにお湯を入れていると
僕の目の位置よりカヤコの声が聞こえた。
カヤコが唐突なのはいつものことだから、僕は気にしなかった。
「あたしはタカノリと合体した、どうぞ」
「……どーぞ」
「あたしはタカノリを操縦している。これから命令を送る。ラーメンを食べて、どうぞ」
「……どうも」
僕がラーメンをすするとカヤコはうれしそうに笑った。
「あたし、合体してる……」
カヤコが幸せなら、僕はそれでうれしかった。
*
計算違いだったのは、
今回のカヤコは本気だったってことだ。
すぐに飽きて出てくるだろうと思っていたのだが
あれから半年経っても依然、僕の頭の中にカヤコは住んでいた。
僕はカヤコを愛していたから、そんな日々も幸せだった。
しかし、日常は思いがけないことで変化する。
きっかけはサークルに新人が入ってきたことだった。
19歳の麗しき女子、猫田さんは
栗毛色の長髪に切れ長の目で、透き通るような肌を持ち
猫田さんが目の前を通るたびにいい香りと、胸の高鳴りを僕に残した。
僕はカヤコ以外に浮ついた気持ちを持ってしまったのだ。
これではダメだと思った僕は、とうとうカヤコに懇願した。
「カヤコ。出てきてくれ」
「いやよ。あたしはタカノリの一部になるの」
「でも僕は猫田さんを好きになってしまう」
カヤコは一瞬、言葉に詰まってから、
「そう……」
と悲しそうに言った。
とうとうカヤコが僕の願いを聞き入れることはなかった。
*
その後、猫田さんに告白して、めでたく付き合うことになった。
友人たちも、僕たちを祝福してくれた。
「タカノリがまともに戻ってくれてよかった」
「今年になってから独り言が多くなって、みんな心配してたんだぜ」
「やっぱり恋を忘れるには新しい恋だよな」
みんなカヤコについて僕になにも聞かなかった。
カヤコもみんなの声が届いていたはずなのに、なにもしゃべらない。
僕は罪悪感でカヤコに話しかけられず、そのままカヤコを忘れることにした。
*
カヤコが再び話しかけてきたのは、猫田さんと別れた日だった。
「タカノリ、また泣いてる」
ふられて胸が張り裂け満身創痍になり、
堤防の縁で膝を抱え、ひとり泣いている僕への第一声がそれだった。
一瞬誰かわからず、僕はまわりを見渡し、
やっとそれが頭のなかで聞こえていたことに気づいた。
「半年経ったらあたしのこと忘れちゃった?」
「いつも唐突だな。……僕はもうダメだよカヤコ」
「思い出すね、あたしたちが出会ったときのこと」
カヤコと出会ったのは1年生の終わり。
大学内の違う学部の女の子に告白してふられ、学食のホールで泣いていた僕に声をかけてくれたのがカヤコだった。
そして僕たちはその日中に付き合うことになったんだ。
「今回も死にたいと思ったんだ」
「……どうだろう」
「別にどっちでもいいよ」
カヤコは僕に立ち上がるように命令した。
僕は抱えていた膝を放した。
「でも、あたしはあの子たちみたいにタカノリを裏切らない。人間、死ぬときはひとりだっていうけれど、そんなことない。今だって、死ぬときだって一緒だよ」
「君を裏切ったのに、どうして」
目前に広がる川には大きな夕日が映り込み、どぶの上を不安定にゆらめいた。
カヤコは慣れた手つきで、僕の頭の中で二本のバーを握ると、穏やかに前方に倒した。
「いいの。わかってるのよ、あなたのことは、全部。だって、愛しているんだから」
片足がゆっくりと前に出る。
僕は目をつむって思想した。
そうだ、いつだって僕はひとりじゃなか
君に見る夢 アサミカナエ @asamikanae
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