11. VRMMOならダイイングメッセージも好きに残せて遺産相続も安心☆
ポータルを抜けた先は、永遠に凍った青と白の宮殿のような世界だった。
柱という柱。壁という壁。
全部が全部、氷のような、クリスタルのような。光を吸い込んでは反射するスワロフスキーをちりばめたような空間は、まるで冷気を発しているかのように私の体を身震いさせていた。
最初に入った、オムライス屋のラケルをよりヤバくしたような世界とは全然違う。PTを抜けたから、違うダンジョンに出たのだろうか。
でも、こうなるほうがまだマシなのかもしれない。
全く違うダンジョンなら、きっとあっちが本筋になっているはずだから。
「もうさぁ。最初と全然違うじゃん」
隣にいる
「結局、二人でやることになってるしさぁ」
「いや~……☆」
私は笑いながら、手に持った杖を強く握っていた。
「やっぱり無謀だったかな~☆」
「二人でクリアとかできると思う?」
つっけんどんに莉桜が言った。
「悪いなって思ってるよ~☆」
「はぁ~?」
剣に持ち替えた莉桜が、あからさまに作った顔でにらんできた。
「もともとハルに持ちかけたのは私なんですけど~」
「は?☆」
「あやまられる理由とかないのにバカかよって話なんですけど~」
「なんだてめぇ~☆」
地下アイドルがやっていい表情じゃねえだろっていうクソみたいな顔をした莉桜が、クリスタルの柱の奥、次のフロアへと続く氷結した輝くドアへゆっくりと足を進めた。
ドアの前で立ち止まった莉桜が、つぶやくように声を出した。
「年末、いきなりこんなさぁ。クソみたいなお願い聞いてくれるのは、あんたぐらいしかいないからさぁ」
「へへっ……☆」
私は、再度杖を強く握りしめた。気どられないように。気づかれないように。
「それじゃ、ちょっと——」
大きく息を吸い込んだ莉桜が、両手を広げくるっとターンをした。
かと思うと、ピースサインを大きく輝く目に当てポーズを決めた。
「と、いうことで! ここからは私とハルの二人でローグダンジョン攻略を目指します!」
キメ顔の莉桜が、私を見て大きく声を上げた。
「配信を見てるみんな~! 年末ライブ配信最後まで付き合ってねー!」
私は、ほかのみんなには言ってなかった。
私は今、私の視線を通してゲームの実況配信をしている。
賞金なんて、初めから期待なんかしてなんかいない。クリアなんて、私たちでできるわけがない。この配信で人気を稼ぎ、次の莉桜のステージにファンを増やす。入院したキクPが安心して手術を受けられるように。
でもそれがそんな簡単にいくわけがない。そんなこと、まだ二十歳にもならない私にだってわかってる。
私は、目の前で無理をする幼少期からの親友へ、あふれ出る不安を殺し全力で声を作った。
「賞金出たら、8割私だかんな!☆」
「出たら
莉桜は、バカだ。クリアできるなんて思ってもいないくせに私を気づかっている。でも私はもっとバカなのかもしれない。そんな気づかいをさせてしまっているのは私なんだから。
追いついた私を見た莉桜が、勢いよく氷のドアをあけ放った。
「やだッ!!」
「何なのッ!!!」
え? 何?
開けた扉の奥。
入り口とかわらず氷結のような冷気に満ちた空間の中、ものすごい太い眉毛をしたもみあげの長いおっさんが、強烈に叩きこまれた氷でできた巨大なゴーレムの一撃をぎりぎりのところでダガーで弾き飛ばしていた。
なにこれ。
「あんたたちッ!!」
真っ白なコック帽。
それをかぶり、わたあめのような髪とひげをつけた丸々としたおっさんが、眉毛のおっさんと背を向けて密着しながら私たちを向いて叫んだ。
「見てないで早く手伝ってッ!!!」
え? 何? ほんと何?
全くわけが分からない中、私は無言で、莉桜と目くばせをするかのように視線を交わした。
かと思うと——
「ぜんっぜんわかんないけど!!」
一瞬だった。
剣を構えた莉桜が、おっさん二人を襲う巨大なアイスゴーレムへ向け、瞬間的に加速したかのように距離を詰めだした。
「二人よりかはいいんじゃない!!」
私は、反射的に
*
「6階から8階までは共通エリアになってますの」
「共通エリア?」
5階、ローグダンジョンの下層を抜けた全プレイヤーが休憩できるエリアの奥。
森~林~もしくは小林(ないし大林)~みたいな木々の手前、ぽわ~んとしたクソでかいワープのわっかが広がっていた。
このわっかに突っ込めば、後はもう戻れない。
そのポータルの前で、俺たちは最終確認をしていた。
メンツは俺。しょーたろー。
そして多分課金アバターである金髪巻き毛をつけたクソ廃人ヒーラーのバ美・
アサシン3人ッ! そして信用できないヒーラーが1ッ!
バランスが悪すぎるッ!
こんなPTでローグダンジョンの上層階なんて何とかなるのか? いくらヒーラーが増えたからってアサシン3人だぞ。誰一人タンク役がいないのにどうやってヒーラーを守るんだ? そもそも守る必要性あるのか?
だがそんなことを考えている時間もない。日付が変わり新年を迎える0時まであと4時間。全滅すれば再度駆け抜けるには間に合わないだろう。その中でハルを再度捕まえる必要がある。そしていまだクリア者数ゼロのダンジョンを踏破。
なかなかのゲロ吐きそうな高難易度ミッションじゃない?
「下層を抜けたプレイヤーがそのまま突っ込める空間ですわ。死んだプレイヤーの墓標が大量に建ち並んでますの。正式な呼び名は知りませんけど、私たちは
何その呼び名~。公式の発表を待たずにそんな名前をつけるとか、絶対重度の中二病に侵されてるとしか思えん。
とか思ったらとっくに履修済みのモブ子が無言で小刻みに震えている。こいつの発症をいち早く止めろ。
「そこを抜けて9階。ここからPTごとに個別に分かれてのボスラッシュですの」
「ボスラッシュ?」
俺の言葉に、バ美・肉美が含むような笑いで口を開いた。
「9階は入ってすぐのワンフロア。そして10階も同様の、ただボス部屋があるだけの鬼畜の連戦ですわ(笑)」
「そんなの、僕たちだけで行けると思いますか……?」
話を聞いていたしょーたろーが、根底から疑うかのような口調で聞いた。
「さあ……どうですかしらね……(笑)」
バ美・肉美が、手に持った仕込み杖を空気を斬るように振り下ろした。
「ただ、あなた方抜きでは、10階はおろか9階もクリアできませんの」
「どういうことだ?(小声)」
バ美・肉美が、一足先にポータルに体を溶け込ませていった。
「賞金のかかったこのローグダンジョンの攻略、情報は砂金のように貴重なものですの。8階を無事クリアできたなら、その時に本当に必要なことをお伝えしますわ(笑)」
ポータルを抜けた先は、全くの予想外だった。
俺の脳を容赦なくシロップ漬けにするようなガガガ☆ガーリー空間。
それとはうってかわって、パレ・ロワイヤルの一室をすべてガラスで作り上げた、そんな豪華絢爛な部屋になっていた。
「ここからの問題は、敵の強さよりも攻略にかけてのセンスですわ」
先に入ったバ美・肉美が、クリスタルの床を先導するかのようにヒールの音を立てながら進んでいった。
「センス?」
「LV1からスタートするこのダンジョン、ステータスにあらわれない
重厚な、水晶でできたような扉。
バ美・肉美が引きはがすかのような腕力でその扉をこじ開けていった。
「あなた方にとっては初めてのフロアでしょう? 敵がそろう前に見るものを見たほうがよろしくてよ」
扉の向こう。
俺たちの視界に入る空間。
思ったよりも広い、だがそれ以外何一つ変わり映えのない凍結した宮殿のような空間の中央に、不思議な十字架のようなものが地面に付き立っていた。
「あれが墓標ですわ」
バ美・肉美が、躊躇なく部屋の中へ進んでいった。
かと思うと、墓標の前で立ち止まり俺たちを振り返って口を開いた。
「さっさと墓標を調べるといいですわ。まあ、こんな入ってすぐに死ぬような連中のものなんて何一つ役に立たないでしょうけど」
バ美・肉美の立つ墓標の前。
アサシンらしく、誰一人物音を立てないまま集まった俺たちは、目の前に置かれた十字架に表示された「!」マークを確認していた。
—— やっほー! 誰か見てるー? 6階まで来たけど即死しちゃった! ――
「なんだこれは……(小声)」
「死んだ後に残せるダイイングメッセージ機能ですわ」
「こんなの残す意味あるんです……?」
明るすぎない? 死んだんでしょこの人。
「ついでにアイテムが残ってたら回収もできますの」
「ほう(小声)」
アイテムという言葉に反応したモブ子が、「!」マークの横に表示された「ルート」という選択肢を選んだ。
【所持品】
■ 廃棄物
「クソしかねえじゃねえか!」
「とっくにほかの連中にあさられたんですわ~(笑)」
笑いごとではない。
だがしょーたろーが墓標の前で真剣な調子で口を開いた。
「でも、こんなのが他にもあるなら多少は何か拾えるのかもしれませんね……」
「目の前で死んでくれたら最高なんだがな(小声)」
考え方が不謹慎極まりない。
「さて」
墓標を後にしたバ美・肉美が、突然杖を構えた。
かと思うと、何かの
フロア全体が大きく揺れた。
「な……ッ!?」
何もなかった壁から、一体の氷の塊のような巨大なゴーレムが轟音とともにクリスタルの壁をぶち破りながら現れた。
「あなた方との初めて共同作業になりますわね(笑)」
バ美・肉美の握る杖の先から、ほとばしるような光が俺たちを包んだ。
「これは……!(小声)」
「
さっそく解説担当のしょーたろーさんの出番になりました。
「効果時間中はMPの自然回復速度が急速に上がります!」
俺たちの目の前。
光を乱反射する巨大な氷のゴーレムが、大気が震えるほどの咆哮を放った。
俺たちがひるむように体をこわばらせる中、軽く笑ったままのバ美・肉美が、さらなる
「とりあえず、私を後悔させない程度には活躍してもらいたいものですけれど(笑)」
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