4. VRMMOにおける食事や戦闘はリアルになればなるほどSAN値が減る

 怪奇! ゴブリンの前に突如あらわれる謎の変質者!


 群れからはぐれたゴブリンを狙う、無駄にプロポーションのいいアサシン♀!


 誘惑された先、路地裏にいざなわれたゴブリンを待ち受ける運命とは一体……!!







「いけるなこれ」


 通路の奥、早速できあがった死にたてほやほやのゴブリンを前に、俺たちは死体あさりをしながら新たな会議を開いていた。


「なんでリンクしたゴブリン全部ぶっちぎってハイドできるんですか……」

「忍者なので(小声)」


 しょーたろーのドン引きした質問に、いつになく体育座りでMPを自然回復させているモブ子が黙々と答えている。


 結論から言うと、ゴブリンはリンクした。

 一番近くにいたゴブリンに狙いを定めたモブ子が、まるで夜道の露出狂のごとく突然ゴブリンの目の前にあらわれ、怒りのヘイトをもぎ取るやいなやリンクした部屋全体のゴブリンが雪崩のようにモブ子に突撃してきた。


 あ、これは死んだな。

 開始早々俺たちが死を覚悟したとき、なぜかモブ子はこともなげに。よっぽどハイド慣れしてないとできない荒業としか考えられんのだが、こいつはアサシンライフがほぼすべてハイドしたままという異常なる存在なので可能なんだろう。知らんけど。


「お」


 俺は死体ゴブリンから出てきた謎のアイテムを取り出して掲げた。


 中華鍋~。


「なぜ……中華鍋が?」

「武器なのか?(小声)」

「満腹値の関係なんですかね」


 調理しろと?


「さて(小声)」


 モブ子がよっこらせと立ち上がった。


「ちょっくら男ひっかけてくるね(小声)」






 路地裏の奥。

 積みあがった死体を前に、俺としょーたろーは新たに手に入ったブツを葉巻(薬草)を咥えながらカウントしていた。


「しけてんな」

「つまんねえ連中だぜ」


 ぷふぅ~(薬草)。


 この俺たちの控える通路まで見事に一匹だけ釣ってきては全員でボコるというアリ地獄のような美人局つつもたせゲームは、モブ子のキモすぎるPSプレイヤースキルのおかげで無事成功していた。


 なおゴブリンズから手に入ったアイテムリストはこれだよ☆


 ■ 薬草

 ■ ゴブリンの牙

 ■ 木のバックラー

 ■ 腰布

 ■ フランスパン


「まあ最初だしこんなもんなのでは(小声)」


 ドロップしたばっかりのフランスパンをかじりながら、モブ子が体育座りのままで感想を述べている。動きすぎて速攻で満腹値が半分を切っため最初に食う権利を得ました。致し方ない。


「ゴブリンの肉とか煮込むことにならなくてよかった(小声)」


 猟奇的すぎるわ。

 人型のモンスターを調理して食すとかやんわりと医療施設を紹介されるわ。


「でもこんな早くLVが上がるとは思いませんでした」


 目の前に広げたステータス画面を見ながらしょーたろーが口を開いた。


 予想外にLV8になっている。


 通常ではありえない、かなりのハイスピードでレベルが上がっている。普段ならこの10倍は狩らないとこんなにLVは上がらない。マゾゲーに飼いならされた身としてはちょっとこのスピード感についていけない。


「経験値の補正かかってんのかな」

「モンスターの数に限りがあるのかもしれないですね」


「で、ステとスキルどうする?」


 何気ない俺の発言で、全員が固まった。


 ステータスの割り振りとスキル取得。


 毎度LV1にリセットされるローグダンジョンなら、結構自由に振って適当に試してもよさそうなんだが。


 だが肝心の再突入があやうい。

 あの正月の明治神宮みたいな混雑っぷりを見ると、再突入するにも待ち時間がかかりそうなのでちょっと躊躇してしまう。


 無言のままの二人も同じような考えなのか悩んだまましばらく動かなかった。


「もう少し様子見でいいんじゃないですかね……」

「後から何があるかわからんしな(小声)」


 無言でうなずき、俺たちはゴブリン処理場を後にした。






 ひととおり1階をぐるっと探索した結果、何となくわかってきたものがあった。


 マップは、思った通り行ったことのある場所だけが表示されるようになっていた。なんかここに空白地帯があるから多分部屋があるんじゃないかな~? とか思ってると大体ある。


 が、大体そういった部屋にはモンスターが控えてるケースが大半だった。数匹いる程度なら全員でかかればなんとなるんだが、最初にあったゴブリン部屋のような状態だとモブ子のメタルギアソリッドにかけるしか解決方法はない。釣ってきてはボコり~釣ってきてはボコる。モンスターハウスを攻略する一般的なパターンを踏襲して繰り返す。


 だが最大の問題に俺たちは気づいていなかった。


 満腹値が、みるみるうちになくなっていっていた。






「ヤバいんですけど!」


 通路の奥。

 この先に何かあります~と言わんばかりに閉まっている重厚な鉄の扉の前。


 マップにあいた最後のすき間、たぶんエリアボスがいるんじゃないかな~っていうような小部屋の前で、しょーたろーがステータス画面を見て取り乱していた。


「満腹値が10%切ってます!」

「まだ1階なのに餓死(小声)」


 餓死とか斬新~。


「とりあえず拾ったものを整理しましょう」


 取り乱したしょーたろーが、その辺に落ちてたアイテムやらドロップ品やら今までに拾ったいろんなものをインベントリから取り出して並べ始めた。


 ■ ブロードソード

 ■ 革の盾

 ■ 初級魔術師の杖

 ■ 乳鉢とすりこぎ

 ■ 黒い布

 ■ たきぎ


 なにこれッ!


「食料どころかアサシン用なのが一つもないな……」

「なんなんですかこのクソダンジョンは!!」

「革の盾でも焼いて食うか?(小声)」


 突拍子のないモブ子の発言に、俺たちは一瞬何を言ってるのかわからないという表情になった。


「たきぎもあるし(小声)」


 ボッ!


 どういう理屈で着火したのかわからないが、モブ子の握るたきぎが燃え始めた。


 ダンジョンの薄暗い空間に広がる、小さなたき火。心温まる安らぎの光。


「これに、それをこう——(小声)」


 モブ子が、地面に落ちていたブロードソードに革の盾をぶっさし、たき火に掲げるように角度をつけて置いた。


 ちりちりと、煙とともに革が焼ける匂いが広がり——


「くさっ!」


 俺としょーたろーは完全に吐きそうになった。


「こんなもん食えるかッ!」


 どう考えてもなんか変なもんが焼けてる匂いがする……ッ!


「煮たらよかったのかなぁ(小声)」


 絶対大差ないと思う。

 なお俺は「産業廃棄物」という表示に生まれ変わった革の盾を人知れず捨てた。


「まあ、とりあえず行けるところまでいくしかないと思うぞ(小声)」


 閉じられた重厚な鉄の扉の前、モブ子がゆっくりと扉を開け中をのぞき始めた。


 キィ、と小さな音だけが鳴った。


「どう?」

「いるね(小声)」


 いるのか。


「なんか一匹、でかいオークみたいなのが棍棒もって立ってる(小声)」

「オーク……」


 座り込んでアイテムを見ていたしょーたろーが、何かに気が付いたようにつぶやいた。

 かと思うと、自分の青白いステータス画面をみながら何かを連打している。


「しょーたろーさん……?」


 一通り連打し終わったしょーたろーが、勢いよく立ち上がって俺たちを見た。


AGIすばやさに振ってショートソード・マスタリーをとりました。一匹だけなら、アサシンの僕たちなら回避で何とかなるはずです」

「ボスドロップで食料狙いか(小声)」

「もっと確実な方法です」


 しょーたろーが、地面に広げていたたき火を手に取り叫んだ。


「焼いて豚肉にします!!」








 怪奇! オークの前に突如あらわれる謎の蛮族たち!


 豊満なオークの体(物理)を狙う、飢え切った3人のアサシン!


 わが身に迫る脅威を払うため、渾身の力で棍棒をふるうオークを待ち受ける過酷な運命とは一体……!!







「いけますねこれ」


 思ったよりも広い小部屋の中、早速できあがった死にたてほやほやのオークを前に、俺たちは人としての尊厳を失ったような晩餐をとりながら新たな会議を開いていた。


「やっぱり正解でしたね!」

「所詮データだとおもえばなんだって食えるな(小声)」


 かたまり肉になったオークを焼きながら、しょーたろーが満足そうに笑っている。

 モブ子が骨付き肉にかぶりついていた。


 いやいや。

 いやいやいやいやちょっと。


 オークって明らかに人型でしょう。だって腰布巻いてるんですよ? 棍棒持って。どう考えたって知能ある人型モンスターじゃないですか。いくら豚っぽいっていったって明らかに人型のモンスターを殺して焼いて食料にするなんてそんな。


 すごいいい匂いがしてますけど~。


「うっ」


 突然、しょーたろーがのどに何かが詰まったかのように悶え始めた。


「急いで食べるからだぞハハッ(小声)」


 骨付きのまま肉を食べていたモブ子が、楽し気にあきれたような笑い声をあげたかと思うと——


 二人とも一気に顔面がみごとなまでに真っ青になった。



【ステータス異常 : 毒】



「はああああぁぁぁぁっぁぁあ!!???」

「なぜ!? オークは食料ではない!?(小声)」


 そりゃそうだろ。


 うっ、と一声出して、しょーたろーとモブ子が半透明になり——


 一瞬で「DEAD」表示になった。


 うん。なんとなくわかってる。これでよかったんだ。うん。


 俺はそっと、涙しながら餓死を選んだ。

 ローグダンジョンの入り口にリスポーンされたときには、先に戻っていたしょーたろーとモブ子が仲良く取っ組み合いをしながら俺を待ってくれていた。

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