3. アサシンの初期スキルはハイドです。なぜなら暗殺者だからです(キリッ)
数万人はいるであろう、地獄のログイン待ち行列。
なぜか数分ごとに自然発生する、よくわからん火炎瓶を投げまくる完全に暴徒と化した「待ち時間改善要求デモ隊」。
そしてそれを一掃する、全く見たことのない突然地面から生えてくる地獄のジュラシック肉食獣。
怒涛のようにローグダンジョンに押し寄せてくる金の亡者たちを相手に、「地獄の
【 ローグダンジョンにおける入場の手引き 】
「なんだこれ……」
社内文書かよ。
とりあえず一枚めくった。
緊張感のない、マジで親の顔より見たかもしれない笑顔満点のフリーイラストが「重要!」とかいう吹き出しと一緒に張り付けられていた。
合わねぇ~。
仕様書を丸写しにしたような文体ととりあえずはっつけましたと言わんばかりのイラストが完全におだぶつレベルの溶けあわない世紀のクソマリアージュ~。
絶対これ、急遽この地獄の惨劇で年末出勤をさせられた悲しみの社畜が泣きながらパワポかなんかで作っただろ。今。この場で。
「とりあえず読みますか」
しょーたろーが冊子に手をかけた。近隣からひき肉にでもされたのかっていうような魂の叫びが何度も聞こえてくるが、俺たちはあえて声のほうを無視したままパンフレットに視線を落とした(ついでに血みどろ臓物も落ちてきた)。
【 ローグダンジョンにおける仕様について 】
● ダンジョンは自動生成される。毎回マップもドロップ品も敵の種類も異なる
● 既存アイテムの持ち込みは許されない。装備品も全て解除され、LV、スキル、初期装備にリセットされた状態で入場となる。
ただし休憩ポイントで帰還を選択した場合のみ、持ち帰ったローグダンジョン専用アイテムを継続して持ち込むことができる
● 通常のHP・MPステータス以外にFP(満腹ステータス)が存在する。FPが0になった場合、一定時間経過するごとにHPが減少する
「なんか普通にローグダンジョンの説明ですね」
「そだね……」
「餓死(小声)」
● 死亡した場合、1分後にリセットされ自動的にダンジョン前へリスポーンされる。蘇生を行うにはその間でなければならない。
なおリスポーンすることとなったプレイヤーは、結晶としてその場に10分間残留し、結晶を使用したプレイヤーへ指定するスキルを継承させることができる
「スキル継承……」
しょーたろーの声に、モブ子がぽん、と手を叩いた。
「つまり10人PTで突っ込んでいって、ほか全部皆殺しにしたらスキルとり放題なのではないか?(小声)」
真冬のアスファルトよりも冷え切ったしょーたろーが、思いっきり上体をのけぞり——
「死ねや!!」
フルスイングでモブ子の顔面につばを吐きかけた。
「このクソ害悪プレイヤーがッ!」
「拙者はただ仕様の可能性を提案しただけにすぎなくて~(小声)」
提案。示唆ではなく。
やる気じゃねえか……!!
俺が抑え込んだモブ子のすねをしょーたろーがひたすらに小キック連打している中、抽選会場のハンドベルみたいな音が鳴り響いた。
「はい! 次の3名の方!」
奥にあるローグダンジョン入り口ポータルから、臓物まみれになったメイド服NPCがハンドベルを鳴らしながらこっちを見ていた。
1時間弱。
ただ普通に順番待ちしていただけだったはずなのになぜか「血みどろ☆ジュラシックワールド」を強制的に堪能させられた俺たちは、無事ローグダンジョンの中にいた。
一辺が10メートルはないかなってくらい小部屋。
ちょっとだけ黄色みがかった壁でおおわれた、正方形状の小部屋。
ダンジョンへ続くポータルを抜けた先は、狭いただの小部屋みたいな空間だった。
たとえるなら小学校の教室をさらに小さくしたような感じ。
さらにたとえで言うなら、昭和のドラマとかで出てくるようなヤニ色に染まったたばこ部屋。
小汚くて狭い~。
あれだけ外見がバカでかかった
「モブ子さん……」
後ろから、しょーたろーの驚いたような小さな声が聞こえた。
振り返った先。俺の視線の先にいたのは、トレードマークともいえるバックパックを背負っていない、ただの初期装備のお上品そうな金髪の少年。
そして全く見知らぬ謎のアサシン♀。
黒髪で高身長の、本当にどこにでもいる初期装備のアサシン♀。
「誰だお前……!!」
「本当にモブになっちゃった……(小声)」
モブ子が忍者じゃなくなっとるッ!
あのなんだかよくわからん黒装束だの鎖かたびらだの、一体何のために装備してるのかも全く意味分からんあの顔面下半分を覆いつくす黒い布だの、もう全部なくなって本当にただのどこにでもいるモブアサシンになっとる~。
「そんなキャラデザしてたんですね……」
「拙者の忍者アイデンティティが消え去ってしまった……(小声)」
知らんがな。
どうせ行動全部おかしいんだからすぐわかるでしょう。
しょーたろーはしょーたろーで、いつものバックパックがないのをすごい気にしてるのか、ひたすらにそわそわしながら貝殻をもぎ取られたやどかりのように背中を何度も見ている。
「それよりも、本当にLVもスキルも1からなのだな(小声)」
モブ子がしみじみとつぶやいた。
目の前に広げた青白いステータス画面を見ながらため息をついている。
「武器は——」
しょーたろーが腰に付けたダガーを取り出してまじまじと眺めた。
「本当に初期装備なんですね」
「
モブ子があきらめたような乾いた笑いを出している。どうでもいいけどしゃべるたびにこいつの口が動くのすごい違和感しかないな。
だが、そんなのんきに。初めてのローグダンジョンを意外と楽しんでそうな二人を前に。俺はとんでもないことに気が付いてしまっていた。
「なあ……」
「はい?」
二人が、様子のおかしい俺の声に振り返った。
「それよりも、俺が気になってることがあるんだが……」
「トイレか(小声)」
それもありますけど~。
俺は、ちょっとだけつばを飲み込んだ。
嫌な予感しかない中でこれをいうのは非常に気が引けるんだが——
だがどうせすぐわかるので言うしかない言おう。言ってから考えよう。
「なあ……。俺ら、アサシンしかいなくてどうやって回復するんだ……?」
「え?」
久しぶりに地獄の狩りが予想される世界となった。
死に戻りができない。店売りのポーションもない。
あるのは座り込んで自然回復のみッ! 地獄ッ!
最初に異変に気が付いたのはしょーたろーだった。最初の小部屋で、全体のマップはどうなってるのかと確認すると自分たちのいるところしか表示されない。おそらくローグライクよろしく、行ったことのある場所しかマップに表示されないんだろう。
この先にあるのは何もわからない。それだけは決定している。
俺たちは決意したような表情で、最初の小部屋のドアを開け奥を覗いた。
だが小部屋を出た直後からヘビーだった。
最初に出てくるのはゴブリンかスライムかまあその辺が出て緩くレベル上げもできるだろう~
と思っていたが違った。
正確には、ゴブリンだったが数がヤバかった。
「なんでゴブリンが10匹以上徒党を組んでるんですか……」
「死んじゃう(小声)」
小部屋から通路を抜けた先、大きく開いた「ダンジョンの一室~」っていうような薄暗い部屋の中で、ぱっと見でゴブリンが10匹くらい「わかりやすくモンスターです~」というように右往左往していた。
「そもそもPT用に設計されてるのでは……?」
そうでしょうね。普通そうでしょう。
「これ、1匹ずつ釣ってくるしかないんじゃないか?」
「無理じゃないですか……? 下手に
「
「は?」
大部屋に入る通路の中、壁に隠れたままで大・中・小の頭を身長順に出しながら、俺たちは消極的な地獄案を提案しては却下するクソ無駄会議を開いていた。
「拙者たちみんなアサシンだし、初期スキルハイドだろう? 全員でハイドしたままこの部屋を突っ切っていったらどうだろうか(小声)」
「突っ切った先でもっと敵がいたら挟み込まれて死にますよ」
「ハイドして——」
ちょっと一瞬、俺の頭に何かがよぎった。
俺がまだこのゲームを始めたばかりのころ。
この装備品とステータスと大差ないあのころ。
よくわからないけどフィールドに出たら速攻でモンスターに追いかけられて、死にそうになりながらハイドしたらタゲが切れたあのころ(モンスターは無事他の初心者をMPKして去っていきました)。
っていうか俺あのころからずっとソロ狩りなんでは?
なんで俺このゲーム続けてるんだろう……。年末だっていうのに悲しくなってきちゃった……。
「どうしたヒロ(小声)」
「あ、いやなんでもない」
俺は正気に戻った。
「なんか世界中の哀しみを背負っているような顔をしていたぞ(小声)」
どんな顔だよ。死ぬわ。
「なあ。とりあえず、ここから一番近くにいるやつのところまでハイドで行くとするだろ?」
「ほう(小声)」
「んで、そいつに切り込んでタゲをとったとする」
「リンクしませんか?」
「リンクしてもまたハイドする。んで、タゲ切ってばらけだしたら、さっきタゲとったやつを再度タゲとってこっちに釣ってくる。MP尽きるまでくり返せば釣れるんじゃないか……?」
「なるほど(小声)」
うなずいたモブ子が、一瞬で理解したといわんばかりに手慣れた手つきで速攻でハイドした。
とりあえず俺は、速攻で見えなくなったモブ子の体にクソでかい「SOUND ONLY」タグを張り付けた。懐かしい~。初めてPT組んだときもこいつにこんなタグつけたな。あんときはこいつから忍殺されないようにするためだったけど。
「では、拙者は行ってくる(小声)」
「幸運を祈る」
全員が相互によくわからない敬礼をした後(モブ子は見えませんが)、「SOUND ONLY」のタグが流れるようにゴブリンを釣りに行った。
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