10. だってアサシンなんだもの 〜この広い世界より愛をこめて〜

 闇。

 晴天を覆いつくしたようなまがまがしい闇が、空中でハルと組みしだいていたバ美・肉美にくみの体にすべてが吸い込まれていくのを俺は見届けていた。


 ゆっくりと、空中に浮かぶ二人の体が、飛ぶその力を失かったのように落ち始めた。


「やったか?」

「ああ……。多分な……(小声)」


 つぶやくように漏れた俺の言葉に、同じくつぶやくような言葉がモブ子から返ってきた。


 まるでスクリューパイルドライバー。

 抱き合った二人のどうしようもない魔法職が、天空からきりもみをするかのように回転しながら大地へと落ちていく。


 俺はその落下していく二人のランデブーを見届けながら、足元でムササビスーツを着たまま大の字になっているモブ子の顔面に「畜生」という文字を押し込むように書いていた。一生消えない入れ墨にするにはどうしたらいいのかな?


 小島の中央に、落下音とともに小さく土煙がおこった。

 レーザービームやら雷撃やらで原型をとどめていない地面に新たな陥没かんぼつを作ったが、もうあってないようなもんだった。


「まだ……」


 臨戦態勢を崩していないしょーたろーから、小さく声が上がった。


「やる気だったらどうしますか?」

「その必要はないよ」


 しょーたろーの肩に手を載せたジャムるおじさんが静かに口を開いた。


「この小島はギルドウォーの勝者に与えられた占有地。ここに落ちた以上、今のあの西ローランドゴリラには僕たちにも、もしエリアボスが沸いたとしても何もできないよ」


 土煙の中から、金色巻き毛をした西ローランドゴリラがゆっくりとその姿を現した。


「やってくれましたわね……」


 立ち上がったバ美・肉美が、手元にあったチンパンジーをまるでリンゴでも投げるように俺たちに向かって放り投げた。


 放物線を描いたピンク色の物体を、俺が受け止めた。


「ハル!」

「やっほ~☆」


 いつも通りだった。

 いつも通りのトーンに戻ったハルが、ゆっくりと受け止めた俺の手から地面へと降りた。


「こんなにコケにされたのはあんまりにも久しぶりすぎて、前がいつだったのか思い出すためにママンの股間からひりだされてからを順繰りにたどってましたわ……」


 暇人だなぁ。もうちょっと生産的に生きよ?


「バ美・肉美!☆」


 新たなステッキを取り出したハルが、くるっと回転させてヒーラー♀に向けてポーズを決めた。


「戦士は? あんたといつも一緒にいた戦士はどこにいるの!?☆」

「気になってるようですわね(笑)」


 含みを持ったように笑うバ美・肉美が、無造作にインベントリに手を突っ込んだ。

 新たなローブを取り出し、空中に放り投げた。


「ハッ!」


 なんかよくわからん掛け声とともにバ美・肉美がローブへと飛び込んだ。

 一回転して着地したときには、すでに新品のローブでその身を包み込んでいた。


 間近で生着替えを見ているはずなのになんでこんなに全然うれしくないんだろうなぁ。あの巻き毛があまりにもヒト科以外にしか見えないからなのかな。


「残念ながら、クソハルさんは戦士と会うことはできませんわ(笑)」

「どういうこと?☆」

「戦士は――」


 バ美・肉美がカッ!と目を見開いた。


「就職しましたわ!」


 就職。


「あんまりにも長時間VRMMOに入り浸ってるもんですからッ! 親から機材まるごと廃品回収にぶち込まれたそうですわッ!」


 生々しい~。

 何言ってんだこいつっていう表情の俺たちを無視して、バ美・肉美がさらなる熱弁をふるった。


「ですがッ! 歌広のバイトを10分でバックレたあのゴールドバックラーですしッ! あの社会性がミジンコレベルのあいつがまともに就労できるなんてこれっぽっちも思ってやしませんのでッ! すぐにまたこの世界に戻ってくるに違いありませんわッ!」


 どんな扱いだよ。信用してやれや。


 だがバ美・肉美はやはり俺たちの視線を無視し――


「そしてそのときこそッ! 私たちはまたこのUNKOUnknown Onlineで最強の廃プレイヤーとして君臨して差し上げますわッ!(笑)」


 いいから働け。


「でもまあ……(笑)」


 バ美・肉美が、突然照れたようにもじもじしながら金髪縦ロール(一部焦げてる)を指でいじりはじめた。


「こんなに楽しいと感じたのもあんまりにもお久しぶりですし……。おめぇらのことを記憶の片隅、そう、他校の文化祭にいって何もやることがなさ過ぎて敷地のすみで突っ立ってるボッチ程度には残しておいてやりますわ。名乗りをあげていただいてもよろしくてよ?(笑)」


「プレミアム金華ハムだ(小声)」


 は?


 モブ子が何かを言い始めた。


「拙者の名前はプレミアム金華ハムだ。となりのこの男が背脂マシマシマン。これから一生お前の脳裏に焼き付く恐怖の象徴であるアサシンたちの名だ。覚えておくがいい(小声)」

「プレミアム金華ハムに背脂マシマシマンですわね……。確かに覚えましたわ……」


 いやいや。いやいやいやいや。

 訂正するべきなのか?


 微笑を浮かべたバ美・肉美の体を、青白い光が覆った。

 転送ワープだ。どっかへ帰っていくんだろう。


「それではおめぇら。……いや、皆さん」


 バ美・肉美が、その頭に流れるぶっとい巻き毛を手で払った。


アビエントさよならですわッ!(笑)」


 バ美・肉美を包んだ青白い光が、真っ青な空の彼方へと飛び立っていった。何だったんだこいつ。






「今回も地獄のようなPTだったな……」


 俺は心の底から感想を述べていた。


 なんだったんだマジで。新エリア探検隊だったはずがなぜギルドウォーになったんだ? 挙句ランカーとの無差別テロPKまでやらされるとかなんな――


 思い出したように俺は吐いた。


 絶叫系アトラクションは無理だって言ってるじゃないですかッ!


「拙者は楽しかったぞ(小声)」

「終わってみたら結構面白かったですね!」


 半泣きの俺のとなりで、しょーたろーが何かをブンブン振り回しながら興奮したように口を開いている。


「なんだ? それ」

「これですか?」


 しょーたろーが振っていたものを俺に見せてきた。

 

「僕のボスドロップはミスリルシャベルでした! これでどこでも鉱石の採掘ができます! アクセサリーだって作り放題ですよ!」


 俺はもう突っ込むことをやめた。存分にバックパッカーとして楽しんでほしい。できることなら運営はこのかわいそうなアサシンに転職システムを実装してあげてください。


「さて」


 ジャムるおじさんが小さく口を開いた。


「僕たちはしばらく残るよ。せっかくここにいるんだし、またボスが沸くかもしれないしね。君たちはどうするかい?」

「俺たちは――」


 周りを見た。

 ハル、モブ子、しょーたろー。

 全員が、満足げな顔でうなずいていた。


「俺たちは、これで帰ります」

「それもいいね」


 ジャムるおじさんが、笑いながら何かのウインドウを開きコマンドを押していた。


 小さく俺の通知欄が鳴った。

 俺の頭の上から、ギルドの表示文字が消えた。


「申し訳ないけど、このギルドは僕たち二人だけの身内ギルドだからさ。ギルドウォーのための一時的な加入だったと思うし、勝手に退会させてもらったんだけど大丈夫だったかな?」

「俺は全然かまわないです」

「ならよかった。必要な時はいってくれればまた加入もできるから、その時は気軽に連絡してね」


 再度、俺の通知欄が鳴った。


 フレンドリストの申請欄に、白いコック帽と極太眉毛のおっさんの名前が追加されていた。


 俺は無言で笑いながら承認を押した。

 だが、俺は直後に小さく悲鳴を上げた。


 新たに追加されたフレンド欄に、「LV95 アサシン」というとんでもない数値が表示されていた。


「ほとんどレベルマじゃないすか……!!」


 だからギルドウォーであんなバケモノじみた蹂躙ができたのかッ!


「別になりたくてなったわけでもないんだけどねぇ」

「俺たちもプチ廃人といえるのかもしれんな」


 仲よさそうに熱く抱擁しあう(?)二人のおっさんたちが、軽く笑いあったあと突然見つめ合い始めた。


「そう……。僕たちはあの従軍が終わってから二人で――」

「ああ……。俺たちの人生はあれから――」

「いや、そういうのはほんといいんで」


 このままだと二人は幸せなキスをして終了しそうだったので、俺たちは別れを告げて廃墟となった小島を後にした。



 *



 俺たちはそのあと解散した。


 相変わらず俺はソロ主体だった。アサシンのPT需要なんてものはギルドウォーにしかなく、街に帰ればいたるところでアサシンによる憂さ晴らしのようなPKが繰り広げられていた。

 こんなんじゃアサシンってだけで殺されちゃう~。


 そういえば、この前モブ子が街の警備兵ガードに追いかけられているのを見た。


「拙者はやってないから! 忍者違いだから!(小声)」


 なんか叫びながらモブ子が逃げているのを見たが、赤ネームになっているところを見ると間違いなく奴はってたんだろうなと思う。そろそろ本格的にBANされてもおかしくない気もするが、あいつはチキンレースかなんかでもやってるんだろうか。


 しょーたろーはボスからドロップしたミスリルシャベルを使うのが楽しくてしょうがないらしい。その辺の鉱山で大地を掘り返しては、何かしらレアな鉱石がでないか探しているとかいっていた。どうしてバックパッカーにならなかったんだろうとか毎度のごとく思ったりもしたんだが、モンスターに追われるたびにその掘りまくった穴に地雷を設置して難を逃れているのを聞いて、そういう使い方もできるんだったら意外とアサシンでも悪くないのかもしれないなとか思ったりもした。


 ハルは、たまにメッセージへの返信が来るようになった。

 どこで何をしているのかは例のごとくさっぱりわからないが、フレンドリストを見るとログインしているのをよく見かけるので、またどこかで災害をまき散らしているんだろう。


「お前、あの時のアサシンだな?」


 突然、街中で呼び止められた。


 高身長で、顔を含め全身を包む真っ黒な布と鎖かたびらのような黒装束のちょっと理解できないあたまのおかしいセンスをしたNINJAがいた。


「お前、あのウォーターガーデンのときの――」

「やはりお前だな」


 突然、俺の両腕が後ろから抱えられるように掴まれた。


 アサシンだった。

 街中ですらハイドしていた生粋の陰キャ職が、俺を背後から二人がかりで羽交い絞めにしていた。


「街中で何考えてんだお前らッ!」

「あの時は世話になったな!」


 突然、NINJAが別の方向へ走り出した。


「お前にはやってもらわなければならんことがあるッ!」

「おいちょっと!」


 叫び声をあげる俺を無視して、羽交い絞めした二人のアサシンもまたNINJAと同じ方向へ向けて走り出した。


「何考えてんだお前ら!」

「お前には! 俺たちが新しく作り直した【真正闇の住人ダークストーカーズ】の一員としてギルドウォーに参加してもらうッ!!」

「脳みそ沸いてんのか! そんな加入要請なんか承認するわけがねえだろ!」

「お前の腕を買うといってるんだよ!」


 先頭を走るNINJAが、振り返りもせず疾走しながら叫んだ。


「あのUNKO最強最悪のヒーラーも撃退した、アサシンとしてのお前のその腕! 高値で雇うといってるんだよ! お前もアサシンであるなら傭兵としてのプレイを甘んじてうけろッ!!」


 バカでかい、大きなコロッセオのような建物が、進行方向の先に広がっていた。


 真っ暗な、何の明かりもない長い門。

 通路の暗さに慣れ切った俺の目が、門を出た瞬間に差し込んできた強い光に耐え切れず思わず目を閉じてしまっていた。


 強い歓声だけが、俺の耳に入ってきていた。

 ゆっくりと、俺は目を開けた。


 しょーたろーが見せたあの動画。ギルドウォー専用のコロッセオのような舞台だった。


「さあ! ここまできてやらないという手はないだろう! お前のそのアサシンとしての戦闘力! 今こそここで見せつけてくれ!」


 俺を抱えていた二人のアサシンが、地面へ俺を放り投げた後ゆっくりと離れていった。


 何言ってんだこいつら。拉致った挙句の果てにギルドウォーをやれと。

 相変わらず頭がおかしくておかしくて、アサシンっていうのは本当にどうしようもなく正気の沙汰ではない。


 服についた土ぼこりを、俺は手で払った。


 通知欄が鳴っていた。


 俺はインベントリから複数のダガーを取り出して構えた。


「俺は、お前のその中二病が炸裂しまくったようなギルドに長居する気はこれっぽっちもないからな」

「いい回答だ……!!」


 NINJAが笑った。

 口元が布で隠れて見えない中、それでもなおはっきりとわかるほどにNINJAが満面の笑みを浮かべていた。


 俺は通知欄に届いたギルド加入要請に、こぶしごと叩きこむように承認ボタンをぶち抜いた。


「さあ!! お望み通りやってやろうじゃねえか!!!」





 俺たちの冒険じごくはまだまだ続くッ……!!

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