9. 壊滅的に頭の悪い魔法使い(♀)は地獄のようなステータスをしていた

 ドラゴンの唾液か消化液かなんか知らんけど、とにかくでろんでろんになったモブ子がインベントリから極太の赤い荒縄を取り出してきた。


 どういう理屈ならこんなものをこいつは持ってるんだ? 忍者だからか? 深く突っ込まないほうがいいやつか?


 だがさすがAGIかいひに特化したアサシンのモブ子は、俺の無言の抗議を真正面から受け流したまま俺とモブ子自身を荒縄でつなぎ始めた。


 江戸時代の罪人が連行されるような図ができあがった。


「お前は一体何を考えてるんだ……」

命綱いのちづなだ(小声)」

「命綱?」

「これから拙者はお前を投げる(小声)」

「は?」


 モブ子が、二人を縛る運命のクッソ太い赤い荒縄を全力で握りしめた。


「拙者はその投げ飛ばされたお前に引っ張られる形でドラゴンまで到達するのだ(小声)」

「何を言っ――」

「いくぞッ!(小声)」


 荒縄を握ったままのモブ子が砲丸投げ選手権を開催し始めた。


「ちょっと待て! 俺はこんな作戦になるなんて一言も聞いてないぞ!」

「安心しろ! 言ってないからな!(小声)」

「お前絶対に殺す! 200%殺す! 連続して二回殺す!」


「破ッ!!!!」


 意味不明な掛け声とともにモブ子から俺がぶん投げられた。

 ような気がした。


 ような気がしたのは、俺はとっくに目を閉じていたので何も見ていないからです。確実に空を飛んでいるような気がするのですが、両腕ごと縛られてる俺ができることは特に何もないのでハハッ。ただ無言で仕事をぶん投げてくる上司もこのくらいぶん投げられたら楽しいだろうな~とか現実逃避していました。ゲームで遊んでるのにゲームで現実逃避させられるなんてお笑い種ですねハハッ。


 絶対殺す。






「うわぁ~☆」


 強烈な衝撃とともに何かに追突した後、必死に地面っぽい何かにしがみつく俺にハルっぽい声が聞こえた。


「無事か!?(小声)」

「お前マジで殺すわ……」


 ゲームの中じゃなくてリアルで吐きそうになりながらも、俺は目を開けられないでいた。

 絶対ここ空飛んでるドラゴンの上でしょう? 僕知ってるもん。


 だがおそらくモブ子であろう何かが容赦なく俺の頬をひたすらにビンタしてきた。


「ヒロ! ここからはお前ねこの手も必要だ! しっかりと目を開けろ!(小声)」

「勘弁してくれッ!」

「大丈夫だ! 拙者を信じてゆっくりと目を開けろ!」


 俺はもう絶対お前を信じられないんだが、そんなことも言ってられないのでゆっくりとおそるおそる目を開けた。


「これが見えるか!?」


 ぼんやりとした視界の中、モブ子が指を俺に向けていた。


 中指が突き立てられていた。


「……どういうリアクションすればいいの?」


「見飽きましたわッ!」


 ドラゴンよりもさらに天高く、上裸でスポブラだけをつけてるだけなのに全然うれしくないゴッリゴリのバ美・肉美にくみがまがまがしい杖をかかげながら叫んだ。


「そろそろフィナーレにしてもよろしくてッ!?」

「ハル殿! これを使えッ!(小声)」


 モブ子が一瞬で胸から何かを取り出してハルに押し付けた。


「これは……!☆」


 ハルの言葉に、モブ子が静かにうなずいた。


「使い方はハル殿ならわかるだろう! この状況、エリアボスごとこの地を守れるのはハル殿だけだ!(小声)」


 ハルが、決意したような視線でモブ子にうなずいた。


反射魔法カウンターマジックでも発動させるつもりですの?(笑)」


 天空を覆う光の中、バ美・肉美が小ばかにするように笑った。っていうかよく発動させずに待っててくれてるよね。本当はこの人いい人なんじゃないかなって思えてきた。


「全員全部、全滅ですわッ!!!」


 つばが飛んできた~。


「ボスエリア丸ごと包み込むこの究極魔法からはそんな小細工程度じゃ逃れようがねえってことくらい、その股間にぶら下げた粗品みてぇなちっせぇ脳みそでもわかるようにぶち込んで差し上げますわッ!(笑)」


 きったねぇお上品な言葉とともに、バ美・肉美の持つ杖が強く振り下ろされた。


「おくたばりあそばせッ!!!!」


 バ美・肉美から【最後の審判ラストジャッジメント】が放たれた。


 小島全体を叩き潰すような、エリア全土を包み込む強烈な雷撃がふりそそいだ。周りを流れていた水流が一気に爆発するかのように蒸発し、至るところでプラズマのような光が走っていた。


「こんなもんどうしろとッ!」


 もうどうせ死んでるんでしょッ!


 強烈な雷撃が視界全部を覆いつくす中、俺は自分のリスポーン地点がどこだったかを確認していた。


 だが、意味はなかった。

 俺のHPは、何も変化していなかった。


「な……ッ!」


 雷鳴と何かが粉砕する音が響く中、小さな、驚きの声が空から届いた。


 雷撃が、俺を取り囲むように襲っていた。

 違った。


 正確には、ハルを中心に。あたり一面を襲う強烈な雷撃が、ハルを覆うようにまとわりついていた。


 雷撃がその隙間を埋めた。

 視界すべてが雷撃で埋まった。

 すべての雷撃が収束するように、ハルが。その光を、その体一身にまるで吸い込んでいくかのように飲み込んでいた。


「防御魔法ではないッ!?」

「マジックドレインだッ!」


 モブ子が叫んだ。


 ハルの全身が、黄金色にかがやいていた。

 視界すべてを貫くような光をまとったハルが、杖に巻き付いた巻物のようなものを強く握りしめていた。


「最強魔法を相手に! MAGまりょくが初期値の激ヤバ☆魔法使いが防御魔法を張ったところで紙切れも同然なことくらい拙者でもわかるからな! カンストしたその魔力を丸ごと吸収させてもらったッ!(小声)」


 ピンク色のショートヘアーを逆立てたハルが、その手に持ったファンシーな杖を全力で握りしめた。


「まさかこんな奥の手があったなんてね……」


 光をまとう中、目を見開いたハルがつぶやくように口を開いた。


 俺は……。

 俺は気が付いてしまった……。


 ハルの語尾から☆が消えてるッ!


「バ美・肉美ッ!! あんたのその顔面を吹っ飛ばしてやる!!!」


 ファンシーな杖が、飴細工のように粉砕して散った。


「カーネイジ・エクスプロージョン!!!」


 真っ赤な、深紅の球だった。

 ハルの手から放たれた深紅の球が、一瞬で小島まで到達するほどの円を描いた。


 足元、俺たちが乗っていたドラゴンが最期の咆哮を上げた。

 燃えさかる深紅の球に飲み込まれたドラゴンが、その身を塵にまで焼き焦がされた瞬間、収束した人工の太陽が渦を巻くような火柱となってバ美・肉美を貫いていった。


「こんなッ!」


 貫いた炎の中から、声が上がった。


 貫いた火柱が、霧散した。

 一直線に伸びた深紅の火柱が、まるで何かにさえぎられたかのように炎をまき散らして飛散した。


 バ美・肉美だった。

 金髪縦ロールの先端をよりいっそう強烈な巻き毛にしながら、霧散した炎の中でバッキバキのヒーラー♀が声を上げた。


「こんなもので私を倒せるとでも思うなんてッ!(笑) やっぱりINTかしこさが「1」なだけはあ――」


 高笑いをするバ美・肉美の言葉が、止まった。


 正確には、止められた。

 かき消した炎の中から飛び出してきた小柄なハルの左手が、そのぶっといのどぶえを謹製ハムを握りつぶすかのごとく握りしめていた。


「クソハルさんッ!?」

「こっからが本番なんだぜ~☆」


 のどぶえを掴んだままのハルが、口に謎の杖を咥えたまま挑発するように叫んだ。


「どうしてクソハルさんがここにッ!?」


「アサシンをなめるなよ!(小声)」


 落下する俺の足元で、バ美・肉美を見上げたモブ子が叫んだ。


「な……ッ!?」


 俺を眼下ににらむバ美・肉美が小さく叫んでいた。


 正確には、俺とその足元で空中を落下しながら大の字に体を開くモブ子に。


「おめぇら……!! どこまで頭イかれてんですかおめぇらは……!!」


 俺の、投擲モーションによるディレイ硬直が終わりを告げていた。


 ハルは、俺がぶち込んだ。

 モブ子を踏みしだいて。


 バ美・肉美へ向けてハルをぶん投げた俺の下、その踏みしめる大地の代わりとなったモブ子が、ムササビのようなわけのわからん布を広げ空を滑空しながらさらに叫んだ。


「お前の魔力を吸収して打ち込んだ魔法ごときでお前が殺せるとでも思うか!? 残念だったな! 拙者たちの狙いは当然別だッ!(小声)」


「お前には……!」


 のどぶえを握るハルが強く声を上げた。


「絶対に返さないといけない借りがあるからな……!☆」


 鬼のような形相のハルを見たバ美・肉美が、小さくのけぞるような声を上げた。


 ハルの口に、ムンクの叫びのようなキュートなデコレーションをした新たな杖がくわえられていた。


「その杖は……ッ!」

「そう! この杖はッ!☆」


 あまりにもまがまがしい杖だった。バ美・肉美の握る蛇が絡みついたようなアスクレピオスの杖よりもよりいっそう違う方向でやべえ感じにした、人面瘡じんめんそのついた解呪かいじゅの杖だった。


「エリアボスのユニークドロップ……ッ!!」

「できたてほやほやの一品だッ!(小声)」

「お前らだけは絶対に許さないからな~!!!☆」


 ハルが口にくわえていた解呪の杖をつばを吐くように吐き出した。

 バ美・肉美の目の前で、のがれたいかのようにその身をよじり浮く解呪の杖。

 その先端で大きく開けたまがまがしい口の中へ、ハルの右手の中指が全力で打ち砕くように貫いた。


 ハルの全身が強く光った。


 ハルが、その右手を。自身の首へ勢いよく突き刺すように打ち込んだ。


 首に巻かれたチョーカーを、勢いよく引きちぎった。


「まさかッ……! クソハルさんまさかそれをッ!?」

「思い知れええええええええええええええ!!!!!!!!!!!☆」


 右手に握りしめたチョーカーを、バ美・肉美のたっくましいデコルテにぶち当てた。


「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!(笑)」


 バ美・肉美から魂の咆哮のような叫びが大気を覆った。


 闇色に包まれるバ美・肉美を見上げる中、その呪われていく姿をしっかりと目に焼き付けた俺とモブ子は、当然のように地面へ落ちました。

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