ショートショート「想像の街」
あめしき
想像の街
ああ、寒いなぁ……。本当に……寒いよ……。
あら、こんにちは。あなた、そう、あなたに話し掛けているの。今あたしの話を聞いてくれている、あなた。
ここはね、『想像の街』というところ。実在する街じゃなくて、色んな人たちの想像が作り上げた街なの。ここでは、思った事は全て現実になる。なんせ想像が作り上げた街だからね。当たり前の事でしょ。
ふふふ、信じられない? でもあなただってこの街の住人なのよ。だってあたしの声が届いているじゃない。あなただって、思った事は現実になるのよ。
でもね……この街の住人なのに、何を思ってもそれが現実にならない人間もいるの。生まれつき空を飛べない鳥が居るように。まったく目が見えない人が居るように。思った事が現実にならない人間も居るのよ。そう、あたしのようにね。
この街で、それは完全な脱落者。今だって、あたしは街角で寒さに震えている。まるでマッチ売りの少女みたいに。ここの普通の住人なら、心の持ちよう一つですぐ暖かくなるのにね。
そんなあたしだから、親にも捨てられた。友達だって誰も居ないわ。でもね、あたしは『迎え』を待っているの。
誰が迎えに来てくれるのか? そんな事は分からない。それどころか、迎えに来てくれる根拠なんてどこにもないわ。
でも、あたしは自分一人じゃ何も出来なかった。想像が現実にならない、それだけであたしは、この街で生きていく権利を無くしたのよ。だからあたしは待つしかないの。あたしを優しく包んでくれるような、誰かの迎えを。
「お嬢さん、こんにちは」
あたしが振り向くと、若い男の人が立っていた。手触りの良さそうな黒いコートを着ていて、全身黒ずくめだわ。あはは、まるで童話に出てくる死神みたいな格好ね。
「こんにちは」
「こんなところでどうしたの?それにずいぶん寒そうじゃないか」
「あたしは……想像が現実にならないの。知ってるでしょ、そういう障害を持った人間が居ること」
男はちょっとびっくりしたようだけど、笑顔は絶やさなかった。そして、自分が着ていた真っ黒なコートを、あたしにかけてくれたの。
こんな事は今までに無かった事よ。あたしが自分の事を喋ると、相手はすぐにあたしから興味を失って顔をそらすもの。
もしかしたら、この男の人はあたしが待っていた『迎え』なのかも知れない。あたしを冷たい世界から救い出してくれるのかも知れない。そう思ったわ。
でもね、気付いたらその男の人の手には大きな鎌が握られていたの。そして、それをあたしの方に振り下ろした。笑顔は絶やさないままでね。
ああ、このことなのかしらね。死ぬ間際には景色がスローモーションで見えるというのは。ずいぶんとゆっくり鎌が動いているように見える。それに体は動かないけど、こうしてあなたに喋りかけている時間もあるみたいだわ。ふふふ、変な感じね。
ああ、でもさすがに鎌が迫ってきたわ。もうすぐ、あたしの首を切り取ってしまう。そうだ、せっかくあなたと喋れるのだから、最後に一言だけ言わせてもらうわね。
あなたの、せいよ。
あなたが、迎えとは死のお迎えの事か、この男は死神なのだな、なんて『思った』から。あたしはこうして死んでいくのよ。
ここは想像の街。思った事は全て現実になるの。
じゃあね、さよなら。
(了)
ショートショート「想像の街」 あめしき @amesiki
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