店員のいちにち

@Fushikian

耳に残る声

 山本早苗の朝は5時30分から始まる。風呂掃除を済ませて、朝食準備に取り掛かる。7時、朝食ができたころに夫が起きてくる。着替えを済ませて寝間着を洗濯機に入れてスイッチを押す。それが、朝に夫が行う唯一の役目である。食事が終わると夫は出勤していく。早苗は回り終えた洗濯機から衣類を取り出しそれらを干した後に、職場に向かう。自転車で5分ほどのところにあるスーパーで、9時から16時まで働いている。

 レジに付くこともあるが、最近はセルフレジもできたせいか、サービスカウンターに入ることも多い。苦情受付の最前線でもあるのでなかなか気が重い。やれあの店員の態度がなってないなどと、怒りおさまらずからかわざわざサービスカウンターに後になってから言いに来る客も多い。反撃されづらいと考えてのこともあるのか、とつい深読みしてしまう。

 15時早苗はサービスカウンターにいる。

 〈あと一時間〉

 時計が気になるころである。

 「山本さん、レシート用紙余分にレジに置きすぎ。2番レジ昨日入ったわよね?」

 視界の隅で同僚の前田が近づいてくるのを捉えていた。またお小言だろうと予測はついていたが、そのとおりだった。こころのうちで苦笑する。レジマニュアルではレシート用の巻紙は常時2巻準備しておくようにとある。それを4巻備えたことが気に入らなかったのだろう。前田は客の並びが増え始めたので担当レジに戻っていった。

 「こちらのアジフライはほんとにおいしいですね。息子も大好きなんです」

 初老の女性客が前田に笑顔で話しているのが聞こえてきた。前田はわがことのようにありがとうございますと繰り返す。

 客の言葉が早苗の胸に温かく広がっていく。そのアジフライは早苗が惣菜部にいたころに、ひと手間加えて完成した逸品であるから。

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