義妹はクールにクーデレたい。

戸来 空朝

第1話 クーデレ、始めました。

「——なあ」


「——えっと、これはここに置いて……んー? なんですかー?」


「やっぱりおかしくないか」


 まだ荷解きの済んでいない段ボールがそこかしらに置かれた2LDKのマンションの一室。

 家具すらも置かれていない殺風景なリビングで、小物類を整理している最中の女——鳴瀬梨空なるせりあに問いかけた。


「え、これの位置おかしいですか?」


「違う。僕が言いたいのは小物の位置なんて小さいことじゃない」


 そんなことは普通に生活していれば気にもならない些細な問題だろう。

 そもそも、この状況に比べればどんな問題だって些細なことで片付けられる。


「じゃあなにがおかしいって言うんですか? はるくん」


 梨空が僕の名前を呼びながら、ことりと首を傾げると、肩甲骨辺りにまで伸びた手入れの行き届いた髪が動きを連動させ、首が傾いた方にさらりと流れた。

 が、自分の名前を呼ばれるというそのごくありふれた行為ですらも、僕からしたら違和感でしかなかった。


「全部だ。この状況に関連してる全部。——どうして君と僕がこうして同じ部屋で一緒に暮らすことになってるんだ」

 

 そう。僕には分からなかった。


 この春から同じ高校に通うことになった兄妹が同じ部屋に暮らすというのなら、100歩譲って、まだ他人が聞いても理解が出来ることだ。


 ——だが、進学先が実家の付近から遠く離れた県外の学校だったらどうだろうか?


 そうなれば、兄妹がわざわざ同じ高校を選び、ましてや同じ部屋に住むなんて話は不自然極まりないことだろ?


 一応言っておくが、この同居も進学先を同じ高校にすることも僕から言い出したことじゃない。 

 全部梨空が勝手にやったこと。

 だから、僕には目の前にいるこいつがなにを考えているのかが全くもって理解出来ないわけだ。

 

「その件に関しては説明したじゃないですか。陽くんと一緒じゃないと家を出ることを許可してもらえなかったので仕方なくですよ」


「だからってな……」


「いいじゃないですか。私と一緒だからこんないい部屋に住めるんですよ? むしろ感謝して欲しいぐらいです」


 確かに、それは間違いないことだ。

 いくら僕が入試で特待生枠を勝ち取っていて、浮いた学費を家賃や生活費に回してもらえるとはいえ、僕1人だったらこんな小綺麗でオートロック設備のあるマンションになんて住まわせてもらえなかっただろう。


 梨空も特待生入学で、2人分の学費が浮いたかつ、両親が梨空に甘いからこそ、こんなにいい環境に住まわせてもらえるわけだ。

 それは本当に間違いのないことなのだが……釈然としない。


「さあ、話は終わりですか? それなら荷解きの続きに戻りますよ、陽くん」


「待て、さっきからずっと気になってたんだが……その陽くんってのはなんだ?」


「あなたの名前ですよ?」


「バカにしてんのか」


 前髪のヘアピンむしり取るぞ。

 そういうことを聞きたいんじゃないんだよ、こっちは。


「数時間前まで兄さんと呼んできていた奴が急に名前呼びに変えてきたら気にするに決まってるだろうが」


 もっと言えば、数時間前まで兄さんと呼んでた奴が、急に昔の呼び方に戻ったら気になるに決まってる。


「それも深い意味はありませんよ。高校生になるので、これを機にイメチェンをしてみたいと思っただけです」


「……ふうん」


 全く信用ならない。

 僕は相槌を打ちながら、真意を探るために梨空の顔を見つめる。

 

「な、なんですか?」


「いや? そのクールぶってるのも高校デビューの一環かと思ってな」


「な、なんのことでしょう?」


「だって君、普段ならもう必死に誤魔化そうとしてるだろ」


「わ、私ももう高校生ですからね! このぐらい普通ですよ! うん、普通です!」


「その高校生になる予定のどこかの誰かさん、さっきの移動中の対戦ゲームで僕に大負けして泣きそうになってたけどな」


 ひくり、と梨空の頬が引き攣って、常に眠たそうな大きな瞳があっちこっちと泳ぎ始める。

 化けの皮が剥がれ始めたな。


 こいつ今みたいに澄ましてると、ぱっと見無表情キャラで大人っぽく見えるが、実際は子供っぽいしかなり顔に出やすいからな。


「わ、私! 自分の部屋を整理してきますね!」


 くるりと身を翻し、髪を揺らしながら、梨空はリビングを飛び出ていった。

 

「……逃げたな」


 誰が見ても分かる、完全な逃亡。 

 進学から同居、そして呼び方やキャラ変だったりと、あいつは一体なにがしたいんだか。


「まあ、ああなったら本当の理由なんて是が非でも言わないだろうな」


 一応言い分の全てに理屈は通ってはいたが、なにかを隠していることと、これ以上問い詰めても意味がないことは、あいつとの長い付き合いで分かりきっていることだ。


「——なんせ、幼馴染としては5年、義理の兄妹になってからは10年経ってるわけだからな」


 梨空のご両親が事故で亡くなるまでは、僕たちは親同士が仲の良い、どこにでもありふれた、ただの幼馴染だった。

 両親曰く、腹の中からのスーパー幼馴染だったか?

 

 なんとはなしに、リビングからベランダに出て、眼下に広がる見知らぬ街を見下ろす。


 しかし進学先のことといい、同居のことといい、一連のキャラ変のこともそうだが……実はあいつが僕のことを好きでしたーなんてベタなビックリ展開じゃないだろうな?

 

「ハッ、まさかな」

 

 2次元じゃあるまいし、そんなことあるわけないか。

 僕は即座に自分の考えを鼻で笑い飛ばし、荷解きの続きをする為に、リビングに戻ったのだった。





♦︎鳴瀬梨空♦︎


「——くふ、くふふふ……!」


 まだ荷解きが全然済んでいない、殺風景の部屋に響く奇妙な笑い声。

 まあ、私のなんですが。


 自分で言うのもなんですが、傍から見ると完全にヤバい人だと思います。


 ですがっ! こんな笑い方をしてしまうのも仕方ないというものっ!


 私は置かれたばかりのベッドに服に皺がよるのを恐れずに倒れ込み、枕に顔を埋めた。


 そして、


「やりましたぁー! 兄さんと2人暮らしぃー!」


 声が外に漏れない程度に、音量を抑えて歓喜の声を上げた。


 こんな場面を人に見られたら、確実にこう思うことでしょう。

 ああ、この子はたった今口に出した兄のことが好きなのだろうな、と。


 その通り! 私こと鳴瀬梨空は義理の兄である——鳴瀬陽なるせはるのことが異性として好きっ!


 義理だから、血が繋がってないから、兄さんですが好きになってもまったく問題はありませんっ!


「……おっと、興奮しすぎですね。クールダウンクールダウンです」


 ——私の目的……それは陽くんに私のことを異性として認識させ、告白させること。


 この計画が始まるきっかけになったのは中学のとある時期のこと。

 自動販売機で飲み物でも買おうと、廊下を歩いていた私は、たまたま陽くんとクラスメイトの男子が話している現場に遭遇してしまったのです。


 それだけなら、特に気にすることなく飲み物を買って退散するだけでよかったのですが、話題が陽くんが私のことを実際どう思っているのか、という内容だったのです。


 私は咄嗟に身を隠して、2人の会話を盗み聞きしてしまう形をとってしまいました。


 やや間があって、陽くんの涼やかな低めの声が耳朶を打った。


『——どうもこうも……家族以上には見てない。僕たちは幼馴染として過ごした期間よりも家族として過ごした時間の方が長いんだ。大体男だとか女だとか明確に理解する前には家族になってたんだぞ? それで異性として見ろ、なんて無理な話だろ』


 ガツン、と感じたことのない衝撃が私の胸を襲ってきて、私はその場で動けなくなってしまった。

 陽くんの言葉がとにかくショックで、その余りにも大きいショックが、奇しくも私の気付いていなかった恋心を自覚させるきっかけとなったのです。


 つまりは、失恋とほぼ同時に好意を自覚してしまったというわけなのですが。


 自分から告白すれば、家族としてしか見られないと言われ振られるのは目に見えている。

 ならば、向こうに惚れてもらい、告白してもらおうじゃないか、と思い至ったのです。

 

 幸い、陽くんの趣味嗜好は長い付き合いのお陰で分かっていましたからね。


 だからこそ、私は陽くんの好きなクール系キャラ、所謂クーデレというものを目指すことにしたのです!


「さっきは最後の最後でボロが出そうになって撤退を余儀なくされました、が! おおむね出来ていたと考えていいはずです!」


 この調子でいけば、きっと大丈夫なはずです!


「くふ、くふふふ……!」


 絶対に私のことを異性として意識させてやるんですから! 覚悟していて下さいね、陽くん!

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