冬・三連作

蒼井 静

その冬、盗ませていただきます

 あたしには、誰にも言えない秘密がある。それは、パパが怪盗であるということ。


 パパはすごい。目に見えないものを盗む。例えば、退屈な病院の待ち時間。そんな時間がやってきた時、あたしとママは期待のまなざしでパパを見る。「その時間、盗ませていただきます」。その言葉を合図に、パパはそのときユーモラスな物語の語り手となって、退屈な時間を盗んでいく。


 月に一回、夜の町を照らすお月様が姿を見せなくなるのは、パパの仕業だ。お日様のように、ずっと明かりを保ち続けるのは大変だから、少しずつ光を盗んで、お月様に休んでもらっているらしい。


 あたしもパパみたいになりたい。怪盗になって、色んなものを、盗んでみたい。そう思って、パパに聞いてみた。でも企業秘密だから教えられないという。どうやら怪盗となるためには、まずその秘密を知らなければいけないようだ。


 どうにかすぐになれる方法はないかと、ママにも聞いてみた。ママによると、小さい時からパパには怪盗の才能があったという。私の心が盗まれてしまったから、今パパとママは一緒にいるのだと、いつかの夕ご飯の時に話していた。怪盗への道はなかなか厳しそうだ。


 小春日和のある日。ママが寝室にこもった。朝に弱く、寒さに弱い。そんなママのためにパパが冬の時間を盗んだのだそうだ。ママが好きな春になったら、盗んだ時間を返してあげてね、と話すと、「うん。きっと返すよ」とパパ。


 冬に、ママに会えないのは寂しいけれど、これはチャンスだ。春になったら、怪盗に一歩でも近づいた姿を見せよう。では、そんな私が手始めに盗むものは・・・?


 「パパの今日の夕ご飯の準備時間。盗んでもらっていい?」


パパがにこにこしながら、聞いてくる。なんてあたしが返してくるか、分かっている表情だ。そんな聞かれ方をしたら、こう言うに決まっている。


 「もちろん。その時間、盗ませていただきます」

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