僕の詩、君の歌。

識織しの木

僕のXな毎日 / 窓を開けた。

 初めて詩を書いたのはいつだったか。

 否、詩ではない。最終的に詩のようになってしまうだけで。

 小学4年生の頃にもなると、専用のノートが汚い文字で埋め尽くされていた。

 プロになりたいから、とか。そんな夢のある理由で書いていたわけじゃない。

 ただ思いついたことを、自分の言葉で表現したかった。

 否、気づいたら表現していたんだ。

 思いついたことがあれば、無意識に鉛筆を握っていた。頭の中にあるイメージを全てノートに移していた。

 そうしようと思ったことはない。そうなっていた。

 中学三年生になった今でもその習慣が抜けることはなく。

 授業中でも、常に詩を書き留めるためのノートを開いている。

 自分の思いを、考えを、霧散させたくないから。いつか時が経って忘れてしまうものたちを、少しでも繋ぎ止めておきたいから。

 ノートはもう何冊目かわからない。

 握っていた鉛筆は、シャーペンに変わった。

 今日も、僕は表現する。

 教師の口から出る解説は、もう届かない。

 

分からないことは"X"と置こう

そう決めたあの日から

ぼくのせかいはXだらけになった


 濁流のように押し寄せる思考を、霧散する前に書き留める。


文字に置き換えたって

それはただの記号にすぎない

答えが欲しいのにうまく解けないんだ

 

 そこまで書き記して、一息つく。

 前方を見ると、いつの間にか黒板の文字が増えていた。急いで授業用のノートに書き写す。

 授業を聞いていたなかったので、苦手な数学が更にわからなくなってしまった。

 いつもいつも、こんなことの繰り返しだ。

 まともに授業を受けられたことなんて、きっと片手で数えられるくらいだ。

 でも僕はそのことについて何も反省しない。

 今思ったことは、今しかないことだ。

 今忘れてしまったら、もう次はない。

 そんなの悲しい。

 書き留めた言葉たちの下に、鉤括弧で括った文字を追加した。

 授業終了のチャイムが鳴った。

 帰宅してから僕は、今日書き留めた言葉たちを眺めた。

 この言葉全てが、僕のものだ。

 僕の考え。

 僕の表現。

 思いついたことや考えたことは、記録しなければ忘れてしまう。

 そして、忘れてしまったことにも気付けない。

 僕は、そんなの嫌だ。

 できれば全部、残しておきたい。

 何で、と訊かれてもよくわからないのだけれど。

 そうしたいと思うことに理由なんてない。何より、勝手に手が動いてしまうのだから。

 詩のようなものを書き留めているノートには、タイトルを記していない。

 タイトルが思い浮かばないからだ。

 どんな言葉を当て嵌めてみても、どこか違うような気がして、納得できない。

 それに、変にタイトルを付けて学校に持って行き辛くなるのも困る。

 今までに使ってきたノートを引き出しから取り出し、ランダムに頁を繰る。

 ああ、そういえばこんなことも思っていたなあ。

 そんな風に。

 僕は日記を書かないけれど、このノートは十分その代わりになっているだろう。

 感じたこと考えたことが、全て詰め込まれているのだから。

 小学生の頃のノートの文字は、汚いけれどまっすぐだ。少ない語彙で何とかうまく表現しようとしている。曇りのない言葉。

 中学生にもなると、文字はすこうしだけ丁寧になる。語彙が増えたことで、小学生の頃よりも短い文で表現されている。

 書き留められたものを読むと、その頃の僕に会いに行ける。

 今と違うものを見て、考えていた僕に。

 それはとても楽しい。

 昔の僕に会って新たに思い浮かんだ言葉を、急いでノートに書き移す。手が動く。


飛び出したらきっと

どこまでも遠く


そらのあおさも

おどろかしてやろう


たくさんの今を積んで

やっと次に進もう

これまでのぼくを連れて


 書き移した言葉の最後に文字を付け足して、鉤括弧で括る。

 いつかこの言葉を読み返すときがくるだろう。

 明日の僕に、明後日の僕に。そのずっと先の僕に。

 忘れないでいてほしいこと。

 きっといつまでも、思い出せていけますように。

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